
第1章 マタニティライフ前編①【つわりロードと、はじまりの記憶】
おはなが来てくれて、最初に私の身体に現れた変化は、ほんの少しの吐き気だった。
「あれ?なんか、ちょっとだけ気持ち悪いかも」
⸻いわゆる“つわり”ってやつだった。
トイレに駆け込んだ正確な回数は覚えてないけど、10回には届かないくらい。
それでも、つわりとしてはかなり軽い方だったと思う。
気持ち悪くなるのは、だいたい出勤してすぐ。
だけどその後は何事もなかったかのように過ごせて、職場のスタッフたちは、たぶん誰も気付いていなかったと思う。
業務中は全く問題なかったし、自分でも、
「私って妊婦だったっけ?」って思うくらい、いつも通り働いてた。
ふと「今日はもう帰ろうかな」って思った日がある。
なんとなく、身体の声に従いたくなった気がして、
お昼すぎに職場を出た。
でも、ただ家に帰るだけじゃ、ちょっと後ろめたい気がして。
せっかくの時間だから、自分にちょっとしたご褒美をあげたくなった。
途中下車して、TSUTAYAに寄った。
気さくなお客さまが大絶賛していたおすすめの本『リボルバー・リリー』。
普段は分厚い本なんて読めないのに、
その日は、「今だからこそ読める気がする」って思えた。
スタバでデカフェコーヒーを飲みながら、
ゆっくり読んだあの時間は忘れられない。
妊娠してから、世界の見え方が少しだけ変わった気がしていた。
人混みの中では、ふと「おはなを守らなきゃ」と思うことが増えて、
自分の中に守らなければいけない命の重さを、
少しずつ実感していったんだと思う。
だからこそ、“自分のための時間”をちゃんと持ちたかったのかもしれない。
それからしばらくして、休日の朝。
旦那さんと一緒に、近所の行きつけのお団子屋さんに向かっていたときのこと。
突然気持ち悪くなってしまって、家に引き返すことに。
普段はほとんどつわりらしいことがなかったから、
2人してびっくりして、思わず笑ってしまった。
「え、いま?ここで?」
それ以来、
その道を「つわりロード」と呼ぶようになった。
仕事帰りの夜、駅から家に向かう途中、また気持ち悪くなってしまった日もあった。
人目を避けるために、少し遠回りして、2人で“つわりロード”を歩いた。
街灯の下で、静かに歩いたあの時間。
私は、旦那さんとおはなと、ちゃんと“家族になっていく”未来を、うっすらと感じていた。
勤務中は毎日バタバタしていて、つい小走りしてしまう私に、
店長がよく「走るなー!」って叫んでた。
そんな日常の中でも、検診はいつも問題なかった。
「おはなは、たくましい子だなぁ」
そう思いながら、私は安心して日々を過ごしていた。
バタバタしてる毎日の中で、私はたしかにおはなと一緒に生きていた。
あの日々は、間違いなく“3人”だった。