
第2章 出産と感情の回復②【悲しみ保険料なんて、どこにもない】
波奈を産んだあとのこと。
私は分娩室のベッドに横たわりながら、
「入院費を浮かせて、旅行にでも行ってやろうか」なんて発想が浮かんできた。
お腹にいた赤ちゃんはいない。
私は元気だった。
少しくらい、
楽しいことにお金を使ったっていいじゃないか。
そんなふうに考えていたとき、
助産師さんが来た。
申し訳なさそうな顔で、入院についての説明を始めた。
私は、どうしようもない違和感を抱えたまま、
思わず聞いた。
「……入院しなきゃいけないんですか?」
そして、
(ああ、これは、私の気持ちとは関係ないんだ)そんなふうに、どこか冷めたような、
それでいて妙に腑に落ちるような気持ちになった。
今思えば、
それくらい、私は「出産」というものを
何もわかっていなかったんだと思う。
命を産むということの重さも、
現実を生きるということの重さも、
あの頃の私は、きっと何ひとつ知らなかった。
旦那さんが「一週間、仕事を休むよ」と言ってくれたときも、最初は違和感しか感じなかった。
(職場に迷惑かけんなよ)
そんな冷たい言葉が、心の中をよぎった。
それでも彼は、
何も言わず、ただ側にいてくれた。
おはなへの想い。
あのとき溢れていた気持ち。
拭っても拭いきれなかった罪悪感。
何度も、何度も、
同じ話を繰り返しながら泣いた私を、
彼は何度でも、静かに受け止めてくれた。
その時間があったから⸻
私は、二ヶ月後には仕事に戻れるくらい、
心を取り戻すことができたんだと思う。
振り返ったときにようやく、気付いた。
あのとき彼がそばにいなかったら、
私はきっと、今もまだ、
心から笑える日なんて来なかったかもしれない。
3泊4日の入院。
出産一時金の50万円はそのまま病院へ支払った。
予定より早い退院だったのに、請求書を受け取るときに事務員さんが言った。
「飛び出た費用もありましたが、今回はいろいろありましたので、この金額内に収めさせていただきました」
思い出すと今でも腹が立つくらい、
ずいぶん嫌味な言い方だった。
なんであんな言い方されたのか、今でも、本当に悔しい。
……でも、それも現実だった。
自然分娩だったから、保険も1円も下りなかった。
流産なら保険が出る場合もあるらしい。
(なにと比べてんだろ、私)
そんなふうに、悔しさとやるせなさが混ざった気持ちが、今もふと湧き上がることがある。
悲しみ保険料とか、
ないのかな。
ふと、そんな馬鹿みたいなことも思ったりする。
葬儀代、位牌代、四十九日の法要代。
本当なら、オムツやミルクに使っていたはずのお金。全部で30万円以上かかった。
たとえ水子でも、人がひとり亡くなるって、
こんなに大きなことなんだ。
現実の重みを、私は改めて知った。
お墓のことも、ちゃんと、現実だった。
旦那さんは次男坊で、先祖のお墓には入れない。だから、波奈をそこに入れてしまったら、
一緒にはなれない。
お墓のことなんて、考えたくなかった。
正直、どうでもよかった。
でも⸻
産んですぐに、そういう問題は現実として目の前に現れて、私たちは向き合わなくちゃいけなかった。
葬儀の日にち、安置場所、役所への手続き。
産んですぐ、次々に迫られる決断。
旦那さんは悩みながら、一つずつ選んでいってくれた。
悩んだ末、私たちは手元供養を選んだ。
感情に沈んでしまうのは、
仕方ないと思う。
でも、
こんな時こそ⸻
現実を少しずつでも動かしていくことが、
自分を守ることにもなるんだって、
振り返って思う。
うまくできなくても、
大丈夫。
ゆっくりでいいから、
少しずつ、
歩いていけばいいんだと思う。
時間は過ぎていく。
世界も、
私たちも、
少しずつ変わっていく。
それを、
“生きる”って言うのかもしれない。