メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【長編小説】漂白社会 | 第十三話・わたしの自殺

    第十二話・二人の遺書|マガジン|第十四話・私の自殺

     何してるんだろう。
    左手には《高橋香苗》と書かれた運転免許証を持っている。

     わたしは北海道から上京したばかり。少し整形した痕が残る目元は泣き腫らしていた。

     わたしは気付いたら、ある駅の踏切にいた。ボンヤリと前を見つめると、微かに横目で『小田急線』と書かれた木札が見えた。

     左手には免許証。右手には、犬と命を繋ぐ赤いリードが握られている。犬は、これからどこに行くんだろう?不安な気持ちが溢れるような瞳で、まっすぐに、わたしを見つめていた。

     リン、リン、リン… 段々と電車が近づいてくる。電車の吐息が突風となって、前髪をかすった。今だ!わたしは 拳を握り、ぐっと両手の力を込めた、その瞬間…


    「お姉さん、大丈夫?」
     優しそうな女性が私の肩を叩いた。

    「あれ、可愛いわんちゃんだね」

     そう言ってわたしの顔を見る。わたしは茫然として返事が出来ない。
    声をかけたお姉さんに見覚えがあった。

    それは確かに《奈恵ちゃん》だった。

     ふと下を見ると、犬は笑顔でしっぽを振っていた。犬の笑顔を見た瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出た。

     何かを察していたような顔で、奈恵ちゃんは私を公園へ案内する。

    「座って、何か飲みもの買いにいくね」
     そう言い残すと、近くの自動販売機でお茶を買ってきてくれた。

     どうやら、奈恵ちゃんは私に気付いていないようだった。
    それも無理はない。私は大金を使い、顔の面影から体のほくろまで全身を整形した。

    わたしは奈恵ちゃんに話すべきか、どうすればいいのか分からなかったが、それでも北海道の奈恵ちゃんに整形を咎められて嫌われるかもしれないと怖かった。だから秘密にしようと決めた。

     ポケットに入れてあった携帯を見ると、時間は深夜の十二時をとっくに過ぎていた。奈恵ちゃんからお茶を受け取り、一口飲むと少し、心が落ち着いた。

    「どうして踏切にいたの?」
     奈恵ちゃんは今話している女性は香苗だと気づかずに、優しい口調で質問した。

     わたしはその優しさに流されるように、ゆっくり口を開いた。

    「今、自殺しようと踏切に立ったんです。わんこと一緒に」
    「そうだったんだね…」

    「わんちゃんの犬種はなんですか?」
    「…雑種です。男の子です」

    「可愛いね、わんちゃん」

     緊張の糸がほぐれた瞬間だった。その後は泣きながら、出来るだけのことを話した。

     どうして自殺を図ったのか。わんこは子ども同様だから連れて行くつもりだった。何よりも中学の時に受けた性暴力が長年の苦しみだったこと。誰もわたしの被害を認めてくれない。無いものにしようとする。この苦しいままで生きるのが辛い、生き地獄だ、と泣き叫んだ。

    奈恵ちゃんはわたしの話を聞いた後、ある提案をした。

    「もう時間も遅いし、このままでは心配なので。警察に、電話できる?」

    一瞬、無言になったが、質問を返した。
    「…わたしはどうなるんでしょうか」

    そうすると、間をあけずに奈恵ちゃんは言った。
    「大丈夫、一緒に付いていくから、保護してもらおう」

    奈恵ちゃんはゆっくりとダイヤルを押した。

    「事件ですか?事故ですか?」
     警察署に繋がった。

    「今、女性を踏切近くで保護しているのですが危険な状態なので警察に来てもらいたいのですが」

    「今どこにいますか?」

    「下北沢駅の近くの公園にいます」

    「このまま話していてくださいね、いるのはその女性だけですか?」

    「わんちゃんがいます」

     奈恵ちゃんがそんな会話を続けていると、ほどなくして自転車に乗った警察官がやってきた。

    「あなただね?」

    その質問にわたしは頷くと、警察官は無線を取り出した。

    「女性と、犬一匹、保護しました」

     警察官に大きな道路沿いに案内されると、そこにはパトカーが一台止まっていた。

    「わんちゃんも一緒でいいから乗ってくれるかな」
    パトカーから降りた警察官が言った。

    わたしは先に犬を乗せ、伏せをさせると後部座席に乗った。

    奈恵ちゃんはわたしの手を握りこう言った。

    「あのね、実は私も自殺未遂を何度も繰り返してしまって」
    そう言って左手首にある白く深い傷跡を見せた。

    「あなたの気持ちがわかるとは言わない、きっと辛いことは想像をこえる痛みだと思う、でも、あなたが生きてくれたなら、私も頑張ろうって今から思えるから、一緒に生きよう」

    わたしは何も言えなかった。
    すると奈恵ちゃんは、ポケットから、小さな白い猫のキーホルダーを手渡した。

    「もし辛くなった時は、これを見て思い出して。そして、もし乗り越えたなら、その時は捨てちゃっていいから、お守りね」
    そう言って、わたしに手渡した。

    「もういいかな」
     警察官は声をかけて、車の扉を閉めた。

     奈恵ちゃんが後ろから見守ってくれていることはわかったけど、わたしは後ろを振り返る事ができなかった。

    車内で警察官が「体調は大丈夫?」と気遣ってくれた。



     志津里はこう言った。
    「…あの、聞きたいことがあります」

    「何を聞きたいのかな?」
    警察官は振り向いた。

    「法律的に、氏名って変えることはできますか?」
    「養子になれば合法的に氏名を変えることはできますか?」

    志津里の顔に迷いはもう無かった。



    #創作大賞2025 #ミステリー小説部門

    第十二話・二人の遺書|マガジン|第十四話・私の自殺


     
     
     
    作家 × プラスサイズモデル × アダルトコンテンツクリエイター|タイ・バンコク出身、北海道育ち |芸能業に憧れ16歳で東京へ。2023年、初めて執筆した小説が文芸社の最終ノミネートに選出。現在はグラビアやモデルは海外でも活動を広げて、執筆では波乱万丈な人生を綴ります。

    あなたへのおすすめ