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478.人生は生かされているのではなくて、生きている。人生ってあなたが思うほど、そんなに悪いものじゃあない。

    coucou@note作家

    1.coucouさんのお仕事論①



    今回からcoucouさんのお仕事論開始~
    みんなのお役に立つことを願いつつの出発編。

    仕事ってね、当たり前なんだけれど仕事なんだよ~

    coucouさんの仕事の考え方ってね、最初に言うね。
    それは、「仕えること」なんだ。
    「仕える」って、一体誰に~

    それはね、すべてに使えるんだ。
    お客さん、会社の社長さん、上司さん、取引先さん、一緒に働いている働きさんたち、全部。さらに、家族、兄弟、姉妹、友だち、恋人、彼女、動物さんたち、その他、すべてが天命(メッセージ)だからね。

    そして、お金を頂くとか、頂かなくとも、お金だけに仕えているわけじゃあないんだ。お金はね、私たちが学んできたもの、体験や経験をしてきたもの、嫌だったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、嬉しかったことのすべてが仕事や生活の中で息づいているからなんだよ。

    その結果が「仕えること」「仕えさせていただいていること」になるんだ。

    そう、noteのクリエイターさんたちみんなにも仕えている気持ちなんだ。
    おかしいかな~
    おかしくったって、coucouさんはそれがお仕事だと、勝手に信じているんだ。

    そう、心と身体と経済は一体だと思うんだよ~
    そう、心にも、身体にも、経済にも仕えているんだもの。

    私たちは、その仕事を通して、仕えることで学んで、成長して、生きている。それが、coucouさんの幸せ論であり、「coucouさんのお仕事論」なんだ。
    しばらくの旅におつきあいくださいね~

    coucouさんにこんな素敵な作品を書き続けている人がいるんだ。
    全編、後編に分けてお話ししますね。

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    ©NPО japan copyright association Hiroaki

    2.繭(まゆ)の言葉の誕生


     さて、2013年(平成25年)にデビューした「繭(まゆ)の言葉」というものがあるんだ。11月16日・17日に、ある場所で〈繭(まゆ)のひろば〉作品展を開催したんだ。
     
    平成25年は〈ホップ編〉平成26年は〈ステップ編〉平成27年度はいよいよ〈ジャンプ編〉となった。

    言葉の世界って、むずかしいんだよね~
    言葉で生きている人なんてほんのわずかな人たち。


    それはね、どの出版社、どの企業、事業(商業、工業等)においても、今の時代に〈ことば〉〈詩〉などを馬鹿にする風潮を感じるんだ。
    本当は、とっても大切なものばかりなのに、ネットの普及とともに言葉自体がとても軽くなった気がする。

    そしてね、軽く考えている人たちの共通のセリフがあるんだ。
    それはね、
    〈ことば〉って、何に役に立つの?
    〈言葉〉で儲けが出るの?
    それで売り上げが伸びるとでもいうの?
    と、ほとんどの人が時代遅れの産物として扱っている。

    そんなことないよ~
     
    coucouさんはね、そんな話を聞くたびに、不思議さと違和感を覚え、説明疲れしている。(もう、説明はしないけれどね…)

    逆にcoucouさんはね、言葉の軽くなった今の時代だからこそ〈ことば〉が役立ち、必要となり、〈ことば〉や〈詩〉があるから儲けが出せる、売り上げが伸びるのだと確信しているんだ。

    (残念ながら、かなり少数派だけど、少数派って、誰も手を出していない有望株と考えている、それ以外の多数はなんてみんなおんなじだもん)
     
    言葉ってね、人は言葉を視る事によって動くんだよ。

    たとえば、〈ことばひとつ〉でさまざまな商品化が可能となる。
    〈ことばひとつ〉は、商品として販売できるものさ。

    また、ラインスタンプと同じで、決して上手く書く必要はないんだ。

    (完成された上手いラインスタンプもいいけれど、未完成な下手で面白いものには「味(独自性)があるからね)

    形にはまらない自由な考えと自由な気持ちで、楽しみながら書けばいいのだもの。

    手紙が書ける人ならすべて該当する気がするよ。

    そして、下手でいいのさ。
    ただし、楽しまなければならないけれど。
    楽しい気持ちで書く事が〈味のある言葉〉に変わるんだもの。


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    ©NPО japan copyright association 繭工房


     
    さて、〈繭(まゆ)の言葉〉の場合は〈文字の世界〉。
    2021年(平成24年11月)に公表した挨拶文記録を資料としてご紹介。

    3.自分の世界、自分の言葉


    『繭のことば展によせて』いしいみえこ(繭の言葉挨拶文より引用)
    ことばたちは、私のとてもプライベートな感情から生まれたものばかりです。季節のなかで巡る日常のささやかな情景や身近な人への想いを綴ることで、私自身が支えられて参りました。
    短歌もどきの詞、ことばとも詩とも思しきそれらのものを、coucouさんから『一つにまとめるとよい』とご助言いただき、現在の繭のことばになりました。
     
     
     
    蚕は桑の葉っぱを食みます。
    毎日まいにち、桑の葉っぱを食むのが仕事です。
    お腹いっぱい食んでは眠ります。
    次の日も、また次の日も桑の葉っぱを食みながら、
    蚕は大きくなっていきます。
     
    そうしたある日、蚕は糸を出すことを知るのです。
    それからの蚕は自分の身体から糸を出しつづけます。
    毎日まいにち糸を出すのが仕事です。
    蚕が自分の身体をふり絞るようにして出す糸は繭になっていきます。
    繭は蚕が住む家になるのです。
     
    繭の家に入った蚕は白い静けさに包ります。
    そこで蚕は毎日まいにち想います。
    たくさんのことを、深くふかく想いつづけます。
    そして姿を変えていきます。
    いつしか蚕の背中には羽がつきました。
     
    そうして、あるとき蚕は知るのです。
    ある日の蚕は家の周りをひとたび飛んで、
    繭の家に別れを告げます。
     
    遠くに旅立った蚕の姿はもうどこにもありません。
    繭の家が残っているだけです。
     
    繭の家は人の手でほどかれ、一本の絹糸になります。
    絹糸は蚕の真っ白な心。
    絹糸が染められて、いつしか美しい衣ができあがっても、
    蚕はその衣を見ることも着ることもありません。
     
    蚕の願いは繭の家をつくることだったから。
    蚕の祈りは一本の絹糸をつくることだったから。
                        
    ─おかいこ、蚕─
    ©NPО japan copyright association 繭工房
     
     
    繭という名は、子どものころ父と育てた蚕の繭から戴きました。
    蚕はくる日もくる日も桑の葉を食み続け、身から糸を出して繭玉をつくり、繭の家のなかで暮らします。
    しばらくして家から出てきたかと思うと、住み慣れた家を残して、知らぬ間にどこかへと姿を消してしまうのです。
    それはまるで手品のように。
    生まれ育った八王子は絹の町。
    縫製業を生業としてきた父の仕事の関係からも、私にとって布地や糸といったものが、ごく日常にありました。
    あの頃、蚕を育てた場所も、やはり父の縫製工場の片隅でした。
    夜耳をすませると、静まりかえった工場には蚕が桑の葉を食み続ける音が響いていたものです。いま心すませると、それは生命の耀きを刻む音に聴こえてきます。
     
    繭のことばが、皆さまの命の輝きに出逢えますよう。
     
    昨年に引き続き、この度の展示会、coucouさんのお導きで、ささやかな展を催すことができました。
    深く感謝申し上げます。

    繭のことば作いしいみえこ 平成25年11月記
     
     

    4.はじまりのはじまり


    (繭の言葉挨拶文より一部引用、文coucouさん)
     
    空の言葉。
    星のささやき。
    月の語らい、いのちの言葉。
    いつまでもいつまでも見上げる星の輝きに願う。
    夕陽が落ちても真っ赤な心が残る残照への想い。
     
    情景のある言葉。
    桜のかんざし、月のぼんぼり、風のおはやし、心おどらせ海ホウズキ。
     
    風景のある言葉。
    春夏秋冬の天空を感じる言葉。
    空高く昇る迷い子たちを、
    やさしく見守る、つばめ雨。
     
    音のある言葉。
    さわやかな風を感じる言葉。
    あたたかな風、冷たい風、ゆるやかに流れる空気。
    鳥のさえずり、小川の水音。
    静寂の中にひとり佇みながら、
    音の旋律と風の肌触りを感じさせる繭の言葉。
     
    家族の言葉。
     
    そこにはあたたかな母がいて父がいる。
    兄妹、娘がいて友人たちの鼓動が聞こえる。
    満天の月の下から覗く幼い我の姿を想い出し、
    在りし日の我が家族を懐かしむ。

    ©NPО japan copyright association 繭工房


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    ©NPО japan copyright association Hiroaki

    5.言葉って素晴らしくない~


    「繭の言葉」って、書ではなく、音であり、一枚の絵に想える。
    文はね、言葉だけではなく、読み聞かせる絵本のように想えるんだ。
    ひとつ一つの言葉には音楽があり、歌があり、情景が焼きついて、見終わっても心の中に強烈な残像として残るのはcoucouさんだけ?
    そんなことないよね~

    世の中には才能や能力のある人たちが無限に存在している。
    このnoteのクリエイターさんたちの言葉(メッセージ)もおんなじ。

    才能や能力って、本人は意外と気づかないものだよね。
    有名人だからといって、すべてに共感できるものは数少なく感じる場合もあるね。
     
    「繭の言葉」の作者はね、特に文を学んだわけではなく、何かに執筆した経験なんてない。誰に頼まれるわけでもなく、ただ、日々言葉を書き続けていた。


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    ©NPО japan copyright association管理


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    ©NPО japan copyright association管理


     
    その言葉がある日、世の中に出回り始めたんだ。
     
    その発端はね、松を自宅の庭に植樹してもらい、とても親切にしてもらった御礼に贈った言葉が近所の植木屋さんに飾られ、それを目にした人たちに感動を与えたんだ。

    今はその植木屋さんの事務所の宝物だという。
     
    お父さんの製造する靴下や商品にメッセージとして小さな小さなカードに手描きの言葉を入れます。すると、その言葉を見た人たちからそのカードを欲しいという声が上がるようになった。

    手描きで差し上げてしまっているので、手元にはコピーの控えしか残っていない。
    本人は原版を上げてしまうのでそのたびに描き続ける。
    受け取った人の中には感動して涙を流す人たちもいた。
     
    当時、coucouさんもこの言葉に出会い、差し上げるもったいなさと、もっと多くの人たちに差し上げられないものかと考えた。



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    ©NPО japan copyright association管理


     
    coucouさんたちのYES運動体はその名の通り、人が考えた物、創ったものに対しての扱いが大切に考えている団体なんだ。
    また、著作者本人も営利目的を考えていなかったので、一般商業での無断使用なども危惧し、当会で著作権管理をお引き受けした。
     
    まったくの無名で数十年間もの長い間、引出しの隅に終われていた言葉の数々を初めての出版を通して多くの人たちにお届けすることができた。

    これは自主出版(自費出版ではありません、心ある人たちのご厚意とお力により自主的に出版)したものなんだ。

    (※次回に本の中身の一部を紹介)
     
     
    『繭のことば展によせて』(繭の言葉挨拶文より引用)

    この本を手にしたみなさま。
    ここまで観ていただいてありがとうございます。
    「繭の言葉」から音が聞こえたでしょうか。
    声が届きましたでしょうか。
    懐かしき父や母の顔が見えましたでしょうか。
    幼き頃のわたしに出会う事ができましたでしょうか。
     
    人生は生かされているのではなくて、生きている。
    人生ってあなたが思うほど、そんなに悪いものじゃあない。
     
    人生って、やはり「ありがとう」だけなのかもしれません。
     
    このように、繭の言葉のきっかけは、ほんの些細な事から生まれた出来事でした。


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    6.はじまりのはじまりのはじまり


    作者いしいみえこさんは、特別に書や習字を学んだわけではなく、専門的な知識があったわけじゃあないんだよね。
    ただ、趣味で短冊などに言葉を書き、机の引出し長い間眠っていた物だった。
    おそらく本人も作品展を開催したり、本を出したりするとは思っても見なかったと思う。まさにこの挨拶文のまま初めての事だった。
     
    また、いしいみえこさんが特別な書の先生の所で学んだり、専門的な知識があったとしたらおそらくこのような作品が生まれなかったのではないのかな、という気がする。

    独学の我流が決して上手ではない素直であたたかな線(タッチ、技法)が生まれたのかもしれないね。

    書の先生に学ぶ文字は統一された規格文字となり、それが賞を取ったとしても作者の顔はなかなか見えない。
    でも技術や、知識、才能の問題だけでなく、独自性のある物は〈味(スタイル)〉が生まれる気がする。
     
    また、繭の言葉は単なる書作品ではなく〈ことば〉がミックスされているものでそれがさらに独自性を持つようになっいるんだね。

    デジタル時代と言われている昨今で、手描き言葉のインパクトの強さ、伝える力、見せる力はデジタルでは作成できない力強さと超個性、超独自性を感じる。

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    明日の479.後編に続く(次は作品のご紹介)

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    coucouさんでした~
    みなさん、ごきげんよう~

    新スタートの「coucouさんのお仕事論」~
    よろしくね~

    また、あしたね~

    ありがとう~
     
     

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    Production / copyright©NPО japan copyright coucou 
    associationphotograph©NPО japan copyright association Hiroaki
    Character design©NPО japan copyright association Hikaru







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