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沖縄に1年住んだら、東京で幸せに生き続ける「特殊能力」を獲得した話

    私は、今。
    数年前の私をあんなに疲れさせ、イライラさせ、傷つけていた東京という街で、とっても幸せに過ごしている。
    なぜかって、沖縄で、特殊能力を身につけてしまったからーーー。

    きっかけは、コロナ蔓延だった

    私は数年前、仕事を辞めて、沖縄に移住した。

    仕事を辞める決断をしたのは、一瞬の出来事だった。でも、長い時間をかけて、自分の中の違和感や願いが熟成された末の決断だったように思う。

    当時、深夜まで猛烈に働くことが当たり前な企業で、責任重大なプロジェクトに参画していた私は、肩こりや頭痛にひどく悩まされながら、必死に仕事をしていた。

    頭痛薬を飲みながら、体の悲鳴をごまかしつつ、なんとか仕事を終える。タクシーで帰宅して、コンビニで買ったご飯を口に放り込み、化粧も落とさないまま、明るい部屋のベッドで力尽きる。

    睡眠時間は足りていない。
    それでも、「あのタスクを終わらさなきゃ!」という恐怖心が私を叩き起こす。恐ろしいスピードで身支度を終え、白黒の満員電車の中で、息を殺しながら、出社する。

    そうやって必死に平日を繋ぎ、ようやく週末を迎えると、私はベッドに重い体を沈めたまま、天井を眺めること以外、何もできなくなってしまうのだった。

    部屋は汚いし、洗濯物はたまっているし、冷蔵庫に腐りそうな野菜が残っているから料理をしなきゃとは思っているけど、そんな気力は湧いてこない。とにかくぼーっとしたい。

    心と体が、「本当にこのままでいいの?」って、かすかな警告音を届けてくれていたけど、そんな不快感をかき消すように、Uber Eatsで頼んだ味の濃い料理を食べながら、Netflixの韓国ドラマをみて、現実逃避する。

    そして、すぐまた月曜日になる。

    そんな悶え苦しむ毎日。今となっては、なんで耐えられていたのか不思議に思うけど、当時の私はなんやかんや楽しんでいたし、なんだかんだ満足していた。

    全力で何かを頑張って、目標を達成する。その結果上司に褒められて、面白い仕事を任せてもらえるようになる。

    そこには、血が騒ぐような嬉しさがあった。

    それに、東京で、おしゃれなOLファッションに身を包み、コーヒーを片手にオフィスを闊歩する自分に酔いしれていた。

    私は仕事ができる。そして美しい。

    だから、そのまま何もなかったら、私は出世を目指して、猛烈に働き続ける人生を送っていたと思う。

    ただ、そんな人生の自然な流れを、コロナが断絶した。

    コロナのニュースが飛び込み、日本中が不安で掻き乱され、来週あたりから出社が難しくなりそうな予感が漂ってきた頃。

    当時の上司が、

    「これって、何のチャンスだと思う?」

    という、私の人生を大きく変えることになる問いを、さりげなく放ったのだ。

    「なるほど、逆境やピンチになったら、思考停止でこの問いを考えればいいのかーーー。」

    私は、コロナ禍で自宅待機を迫られるこの期間を、徹底的に自分と向き合って、人生の転換点にしようと決めた。

    旅は、部屋の中から始まった

    そう決断した週の土曜日、私は文房具店で、マルマンのニーモシネシリーズの大きなA3方眼ノートを買った。

    「このノートを書き終えるまでに、私の人生にとって大切なことを解き明かそう」

    1Kの小さな部屋にある、ノートの中で、私の旅は始まった。

    真ん中に自分の名前を書いて、好きなこと、やってみたいこと、理想の人生を、思いつくままに殴り書きにしていった。

    そこで浮かび上がったことについて、さらに1ページを使って、カラフルなペンやシールでデコレーションしながら、具体的にイメージを膨らませていく。

    ただ妄想するだけじゃない。実際にやってみたいと思ったことは、片っ端からやってみようと決めた。

    仕事は忙しかったけど、朝6時に起きて、9時までの3時間は自分のために時間を使った。コロナ渦のリモートワークで、運よく身支度と移動の時間がなくなったので、その時間をあてることができたのだ。

    プログラミングやWebデザインに興味を持って、オンラインスクールに課金して、勉強してみる。
    何かをやってみては、自分と向き合うことをひたすら繰り返す。

    すると、

    「そうだ。私は小さい頃から、これが好きだったんだ。」
    「そうそう、前からずっとこれをやってみたかったんだ。なんで忘れてたんだろう。」

    私の奥底に眠っていた、無数の願いたちが、ノートの中から勢いよく飛び出してきた。

    私には、死ぬまでに、やりたいことがたくさんある。
    そしてそれを実現したい。

    無数の願いの中には、「沖縄に住んで、マリンガイドの仕事をしてみたい」というものがあった。

    学生時代に沖縄を訪れてから、私は毎年のように沖縄旅行をしていた。
    沖縄に帰ると、なぜか、おばあちゃん家を訪れるような温かさと懐かしさを感じる。旅行で訪れる度に、いつかここに住んでみたいという思いが募っていた。

    そして、スキューバダイビングを始めてから、私は海の世界にも魅了されていた。
    顔馴染みのダイビングインストラクターさんはよく、海の世界の中にいる不思議な生き物たちについて語ってくれた。
    その話を聞く度に、「仕事を通じて、海のことや、海の中にいる生き物の生態について深められるなんて、なんて素晴らしい職業なんだろう!」と思うようになっていた。

    とはいえ、沖縄に住んで、マリンガイドの仕事をするなんて、今の生活の延長線上にはない。

    勉強を頑張って、志望校に合格して、いい会社に就職する。
    そんな王道の人生をなぞるように生きてきた私には、そこから足を踏み外すなんて、絶対にできないのだった。そんなことをしたら、周りがどう思うか、想像するだけで怖かった。

    以前、行きつけの喫茶店で、「ダイビングインストラクターになるために、仕事を辞めて、離島に移住した男性」について書かれたノンフィクション本を読んだことがあった。

    帰りの電車の中で、友達と、「こんな風にぱっと決断できるってすごいよねー絶対にできないよね」って、他人事のように話していたのを覚えている。

    でも、「沖縄に住んで、マリンガイドの仕事をする」という願望も、間違いなく私にとって大切なものだった。

    私は、人生の分かれ道で、進みたい道に一歩踏み出せない自分に、苦しんでいた。

    決断の日は、突然やってくる

    辛かった冬の寒さが落ち着き、春の陽気を感じて、新しいことを始めたくなる3月のある日。

    参画していた1年間のプロジェクトが終盤に差し掛かり、上司から「4月から次のプロジェクトに入ってほしくて、相談したいから、明日MTGを設定しておいてー」と言われた。

    その瞬間、
    「あー。今ここで一歩踏み出さなかったら、私は一生、自分の生きたい人生を選べないだろうな」
    と静かに悟った。

    その日の夜、私は、明日決断をしないといけないという重圧で頭痛が酷くなっていた。
    踏ん切りがつかないままベッドに入り、うなされながら眠りにつくと、夢の中で、なぜか女優の戸田恵梨香さんが出てきてーーー。

    「辞めろ!」
    と私に叫んだ。

    ちなみに、戸田恵梨香さんは、私がダイビングを始めたきっかけになった人だ。

    そして翌朝、不思議な後押しを得た私は、すんなり辞職を申し出ていた。

    でも、上司に高々と「仕事を辞めます!」と宣言した後、動悸がとまらない。
    バクバクした心臓を落ち着けるために、家の周りをひたすら歩き回っていた。

    自分の未来に想いを巡らせながら、ずーっと同じ道をぐるぐると。

    「私の人生、これからどんな展開になるか、全く想像できなくて、ちょっと怖い。でも、なんだか面白い冒険が始まりそうで、楽しみー!」

    その日の空は、どんより曇っていたのに、すごく空が広くて、世界がひらけて見えるような気がした。

    散歩から戻ると、私は怒涛の勢いで断捨離を始めた。
    スーツケース1つに全ての荷物を詰め込んで旅に出るのが私の理想だったのだ。

    家電たちをメルカリで売って、学生時代から買い込んだ大量の本やこだわりの家具たちも手放していった。

    すっきりーーー!

    着飾ることにもうんざりしていた私は、旅をする冒険者にふさわしいファッションにすることにした。

    艶のあるロングヘア。ばちっとまつ毛をカールさせ、目元を強調したメイク。女性らしさを強調するニットにタイトスカート、そしてピンヒール。

    そんな「THE王道OLファッション」から、ショットヘアー、すっぴん、ジーパンTシャツ、ビーチサンダルという真逆のスタイルに変貌した。

    なんじゃこの解放感。
    最高ーーー!!!

    身軽になった私は、コロナ禍を共に過ごした都内の1Kを、飛ぶように去っていった。

    そして旅に出て、いろんな回り道をした末に、沖縄に向かった。

    ジブリの世界の中に、迷い込む

    皮膚を強く突き刺す、灼熱の太陽。
    空の上に、高くそびえたつ積乱雲。
    太陽に照らされ、キラキラと輝く青い海。

    「もしかして、私、ジブリの世界の中にいる?」
    そう錯覚してしまうほど、美しすぎる、現実味のない絶景が目の前に広がっていた。

    思い描いていた通り、マリンガイドの仕事を始めていた私は、毎日のように海に潜っていた。

    水の中で、パチパチと呼吸する珊瑚礁たち。
    珊瑚礁の家から外へ飛び出し、美しい容姿をひけらかしながら泳ぎ回る、色とりどりの魚たち。

    私は、自分自身も魚になったような気分で、「こんにちは〜」と彼らに挨拶しながら、海の中を泳いでいた。

    重力から解放され、水の心地よさを感じながら、体をくるくると回転させて、すいすいと泳いでいく。

    キャリアも肩書きも捨て、私は海の中で、ただの生き物として存在していたーーー。

    沖縄で味わえる贅沢は、海の中だけではない。

    私にとっての至高のフルコースは、テイクアウトでタコライスとコーヒーを買ってビーチに向かい、昼から夜までずーっと海を眺めることだった。

    日が暮れていくにしたがい、海の色が、水色から黄色に、オレンジ色に、ピンクに、紫に、そして黒色に変化していく。
    波打ち際で、水が砂に触れる音を聴きながら、色が移りゆくさまを、時間を気にせずぼーっと眺める。

    クライマックスは、満天の星空。
    新月の日は、美しい星々を眺めながら、遠い世界に思いを馳せる。
    満月の日は、圧倒的な存在感を放つ月の視線を一身に浴びる。

    沖縄の自然は、あまりにも美しすぎるので、ただそこで、呼吸をしているだけで、十分だった。

    そんな心地よさに浸っていると、目の前に、東京で苦しんでいた頃の自分の残像が浮かんでくる。

    あれもしなきゃ。
    これもしなきゃ。
    もっと頑張らなきゃ。
    このままじゃダメだ。

    頭でっかちにいろいろ考えて、ダメな自分を否定してしまっていた。
    幸せは、頑張った先にあるものだと思っていた。

    でも、私は今、海の前で、何もしていないのに、幸せだった。

    幸せは、いつも、ここにあるんだ。
    幸せなら、究極、なんだっていいんだ。

    ちっぽけな自分の前に広がる、圧倒的に美しい海が、そう説得的に物語っていた。

    人間関係という、贅沢

    知り合いがほとんどいない中で移住したけど、沖縄という土地で開放的になっていた私には、いろんなきっかけで、たくさんの友達ができた。

    偶然かもしれないけど、私が沖縄で出会った人たちは、見返りを求めず、全力で人に優しさを届ける人が多かった。

    海があまりにも美しすぎたので、自然と心も優しくなるのかもしれなかった。

    価値観もさまざまで、いろんな方面で個性が尖った人たちばかりだったけど、みんなが、「この土地が好きだ」という思いでゆるやかに繋がり、お互いを助け合っていた。

    そんな彼らとの遊びの約束は、いつも海だった。

    都会だと、友達と遊びに行く時には、レストランやカフェを訪れることが多いと思う。

    でも沖縄の友達との間では、
    「次はあのスポットに潜ってみよー!」
    「今日は綺麗そうだから、サンセット見にいこう!」
    という約束を交わすのだった。

    大自然の美しさをつまみにしながら、友人と、人生の悩みや願いについて、あーだこーだ語り合う。

    沖縄の海は綺麗だったけど、それ以上に、美しい景色を大切な人と分かち合えることが、何よりも幸せだった。

    そんな幸せに浸っていると、私の大好きな小説の一節がふと頭に浮かんだ。

    真の贅沢というものは,ただ一つしかない,それは人間関係の贅沢だ。

    『人間の土地』サン=テグジュペリ

    魔法が解けた、その先で。

    魔法にかけられたような美しい生活にも、終わりが訪れた。

    突然降りかかってきた、悲しい出来事がきっかけだった。
    自分以外の人のことに関わることだから、詳細には触れられない。
    でも、私にとって、とても悲しくて、悔しくて、やりきれない出来事だった。

    沖縄では、キラキラした美しいものばかりを見ていたけど、世の中にはそんなものばかりではないという、当たり前の現実を突きつけられたのだ。

    なんで?どうして?

    答えの出ない問いを抱えたまま、私は真夜中に車を走らせていた。
    高台に車を止め、眼下を見下ろす。
    そこには、どす黒くうねる海と灰色の空が広がっていた。
    そして、雲の切れ間に浮かぶ、いぶし銀色の満月。

    私は不気味な夜の海を前にして、じっと考え込んでいた。

    私には沖縄の海が、美しく見えていた。

    でも、苦しみを抱えている人にとって、それはなんの意味も成さないのだった。どんなに綺麗な海も、白黒に見えているに違いなかった。

    その時、初めて気がついた。

    私が美しい海を、美しいと思えること。
    友人と綺麗な景色を見て、ただそこにいるだけで幸せだと思えること。

    それは、決して当たり前ではなかった。

    今までの人生で、無数の人々から受け取った優しさが、知らず知らずのうちに、私の中に蓄えられていた。
    だからこそ、感じられた幸せなのだった。

    そう、振り返ってみれば、人生の節々で、いつも誰かの支えがあった。

    家族や友人、学校の先生。
    目に見えないところで、私の生活を支えてくださっている、社会で生きる全ての人々。
    この土地で命を繋ぎ、暮らしを紡いできた、名もなき人々。

    そんな無数の人々の肩の上に、私はちょこんと座っている。

    私はずっと、自分の力で人生を切り拓いてきたつもりだった。

    でも、私は生かされていたのだった。

    人々がつながり合う社会の網の目の中には、幸せな人もいれば、苦しみを抱えて生きる人もいる。その中で、私が幸せに生きられていることは、あまりにも運がよく、恵まれていることだったのだ。

    だとしたら、私はもう、自分のためだけに生きているわけにはいかない。
    私はあまりにもちっぽけな存在だから、社会を大きく動かす力はないかもしれない。でもその中で自分の力を発揮して、誰かの人生を支える一つの力になら、なれるはずだ。

    やりたいことを叶えて、自分らしい人生にしたい!というみなぎる願いから始まった旅だった。でもいつしか、誰かのために自分の仕事を全うする、小さな歯車になりたいという静かな願望へと戻って行ったのだった。

    新橋のSL広場が、星空に見えた日

    沖縄で一生分の思い出を作った私は、遊んでばかりいないで、社会の中で人の役に立つために、東京に戻ることにした。

    数年ぶりに東京に戻ってきた時、ちょっとした思いつきで、新卒時代に通っていた新橋の街を久しぶりに訪れてみることにした。

    私にとって新橋は、東京の嫌なところがぎゅっと凝縮された街だった。
    白黒のスーツを着た、疲れ果てたサラリーマン。ゲロがこべりついている、汚くて臭い道路。私の四方八方を塞ぐ、灰色のビル群。

    かつては、「なんで、こんな街にオフィスがあるの?」と恨みながら出社し、逃げるように帰宅していた。
    ほろ苦い記憶を懐かしく味わいながら、新橋駅のホームに降り立ち、改札に向かって歩いていた。

    改札を抜け、SL広場に足を踏み入れた瞬間、私は思わず立ちすくんだ。

    白黒のスーツを纏い、疲れ果てた人々がひしめき合う、薄汚れたこの場所を、私はずっと毛嫌いしていたはずだった。なのに、今、目の前にはーーー。

    キラキラと輝く星空が広がっていたのだ。

    誰かのために自らの仕事を全うする、たくさんの人々。
    彼らの優しさが、そこかしこに溢れ出て、光を放つ。
    そして、銀河鉄道が彼らの願いを乗せて今にも出発しようとしていた。

    「人ゴミじゃない、星屑だーーー。」

    新橋の雑踏の中で、それを見出した私は、涙を抑えるのに必死だった。。。

    沖縄で見たものと同じ景色が、ここにもある。

    私はこの街で、無数の人々の優しさに包まれながら、幸せに生きていける。

    そう確信した。

    人知れず、SL広場に向かって
    「みなさん、いろいろ大変なこともあると思いますが、踏ん張っていきましょうね〜」と無言のエールを送り、その場を立ち去った。

    優しさに包まれたなら

    一度キャリアを捨てた私の就職活動は難航したけれど、今は東京で、とある企業で会社員として働いている。

    沖縄で、のんびりあたたかい生活に浸っていた私にとって、東京という街でタスクに追われることに、しんどさを感じることもある。目標達成を正義と捉える人の、心ない言葉に傷つくこともある。

    でもそんな時、私の脳裏に、沖縄の美しい海が現れる。

    そして、「幸せなら、なんでもいいんでしょう?」と優しくささやく。

    そうだった。

    私はパソコンを閉じて、外に出る。

    パン屋に立ち寄り、公園のベンチに座る。
    ゆらゆらと揺れる木漏れ日を眺めながら、優しくパンを食べる。

    すると、沖縄のビーチで、海を眺めながらタコライスを食べていた、あの時の幸せに舞い戻れるのだ。

    公園からの帰り道、スーパーに立ち寄る。

    棚に並ぶ色とりどりの野菜たちをじーーっと見つめていると、それらの食材が、無数の人々の努力の結晶によって生み出され、運ばれ、ここに届いているつながりが、ふわーっと浮かび上がってくる。

    自分の命が、多くの人に支えられているという事実の温かさに、再び包まれる。

    こうやって日常の中から拾い集めた宝石を、日記に閉じ込める。
    「今日も幸せだったな〜」と噛み締めながら、眠りにつく。

    ああ。
    私は沖縄で、どんなに周りの人や世界が私の心をかき乱そうとも、絶対に大切なことに戻ってこられるという「特殊能力」を手にしたのだった。

    でも、その特殊能力を手に入れるために、沖縄へ移住する必要はない。

    大切なことを大切にするのは、確かに難しいことだけれど、誰でも今から始められるものだ。

    東京で暮らす多くの皆さんが、それぞれの毎日の中で、自分にとって大切なものを、少しでも大切にできますように。

     
     
    ノートをひらくと、新しい旅が始まるような気がして好きです。料理・掃除など暮らしのあれこれから人間関係の悩み、人生設計まで。なんでもノートに書いて楽しんでいます。noteでは書くことで人生が豊かになった経験とノートへの偏愛を綴ります。

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