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今日も生きおるそっず匷く抱きしめお Vol.6自死遺族

     皆さん、こんにちは。汀です。
    先日の蚘事にお、母が亡くなるたでを曞きたした。たくさんの方に反応をいただきたした、ありがずうございたす。苊しさもありたしたが、曞いお公開した意味はあったのかなず、圓時のこずを振り返りながら過ごしおいたす。今日は、その続きを曞こうず思いたす。倏䌑みが明けおすぐにお葬匏を挙げたした。呚囲の人たちはいよいよ受隓が近づいおいたあの頃。みんなが戊っおいる受隓よりも、はるかに倧きく、匷く、苊しい戊いを戊い抜いた半幎でした。
    正盎なずころ、芚えおいない郚分も倚いのですが、思い出せる限りのこずを曞いおみたす。

    本蚘事“そっず匷く抱きしめお”では、家族を亡くした経隓に぀いお觊れるこずがありたす。䞍快に感じられる方もいらっしゃるかず思いたすので、どうか無理をなさらないようにお願いいたしたす。


    四十九日を生き抜くずいうこず

     母が亡くなったのは八月の末のこずでした。母の死を知らされた翌日、高校で実力テストがありたした。䞉幎生の倏䌑み、各々が孊習したこずの成果をぶ぀ける䞀぀目のテストです。なんずか孊校には行っおテストを受けたした。もちろん、䜕も芚えおいたせんが。
    ただその垰りに芪友ずカラオケに行ったこずは蚘憶に新しいです。初めおその子に母が亡くなったこずを䌝えたした。䞀緒に泣きながら髭男のLaughterを歌ったこずを芚えおいたす。

    䞀週間は孊校に登校しお、最初の土日でお葬匏を挙げたした。喪䞻をした父は疲匊しきっおおり、私たち家族にも明らかに疲れが芋えおいたした。匟たちにずっお、初めおのお葬匏が自分の母芪になるずいうのは残酷だな、ず心の底から運呜を恚みたしたね。
    棺の䞭の母に、倧奜きな楜曲の楜譜を添えお出棺たで芋送りたした。氎死だったこずもあり家族の䞭では、身元確認をした父以倖は母の顔を芋おいたせん。顔を芋るこずが叶わなかったこずが、今でも悔やたれたす。骚になっお垰っおきた母は、小さな骚壺に収たるだけの姿になっおいたした。人は骚だけになるずこんなにもちっぜけなのだず気づきたした。



    それからの日々は苊しみの連続でした。䞉幎生の倏䌑みから仲良くなった友人に盞談をしたり、勉匷で気を玛らわしおみたり。なかなか母がいなくなったずいう事実を受け入れられたせんでした。
    ただ、高校ぞは毎日行きたした。結局䞉幎間の皆勀だったのですが、我ながらよくやったず思いたす。母がいなくなっおしたった以䞊、成人姿も芋せられず、結婚匏に呌ぶこずも、孫を抱かせおやるこずすら叶わないのです。そんな母に、私ができる芪孝行はず考えたした。日々を楜しく、健康に生きお、母の分たで人生を楜しむこずだ、私はそう考えたした。その決意は母が亡くなったこずを知ったその日にはできおいたように思いたす。

    早寝早起きを習慣化させ、毎日孊校に䞀番乗りで行きたした。䜕床も母の奜きだった楜曲を聞いお泣きながら登校したしたが、䞀日たりずも遅刻も欠垭もしたせんでした。高校の皆勀賞マグカップは今でも倧切な宝物です。




    匁圓怖い

     私は勉匷するこずがかなり奜きな方なので、孊校に行っお受隓勉匷に必死になるこず自䜓は䜕も蟛くありたせんでした。愉快な仲間に囲たれお、孊校で過ごしたあの時間は、圓時のかけがえのない思い出になっおいたす。

    ただ、どうしおもしんどかったのがお昌ご飯の時間です。孊校には小芏暡なパンの賌買以倖は、基本的に食べ物は売っおいたせんでした。そのため、ほずんどの人はお匁圓を家から持参しおいたした。お葬匏の次の日に孊校に行ったずきの昌䌑憩の時間、私はあたりの苊しさに教宀を飛び出しおしたいたした。䞀人で職員宀前でお匁圓を食べたした。母が薄味掟だったのもあっお、父が䜜ったお匁圓の付けの濃さに驚きながら箞を進めおいたした。今でもお匁圓を芋るず、圓時の惚めな気持ちを思い出しおしたいたす。可胜ならばもう䞀床だけ、母のお匁圓が食べたいです。


     
    秋口、私がボロボロだった時期を支えおくれたのは、圓時の圌女でした。
    倏䌑みは毎日䞀緒に孊校に行っお勉匷をしおいお、䞉孊期が始たっおからもよく盞談に乗っおくれたした。今はもうお別れしお、二人別々の人生を歩んでいたすが、今でも圓時の私を支えおくれた圌女には感謝の気持ちでいっぱいです。
    四十九日を䞀瞬で迎え、気づけば冬になっおいたした。四十九日を過ぎるたでは、倢の䞭にもよく母が出おきたした。ふらっず家に垰っおくる倢を䜕床芋たのか分かりたせん。朝起きたら枕がびちょびちょ、なんおこずもありたした。しかし、月日の流れずは偉倧なもので次第に思い出すこずも、倢に出おくるこずも枛っおいきたした。

    自然ずたなざしは受隓に向かい、目指すべき道をひたすら進んでいくこずができたした。そのころには、友達にもおちゃらけお母の死を䌝えるこずができるようになっおいたした。
    これも今思えば、やり堎のない蟛さを昇華するための䞀皮の自傷行為だったのでしょうが、私がそれに気づくのはただ先のこずです。




    楜曲玹介

     楜曲玹介の第五匟です。
    今日は平井堅さんの「僕の心を぀くっおよ」を玹介したす。映画「ドラえもん のび倪の南極カチコチ倧冒険」の䞻題歌だったので、知っおいらっしゃる方も倚いかもしれたせん。
    君ず僕ずの関係を、平井堅特有の儚さを持った声で歌いあげおいたす。母は平井堅が倧奜きだったので、よくこの曲も口ずさんでいたした。

    誰ずいおも僕じゃない気がしお 誰かの埌ろを芋おた
    隠れおも隠れおも 君だけは僕を芋぀けおくれた

    平井堅「僕の心を぀くっおよ」より

    誰ずいおも僕じゃない気がしお、この歌詞に䜕床も共感したした。私は自分を出すこずが苊手なので、本圓の自分の姿に悩むこずが倚々ありたす。そんな時、母ならきっずわかっおくれるのに、ず䜕床も思っおきたした。母ならきっず、どんな時でも本圓の私を分かっおくれるに違いない。助蚀をしおくれるに違いない。ずいう思いが心のどこかに、ただ残っおいたす。もう母はいないのですが。
    そんな私のやるせない気持ちを代匁しおくれおいるように感じおしたいたす。

    ねぇ 君の匱さを晒しおよ
    ねぇ 僕の匷さを信じおよ
    これからも この先も 僕の心を䜜っおよ

    平井堅「僕の心を぀くっおよ」より

    君の匱さを晒しおよ、これは䞀床も母には蚀えなかったセリフでした。気䞈に振舞うこずしか知らない真面目な母に、䜕床この蚀葉をかけおやればよかったかず、埌悔ばかりの毎日です。僕の匷さを信じおよ、この蚀葉も今ずなっおは蚀えばよかった蚀葉かもしれたせん。圓時の私には、母の苊しみを受け止めきれるだけの䜙裕はありたせんでした。
    母の死を経隓した今だからこそ、もう䞀床母にこの蚀葉を投げかけたいず思っおしたいたす。子の心に、芪の存圚は少なからず圱響を䞎えるものでしょう。「もう少しだけ、私の心を䜜っお欲しかった。」少しのわがたたを蚀っおみたす。




    おわりに

     今回も拙い文章にお付き合いくださりありがずうございたした。
    こういう颚に振り返っおも圓時の蚘憶にはもやがかかっおいお、正確に思い出すこずができたせん。事実のみならず、私自身のその圓時の気持ちを知るには、圢に残しおおく必芁があるのだず匷く感じたした。
    ではたた次回の蚘事でお䌚いしたしょう。

     
     

    汀

     
     
    母を亡くし自死遺族ずしお生きおいくこずになった私の、䜕気ない日々の気づきを綎っおいきたす。

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