
『ロケットが、お金を燃やし尽くす日』③_「効率」を捨てて辿り着く、真の経済の姿
第3章:スマホを捨てて「鈍感力」を取り戻す
-比較という毒を断ち目の前の「手触り」に還る
現代の私たちが抱える焦燥感の正体は、手のひらの中にある小さなガラス板――「スマホ」にあります。
スマホは、私たちに「世界中の正解」を突きつけ続けます。
「あっちの方が1円安い」
「あそこのロケットはもう成功した」
「このやり方は非効率だ」
24時間365日、絶え間なく流れ込む「最適解」という名の情報の嵐。それに過剰に反応し続けるうちに、私たちは大切な「鈍感力」を失ってしまいました。
この章では、スマホがどのようにして日本の経済回路を狂わせ、私たちの心を削ってきたのか。そして、なぜ今「情報を遮断すること」がロケットを飛ばす以上の価値を持つのかを、深く掘り下げます。
「世界一」という病:敏感すぎることの弊害
かつて、職人は隣の工場の音を聞きながら、自分の仕事に没頭していました。そこには、自分のペースで技術を磨く「ゆとり」がありました。 しかし今、スマホを開けば、地球の裏側にあるスペースXの成功がリアルタイムで目に飛び込んできます。
「あちらはもっと安く、もっと早く飛ばしている。それに比べて日本は……」
この「グローバルな比較」に対する過剰な敏感さが、現場を萎縮させます。効率を求めるあまり、まだ芽吹いたばかりの国内の技術を「遅い」「高い」と切り捨て、手っ取り早く海外の既製品を組み合わせて「形だけの成功」を急ぐ。「支店(ベンチャー)だけが目先の利益を出し、本店(日本経済)が痩せ細る」構造への片道切符です。
「鈍感力」という名の、強靭なリーダーシップ
そんな今、必要とされているのは、情報の荒波に流されない、良い意味での「鈍さ」です。
「非効率」という批判に対する鈍感力: 「高いけれど、国内のあの工場に頼む。なぜなら、彼らの技術が途絶えれば、日本の未来が消えるからだ」と、外野の声を無視して言い切る力。
「単体赤字」に対する鈍感力: 画面上の数字が赤字でも、目の前で職人が育ち、地域にお金が回っている「実態」を信じ、一喜一憂しない力。
スマホを捨てるとは、こうした「自分たちの生存圏を守るための、頑固なまでの鈍感さ」を取り戻すことに他なりません。外部の「最適解」ではなく、自分たちの「血流(キャッシュフロー)」を優先する。その非合理な決断こそが、実は最も長期的な合理性を生むのです。
「データ」から「手触り」へ:アナログな決断の復権
ロケットは最先端のハイテクの塊ですが、その芯にあるのは、極限の環境に耐えうる「ネジ一本」を締め上げる人間の手、つまりアナログな職人技です。
スマホで検索して出てくる「正解の部品」を並べるだけでは、本当の技術は身につきません。 「このネジを焼いたのはアイツだ」という顔の見える関係。 「あいつの工場が苦しいなら、10倍の値段でも発注しよう」という、数字を超えた絆。
スマホを捨て、情報のフィルターを通さずに直接「人」と向き合ったとき、経済は冷徹な「計算」から、血の通った「助け合い」へと姿を変えます。
結論:情報のノイズを消し、静かな成長を祝福する
私たちがスマホを捨てたとき、そこには静寂が訪れます。 隣の芝生が青いかどうかを確認するのをやめたとき、ようやく自分たちの足元の土が、どれほど豊かに耕されているかに気づくはずです。
第3章では、あえて情報を遮断し、「鈍感」になることで見えてくる新しい経済の景色を描きました。 「世界と比べること」をやめ、「昨日の自分たちより、ほんの少しだけ進歩したこと」を皆で喜ぶ。
その「急がない、比べない」という心のゆとりこそが、不純物の混じらない、純度の高い「日本のロケット」を空へ押し上げる、真の推進力となるのです。