空白
今日は予定のない一日だった。
ただひたすら子守、時々散歩という平和な時間だ。
雨は降っておらず、気温もそこまで高くない。
風が心地いい。
散歩コースに空き地がある。
元々そこにはとある夫婦が営む布団屋があった。
そこに他府県からある建築物の移築がされることになり、更地になったのだ。
その更地には、移築担当の大工のある想いが綴られたメッセージが掲示されていた。
現代の利益追求のための乱立する建築物への憤りと、建築に対する私見。
その更地にしばらく「空白」の時間が生まれ、そこにその「土地の記憶」を立ち上げることを宣言し、ポツンと羽毛が置かれていた。
なぜか私にはこの大工の思想を感じ取ることができた。
もちろん建築に詳しいわけではない。
「空白」を大切にする感性が良い。
いつから「空白」は「無意味」と感じるようになったのだろうか。
例えばテストの解答用紙の空白はもちろん点数には繋がらない。
だから、埋められないものや理解できないものは価値がないと考えられてしまう。
そうではなくて、「空白」に何を見出すか。
一見「無意味」と思われる「空白」にこそ本質が隠れているような気がする。
育休中の散歩の時間は私にとっての「空白」だ。
空を見上げてみると白い雲が流れている。日差しは弱い。
一度背伸びをしてまた歩き始める。