メインコンテンツへスキップ
見出し画像

忘れられない人を忘れるとき

    忘れたくても、どうしても忘れられない

    そんな人はいますか?

    一時的に吹っ切れても、気づくとまた好きな気持ちが戻ってきてしまう人。

    私も「一生忘れられないかもしれない」と思っていた人がいた。

    けど、その関係にもちゃんと本当の終わりが訪れた。

    「もういい!」「もう嫌い!」
    そんな感情的な終わりではなく、本当の終わり。

    そのときに感じたことと、それまでにして良かったことを今日は書きます。

    「私の20代」と呼べる人

    20代の間、くっついたり離れたりを繰り返しながら、今の私を作ってくれた人がいる。

    全てを書くのは長すぎるので、「偽のふっきれ」と「本物のふっきれ」、そのときの感情の違いを書く。

    偽のふっきれ

    偽のふっきれは、突然やってくる。

    当時、私たちの関係は、優柔不断な私と自己主張がはっきりしている相手、という構図だった。

    私は自分の意見が言えず(むしろ意見すらない)、相手に合わせる性格だったので、今思えば、おかしな要求や理不尽なことにもすべて応えていた。

    お互いしばらく離れていた頃の話。
    その人が彼女と一緒に、私の住む街へ旅行に来た。そして到着した翌日、連絡が来た。

    彼女が観光に行ったから、ホテルの部屋に遊びに来ない?

    このLINEを見て、プツンと糸が切れた。

    これまでいっぱい嫌なこともあって、傷ついて、それでも忘れられない人だったけど、相手にとって私は「その程度」の存在だった。

    怒り、呆れ、情けなさ…
    いろいろな感情が一気に湧き上がった。

    画像
    そう、まるで悲劇の主人公。

    再会

    その日はホテルには行かず、連絡も絶った。

    けど時間が経つにつれ、会いたいと思っている自分がいた。吹っ切れたはずだったのに、時間が解決してしまっていた。

    その後しばらくして、私たちは年に数回、食事に行く程度の関係になった。

    でも、あれほど忘れられなかったのに、相手への関心が少しずつ薄れていった。

    本物のふっきれ

    本当のふっきれは、ゆっくりくる。
    じわじわ存在感が薄まってく。

    理由は大きく2つあった。

    1. 憧れていたものを、自分も手に入れた

    今思うと、私は相手の

    • 確固とした世界観

    • やりたい仕事を見つけ、突き進んでいく姿

    に強く惹かれていた。

    しかし私も社会人になり、いろんな経験を積む中で、欲しいと思っていた部分を手に入れていった。

    同時にその人に感じていた魅力は薄れていった。

    2. 相手との学びが終わった

    会えば会うほど、これ以上の未来が見えなくなっていった。

    転職を考えるときに感じる、あの感覚。

    この会社には感謝しているが、ここで学ぶことはもうない。

    これと同じものを、この関係にも感じた。

    今後、本気で向き合い、良いことも悪いことも乗り越え、その人を求める未来。そんなものはもう二度と来ないと、はっきりわかった。かといって、熟年夫婦のような、安定した未来も見えない。

    学びが終わって転職するように、卒業して疎遠になる友人のように、この関係は静かに終了した。

    画像

    未練タラタラのうちは、たらしておく

    この人との学びはここまで

    と、本能レベルでわかったのは、相手にとことん執着して、ドロドロした感情も、全部ぶつけきったからだと思う。

    感情を抑えることを知らなかった私は、今思えば恥ずかしいことも言ったし、メチャクチャなこともした。

    もしあの時、感情から目を逸らしていたら、本当の終わりは、もっとずっと先になっていたと思う。

    相手を忘れたいのであれば、その時の気持ちに正直に行動して(もちろんストーカーとかは🙅‍♀️)、ドロドロネチネチした感情を、ちゃんと味わい切った方がいい。

    それは一見、「執着」や「停滞」に見えるかもしれない。でも、内側では確実に変化が起きている。

    そしてある日、相手との学びが終わっていることに気づき、気持ちが軽くなり、本当の終わりを感じる。

    小手先のテクニックなんて、存在しない。だから、占いやスピリチュアルは気休めにしても、すがらない。それでなんとかなるなら、そこまでの想いだったのだ。

    簡単に忘れられない人だからこそ、感情にどっぷり浸かって、ひたすら向き合う。数年の暗黒時代を過ごすかもしれないが、それは全く無駄ではない。

    本当の終わりの合図

    本当に大好きだった人が、私の中から去ったとき、涙が出た。相手のために泣いた、どの涙よりも悲しかった。

    20代をかけて大切な大好きな人だったから、

    本当にこれで終わりなんだな。
    もう、私の一番ではない。

    そう思うと、涙が止まらなかった。それが終わりの合図だった。

    この人が今の私をつくってくれたから、これからも大切な人であり続けるだろう。

    でも、もう会いたいとか、声を聞きたいとかは微塵も思わない。今は「あの時、離れて本当に良かった」と、安心すら感じる。


    現在、忘れられない人がいる人は、そんな日が来るなんて想像もつかないと思う。私もそうだった。

    「時間が解決する」という言葉が、いちばん無責任な言葉だと思ってた。

    でも嘘みたいに、私にもそんな日が来た。

    私は常に、人生は自分が良くなる方向に進んでいると信じている。

    だから別れはいつも悲しいけれど、より良い未来のために必要な過程なのだろうと、今は捉えている。

    きっと苦しみを乗り越えた未来では、執着なんて必要がない、もっと素敵な相手が待っている。

    そのために必要なのは、目の前の状況から何を学ぶべきかに焦点を当てる。

    そうしているうちに、恋愛観も変わる。
    今忘れられない相手も、未来の私には、必要な相手ではないかもしれない。

    だから、まずはドロドロした執着心と向き合い、一人でも心地よく生きれる状態になる。

    その時に初めて、本当の愛を始めることができる。

    あなたへのおすすめ