
寓話 【命の天秤と蒼穹と】
昔、三百年もの長きにわたり、争いのない平和で豊かな国があった──
その国を治める心優しき国王が、ある日、城の庭を散歩していると、一羽の雀が王の懐に飛び込んできて、ブルブルと震えながら、か細い声で言った。
「王様……どうか助けてください」
すると、そこへ痩せ細った一羽の鷹が、翼を激しくはためかせ、王の目の前へ舞い降りた。
「王様、雀がこちらへ飛んできませんでしたか?」と鷹は息を切らしながら尋ねた。
「ああ、今、この懐で怯えているよ」と王は優しくこたえると、鷹は首を垂れ懇願した。
「王様、その雀をどうか私にください。もう何日も食べていないのです」
「うーむ……」と王は腕を組み、頭を垂れたまま、そっと目を閉じた。
──王は悩んだ。
どちらか一方を救えば、もう一方を見捨てることになる。雀を救いたい。だが鷹もまた、生きるためには食べなくてはならない。
雀は、なおも懐で身を震わせている。鷹は翼をたたみ、ただじっと王を見つめていた。
雀に弱肉強食の摂理を説くべきか。それとも、鷹に慈悲の心を諭すべきか──
すると王は顔を上げ、パッと目を見開いた。その瞳には揺るぎない覚悟の光が宿っていた。そして、腰の剣を抜くと、自ら左手の小指を切り落とし、鷹に差し出した。
「これでは十分でなかろうが、我慢してくれ。明日の命はつなげるであろう」
そう言って、その肉を鷹に与えた。雀は安堵した。鷹は喜び、それを咥えて深く首を垂れた。そして、二羽とも澄んだ大空へ舞っていった。
小指を失ったが、王には後悔はなかった。自らの痛みなくして、同時に二つの命を救うことなど、できるはずがないのだ──
王は痛みをこらえながら、二羽の姿をいつまでも見送っていた。
果てしなく広がる蒼穹の下、何か満ち足りたかのように、王は静かに微笑んだ。
そして、静寂を取り戻した中庭に、小指から滴る鮮血が、庭の芝を赤く染めていく──
−了−