
STなのに、わが子のことだけは判断できなかった
第一部 専門家なのに、判断できなかった
深夜二時、生後二週間の息子の口の中に、白いものを見つけました。泣いているわけではありません。ただ、頬の内側に、白い膜のようなものが張りついている。
私はスマートフォンを開きました。
「新生児 口の中 白い」
ミルクかす。カンジダ。鵞口瘡。
どれも、知識としては知っている言葉でした。
私は言語聴覚士です。十年以上、「食べる」「飲み込む」「話す」を支える仕事をしてきました。口の中を見ることは、専門でした。
仕事では迷わないことが、息子のことになると、急に分からなくなりました。ガーゼで拭いていいのか。 このまま様子を見ていいのか。 病院に電話するべきなのか。
写真を見比べます。似ている気もするし、違う気もします。カンジダなら受診、ミルクかすなら様子見、と書いてあります。
様子見。
その言葉が、一番難しく感じました。
ガーゼを指に巻いて、触れようとして、やめました。剥がして出血したらどうしよう。泣かせてしまったらどうしよう。
行動できないまま、検索だけが増えていきました。
「新生児 ミルクかす 違い」 「新生児 夜間救急 目安」
開く記事はどれも、「よくあることです」と「気になるなら受診してください」の間で揺れていました。結局、決めるのは自分なのだと、何度も突きつけられました。
夫は隣で眠っていました。起こせば起きてくれます。でも、最後にこの白さを判断するのは、私だと思いました。
夜が明けても、私は答えを決められませんでした。
第二部 私は息子ではなく、発達を見ていた
息子の顔を見ているとき、私は何を見ていたのでしょうか。
目は合うか。声は出るか。笑うか。
気づくと、私はいつもその順番で息子を見ていました。
なぜ、そんな見方をしてしまうのか。
患者さんを評価することは、私の仕事だったからです。どの段階にいるか、何が遅れているか。手順があることに、ずっと救われてきました。
だから、息子を前にしたときも、同じように見ればいいと思っていました。
「このくらいの月齢なら、もっと目が合うのではないか。」 「もっと笑うものではないか。」そう思った瞬間、自分が何をしているのか分かりました。
私は、息子を見ていませんでした。 息子の「発達」を見ていました。
できていることより、できていないことばかりが目に入るようになりました。他の子なら「個人差」で済ませられることが、自分の子だと、全部サインに見えました。
目が合わなかった日は、減点。 笑わなかった日は、減点。一日の終わりに残るのは、頭の中のバツだけでした。そして、そのバツは、いつのまにか自分自身にもついていました。
私はいい母親ではないのかもしれない。もっと余裕のある母親なら、こんな見方はしないはずだ。
そう思うたびに、また検索しました。
「生後二か月 目が合わない」 「生後二か月 笑わない」
「問題ありません」と「注意してください」が、画面の中で並んでいました。どちらも、決め手にはなりませんでした。
様子を見る、という言葉は、救いにはなりませんでした。ただ、判断を保留したまま、見続けることを求められているようでした。
私はいつのまにか、検索結果の向こうにいる「標準の子ども」を見ていました。
息子を見ているつもりで、私は毎日、息子を見失っていました。
第三部 「うるさい」と言った夜
育児が始まってから、夜は一つの塊ではなくなりました。数時間ごとに途切れる、浅い眠りの繰り返しでした。息子が泣くたびに、眠りの底から引きずり出されました。
知っているはずのことが、その夜だけは役に立ちませんでした。
抱き上げても、息子はのけ反って泣きました。何が原因か分かりませんでした。おむつも替えました。授乳もしました。それでも泣きました。
夫も交代してくれました。「代わろうか」と何度も言ってくれました。 それでも、夜中に泣き声の前に立つと、最後に起き上がるのはいつも私でした。
午前三時、雨の夜でした。
一時間たっても泣き止みませんでした。抱いても、揺れても、息子は背中を反らせて泣き続けました。腕は痛く、頭の中は真っ白でした。
「もうやめて」
そう思った次の瞬間、「うるさい」と声に出していました。
息子は泣き続けていました。
私だけが黙りました。
気づくと、私はまたスマートフォンを開いていました。何を調べたのかは、覚えていません。息子ではなく、画面を見ていたことだけを覚えています。
第四部 五秒待つ
あの夜から、しばらく経ちました。ある朝のことでした。息子は床に座って、積み木を並べていました。
名前を呼びました。振り向きませんでした。
もう一度呼ぼうとして、言葉が出ませんでした。
積み木を持ったまま、息子はゆっくりこちらを見ました。その日はじめて、私はもう一度呼びませんでした。
ただ、黙って待っていました。
あとから、その時間を「五秒」と呼ぶようになりました。
五秒待つようになって、息子が急に話し始めたわけではありません。指差しも、笑い方も、それまでと変わりませんでした。
それでも私は、呼びかけてすぐに、次の言葉を重ねなくなりました。息子の反応を待つあいだ、私は何も評価していませんでした。ただ、見ていた。
それだけのことが、それまでの私にはできていなかったのだと、初めて分かりました。
検索は、それでも続けていました。
ただ、答えはすぐには変わらなくても、検索する前に、息子を見る時間だけは、少しずつ増えていきました。
第五部 検索は終わらない。でも
息子は一歳になりました。離乳食は、相変わらず床に落ちます。絵本を見せても、指差しはしません。呼びかけても、反応はその日によって違います。
頭の中の基準は、今も消えません。
ある日、息子が膝に這い上がってきて、頬を噛みました。痛みが走りました。
「痛いな」
そう声に出しました。
息子は何事もなかったように、離れていきました。
服を掴む手。眠くなると肩に顔をうずめる仕草。驚いたときにしがみつく力。よたよたと歩く後ろ姿。
夜になると、今もスマートフォンを開きます。
「一歳 指差ししない」 「一歳半健診 ことば」
検索結果は、前と変わりません。それでも、画面を閉じたあと、息子の寝顔を見る時間が残るようになりました。
さっき頬を噛んだ口が、半分開いたまま、静かに息をしています。
私はその手を握ります。
明日も、息子は皿を投げる。
検索は、きっと今夜も終わりません。