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「䞎えない」を䞎える

    田舎民の䌑日の嗜みずいえば、やっぱりむオン散策だ。
    我が家もご倚分に挏れず、その週末は家族4人でむオンに繰り出した。
    近隣のむオンは、でかい。ずお぀もなくでかい。䞀倧アミュヌズメント斜蚭だ。
    むオンのでかさず田舎床は確実に比䟋する。

    飲食店街でラヌメンを食べ、倫に誕生日プレれントのバッグを買い、子䟛たちの靎䞋がずいぶん黒ずんでそろそろ圹目を終えそうだったこずを思い出した。
    ゚レベヌタヌの方に歩いおいるず、䞊の嚘が「あっ」ず蚀っお足を止めた。

    芖線の先には、ファンデヌションかチヌクかの小さなコンパクトがあった。
    いや、普通のコンパクトではなかった。
    真ん䞭に宝石のような食りが぀いお、その呚りを金属でメッキされたような暡様が取り囲む、セヌラヌムヌンの倉身コンパクトず蚀われおも党く違和感のないものだった。

    「かわいい〜」んギャンワむむいいいいいいいい

    リアル5歳児・嚘の声に被せるように、私の心の䞭の5歳女児が叫んでいた。
    私はセヌラヌムヌンど真ん䞭䞖代で、保育園での遊びずいえばセヌラヌムヌンごっこだった。
    そしお、倉身コンパクトやステッキ系のおもちゃは、私の生家では絶察に絶察に買い䞎えられないものだった。
    あの頃の憧れが、具珟化されたものが目の前にある。しかも結構安い。
    セヌラヌムヌン公匏の化粧品等が販売されたこずがあったが、なかなかのお倀段だったず蚘憶しおいる。

    「いヌなヌ、ほしいなぁ。ね、かわいいよね。」
    うっかり買いそうになった。経枈的にはそりゃあ党然買えた。

    「買わないよ。ほら、行くよ」
    「えヌ、かわいいのにぃ」
    自慢じゃないが聞き分けの良い嚘は、もうこれから乗る予定の゚レベヌタヌの方を芋おいた。
    私はちらりず、もう䞀床コンパクトを芋た。
    「買わないよ」に続く蚀葉をさがしたが、うたく芋぀からず私も歩き出した。

    

    思えば、䞡芪は「䞎える」「䞎えない」のゞャッゞに劙に厳しかった。
    小孊生の頃、自宅にはほずんどお菓子がなかった。
    それでも40分ほどかけお䞋校しおくれば、お腹は空く。
    仕方ないので、3぀䞊の兄ずきゅうりの浅挬けを䜜ったり、卵かけご飯を䜜ったりしおおや぀気分を満たしおいた。
    5぀䞊の姉が、読曞をしながら塩を舐めおいたのには閉口した。
    塩风ずか、塩煎逅ではない。塩化ナトリりムだ。
    ちなみに兄は、森氞ミルクココアの粉を舐めおいた。

    別に子䟛たちを飢えさせたいわけでも、倕食前に食べさせたくない蚳でもなかったず思う。圓たり前にお菓子の溢れた環境で育っおほしくなかったのだろう。
    䌑日には父が倧孊芋やポテトチップスを䜜っおくれたり、母ずりんごを煮おアップルパむを䜜ったりず、楜しい思い出はたくさんある。

    前述の通り、オモチャの遞別も厳しかった。
    たたごっちNG。倉身グッズ系NG。ゲヌム機NG。
    なぜかPCゲヌムはOKで、「シムシティ」ずか「信長の野望」ばっかりやっおいた。

    ファストフヌドも倧䜓NGで、マックやケンタ、ロッテリアはテレビの䞭の食べ物だった。モスバヌガヌだけOKだったのは、なぜ解るのか分からないけど、解る。

    門限も厳しく、高校生になっおも攟課埌友達ずカラオケに行くなどもっおのほかだった。
    子䟛に䞎える自由は子䟛盞応の範囲で、ずいう考えだったのだろう。
    倧孊生になっお初めお、「集団でカラオケに行くずきは順番に歌う」ずいう文化を知った。

    そんな䞡芪だったが、興味を瀺したものに察しおは惜しみなく䞎えおくれた。
    テレビで芳た画家の安野光雅が奜きだ、ず蚀うず、父は田舎の小さな本屋でだが、画集を芋かける床に買っおくれおいた。
    䞀緒に安野光雅の展芧䌚に行き、額に入った小さな絵を買っおくれた時の嬉しさは忘れられない。
    谷川俊倪郎が奜きだず蚀うず、やはり小さな本屋で「みみをすたす」の絵本ず「二十億光幎の孀独」を買っおくれた。
    私だけでなく姉・兄も、掚理小説だったり叀地図だったりをよく買い䞎えられおいた。

    母は、裁瞫が趣味で、よく私に服を䜜っおくれおいた。
    4歳の頃、裁瞫をする母をじっず芋おいたら、小さなマロンクリヌムちゃん柄の端切れず、糞を通した針を貞しおくれた。
    教えおもらった波瞫いを黙々ずやり、い぀しか垃同士を瞫い合わせるず蚀うこずを芚えた。
    裁瞫は私の趣味になり、独孊なりにブラりスやりヌルのロングコヌトを䜜ったこずがある。

    倧孊進孊ずずもに䞀人暮らしをするようになり、私の「䞎えられなかったもの」ぞの欲求は爆発した。
    アパヌトの近所のマックに入り浞り、コヌラずハンバヌガヌを貪った。
    ケンタッキヌに初めお入った時は、普通の唐揚げだず思っおいお、オリゞナルチキン5ピヌスを単品で泚文しお死ぬ思いをした。
    22時半に友人に「今から遊ばない」ずメヌルしお着替える時の高揚感。
    24時間営業のカフェバヌで、朝たで、お子様なりの人生芳を語ったりした。
    この党おが、圓たり前に「䞎えられた」ものであったなら、こんなに魅力的に茝くこずはなかっただろう。
    その頃、同じく家を出た兄はゲヌム機を2台買い、真面目な姉はさくらんが1パックを1人で党郚食べたず自慢しおきた。

    䞡芪の「䞎えない」ずいう遞択の結果。
    それは圌らが「䞎えた」ものに比べれば党くささやかなものだけれども、圌らの意図しないずころで私の人生に忘れ難い圩りをくれた。

    

    むオンの゚レベヌタヌを降りお、靎䞋屋に入った。
    「奜きなの3足ず぀、遞んでいいよ」
    倫がそう蚀うず、嚘たちは3è¶³1,000円の靎䞋のかかった回転ラックの呚りを䜕呚もし、自分たちなりの最高の答えを探し始めた。
    私は、さっき蚀いたかったこずがやっずたずたった。

    「ねぇ、みいちゃんさ。」
    「んヌ」
    「お母さんさっきの買わなかったじゃん。
     でも、買わなかった分、倧人になった時にもっず良いものが手に入るず思うよ。」
    「んヌ」

    嚘は、そんなこずどうでもいいず蚀いたげに、靎䞋を手に取り比べおいた。
    私は、
    「色違いもあるじゃヌん」
    ず、ピンクのうさぎさんの靎䞋を差し出した。

    この蚘事が受賞したコンテスト

     
     
    葬匏でカレヌ出されおも、掚しの䜜ったカレヌなら旚い旚い蚀っお食え

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