
手放していないのに、遠くなっていくもの
まだ持っています。
捨てたわけではない。
消したわけでもない。
だから、
なくなったわけではない。
それなのに、
少しずつ遠くなっていくものがあります。
昔はもっと近かった。
よく考えていた。
時々開いていた。
そのことについて話すこともあった。
だから、
自分の中にあることを感じていた。
でも今は違う。
残ってはいる。
確かにある。
それでも、
以前ほど近くない。
開きっぱなしのメモ。
途中で止まった計画。
そのうち始めようと思っていたこと。
どれも、
まだ手放していない。
本当に終わらせるつもりなら、
もっと早く消していたと思う。
本当に諦めているなら、
もう思い出しもしないと思う。
だから、
手放したわけではない。
ただ、
遠くなった。
人は、
失ったものだけが遠ざかると思っている。
でも実際には、
持ち続けているものも遠ざかっていく。
時間の中で。
生活の中で。
新しい予定や、
新しい習慣の中で。
少しずつ。
静かに。
だから時々、
不思議な感覚になる。
まだそこにあるのに、
以前ほど触れられない。
まだ残しているのに、
以前ほど現実味がない。
まるで、
古い写真みたいに。
捨てていない。
でも、
毎日見ているわけでもない。
そんな距離感。
そして、
その距離は少しずつ伸びていく。
人は、
決断によってだけ別れるわけではない。
長い時間をかけて、
少しずつ離れていくこともある。
何かを終わらせる言葉もなく。
区切りもなく。
ただ、
前ほど近くなくなる。
だから、
ある日ふと開いたときに驚く。
まだ残していたんだな、と。
そしてもう一つ気づく。
残していたことより、
遠くなっていたことに。
それは悲しさとも違う。
後悔とも違う。
ただ、
時間が作った距離だった。
夜。
かなり前に保存したフォルダを開く。
中身は変わっていない。
でも、
それを見ている自分は少し変わっている。
手放していない。
それでも、
以前ほど近くにはいない。
今日は、それで十分です。