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あの人が蚀わなかったこずばかり、芚えおいる

    「あのずき、私、本圓は嫌だったの」

    「あなたが心配しおくれたのは分かっおた。でも、心配されるたびに、私は心配される人になっおいった」

    西日が店の奥たで届いおいた。キッチンから食噚の重なる音がした。窓の倖を、日傘を差した人が通り過ぎおいく。わたしは䜕も蚀えなかった。

    「あなたは、私のこずをよく分かっおる぀もりだったでしょう。私が笑えば、無理をしおるず思った。黙っおいれば、傷぀いおるず思った。䜕をしおも、あなたの䞭では、理由が最初から決たっおた」

    「ごめん」ずだけ蚀った。

    「䜕に謝っおるの」あの人が顔を䞊げた。

    「あなたが芋おいたのは、私じゃなかった」

    ◇

    あの人は、いない。

    郚屋の窓を、雚が叩いおいた。コヌヒヌは冷めおいる。深倜䞀時を過ぎた郚屋に、スマヌトフォンの癜い光だけが浮いおいた。

    画面の䞭のあの人は話し続けた。

    「あなたが理解できる圢にした、私だった」

    ◇

    あの人ず最埌に䌚ったのは、二〇䞀䞃幎の秋だった。日が傟く頃に䌚っお、別れたずきには街が暮れおいた。

    次の玄束は決たらなかった。

    そのたた、九幎が過ぎた。

    ◇

    あの人は、わたしの頭の䞭ではよく話した。

    「あのずき、私、本圓はね」

    い぀もそう始たった。その先に続く蚀葉を、わたしはいくらでも曞くこずができた。嫌だった、分かっおほしかった、あなたは私を分かっおいなかった。どの蚀葉も、曞けば曞くほど、あの人の声に聞こえた。

    あの人が残さなかった長い䌚話を、わたしは頭の䞭で䜕床も続けおいた。

    そうしお、あの人に、䜕千もの蚀葉を蚀わせた。

    ◇

    「私が䜕を嫌だったのか、ただ私から聞いおないでしょう」

    その通りだった。

    わたしは、あの人から䜕も聞いおいなかった。

    やり取りは消しおいなかった。ずきどき開いおいた。芋おいたのは、残っおいる蚀葉ではない。最埌のメッセヌゞの䞋の、増えない空癜ばかりを芋おいた。

    怜玢欄に「嫌」ず入れた。出おこない。

    「心配」は二件。䞀件はわたしがあの人の䜓調を尋ねた文章で、もう䞀件もわたしが曞いたものだった。

    探した蚀葉を、あの人は䞀床も曞いおいなかった。

    いちばん䞋に残っおいるのは、

    〈わかった〉

    スタンプも、絵文字も぀いおいない。

    わたしはこの短いメッセヌゞを、長いこず拒絶のように芚えおいた。もう話すこずはない、これで終わり、奜きにすればいい。頭の䞭のあの人はいくらでも「わかった」の続きを話した。

    そのひず぀䞊で、目が止たった。

    〈ごめん、いたちょっず䜙裕がないんだ。萜ち着いたら、こっちから連絡するから、埅っおおほしい〉

    送ったのは、わたしだった。

    しばらく、画面を芋おいた。䞀床閉じお、開き盎した。文面は倉わらなかった。「いや、でも、あの人だっおその埌連絡をくれなかった」ず頭の䞭で蚀った。「埅っおおほしいなんお、瀟亀蟞什みたいなものだ」ずも。けれど、画面の䞭の自分の文面は、瀟亀蟞什には芋えなかった。萜ち着いたら、こっちから連絡する、ず曞いおいた。

    次に連絡するず蚀ったのは、わたしだった。

    しなかったのも、わたしだった。

    ◇

    店の名前ず日付が残っおいた。秋ずしお芚えおいた最埌の日は、蚘録の䞭では五月にあった。

    午前䞉時を過ぎおいた。

    店の䜏所を地図に入れた。始発の時刻を調べた。着替えお家を出た。

    始発に乗り、麹町で降りた頃には、空が癜み始めおいた。店は、そこにあった。開店前のガラス扉の向こうで、怅子がテヌブルの䞊に䞊げられおいた。

    ここで最埌に䌚ったはずだった。

    看板を芋おも、窓の䞭を芗いおも、䜕も戻っおこなかった。

    西日も、その光の䞭にいたあの人も。

    ◇

    店の前のベンチに座り、䜕幎もやり取りの止たっおいる画面を、たた開く。

    〈久しぶり。埅っおおほしいず蚀ったたた、九幎が経ちたした〉

    そこたで曞いお、止たった。

    謝ろうずした。あなたを傷぀けた、あなたの気持ちを分かっおいなかった、わたしが連絡しなかった。けれど、それもたた、盞手の圹を先に決める蚀葉だった。あの人が傷぀いおいたかどうか、わたしには分からない。䜕ずも思っおいないのかもしれない。

    曞きかけた䞀行を消した。

    もう䞀床曞こうずしお、曞けなかった。〈久しぶり〉だけでも曞けたかもしれない。けれど、それを送った先で、あの人が䜕かを返しおくれたら、わたしはたた、返っおきた蚀葉の意味を勝手に決めおしたう気がした。

    返事が短ければ、迷惑だったのだず思う。返事がなければ、もう蚱されおいないず思う。

    どれを受け取っおも、わたしはたた、あの人の声を、わたしの声で䜜り盎す。

    入力欄を空のたた閉じた。スマヌトフォンを握ったたた、しばらくベンチに座っおいた。画面が暗くなり、ガラスに自分の顔が映った。

    ◇

    改札を抜け、ホヌムに䞋りる。ホヌムの先の空掞から、颚が抌し出されおくる。電車が入っおくる。

    頭の䞭のあの人が、たた話しはじめた。

    「あのずき、私、本圓はね」

    あの人が本圓は䜕を思っおいたのか、わたしには分からない。

    分からないたた、有楜町線に乗り蟌む。



     
     

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    呚りに合わせるのに少し疲れたあなたが、自分を取り戻せるような堎所であれたなら。 https://note.com/not4u

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