二組目の親子。
小児科の自動ドアがゆっくりと開き、若い母親がベビーカーを押して入ってきた。
「よかった……」
私は心の中で深く安堵の息を吐いた。
先ほど眼科の前で感じた、あの「未来が消滅してしまったかのような」悍ましい孤独感が、嘘のように溶けていく。
私と同じように、この静かな国で新しい命を育てている人がちゃんといる。
その事実だけで、今の私には十分すぎる希望だった。
その母親は、私から少し離れた長椅子に腰を下ろし、ベビーカーを前後に揺らし始めた。
キイ、キイ。
車輪の軋む音が、無音の待合室に規則正しく響く。
「何か月ですか?」
そう声をかけてみようか。
私は親近感を覚え、会釈をするために彼女の方へ視線を向けた。
……何かがおかしい。
彼女はうつむいたまま、一心不乱にベビーカーを揺らしている。
キイ、キイ、キイ、キイ。
次第にそのペースが異常に速くなっていく。
そして、気付いてしまった。
ベビーカーの幌(ほろ)の奥から聞こえてくる「音」に。
赤ちゃんの泣き声ではない。小さな息遣いでもない。
カサカサ、カサカサ、という、乾燥した枯れ葉をこすり合わせるような不気味な音。
それは先ほど、眼科の前に群がっていた無数の老人たちが立てていた、あの乾いた衣擦れの音と全く同じだった。
「……あの」
私が震える声を出した瞬間、ピタリとベビーカーが止まった。
母親が、ギギッと首を不自然な角度に曲げてこちらを見た。
血の気の引いたその顔には、虚ろに落ち窪んだ濁った眼球だけがギョロリと動いていた。
『……やっと、みつけた』
シワだらけの唇が裂けるように笑い、しゃがれた老人の声が響く。
同時にベビーカーの幌がガバッと開き、中から溢れ出したのは、赤ん坊ではなく……シワだらけの土気色をした「無数の老人の手」だった。
彼らは小児科からいなくなったのではない。
この国から消えゆく「若く新しい命」という最も希少な獲物が、自らこの密室に足を踏み入れるのを、ずっと待ち構えていたのだ。
蜘蛛のように床を這う無数の手が、一直線に、私の腕の中で眠る我が子へと伸びてくる。
希望だと思っていた二組目の家族は、私たちを逃がさないために蓋をした、絶望の使者だった。