ガラクタの神様 第7話
「ガラクタの神様」
礼拝堂は破壊されることも知らず、静かに2人を包み込んでいた。
「わたし、壊せるよ。」
「…その確たる理由は?」
「できるの、信じたら。」
ニコリとノルンが微笑みかける。
駆動音がしていたあたりにスッとノルンが手をかざす。
「できた。」
直後、本当にあっけなく、ショートしたように煙がたちのぼる。
「末恐ろしい力だな…ま、ひとまず目標は達成か…」
煙が細く、天井へ登っていく。
ハロンが息を吐くように壁にもたれた。その時だった。
突然、地面が脈打つように揺れた。
「地震か…?」
「…違う。」
ノルンが息を呑む。
碧い瞳だけが礼拝堂の中を彷徨う。
「どうした、何か…」
「いる。」
ノルンがゆっくりと床へ視線を落とす。
気づかなかった。
いや、入った時にはこんなものはなかったはずだ。
ノルンの視線の先に、不可解な紋章が明滅していた。
ドクン、ドクン。
礼拝堂の壁がゆっくりと膨らみ、床がわずかに波打つ。
建物そのものが、鼓動していた。
——まるで、何かが目覚めたように。
「……冗談だろ」
「……見つかった」
ノルンのこぼした一言に、ハロンの背筋を冷たいものが走る。
鼓動は止まらない。
「現実だ」と言わんばかりに。
ノルンがゆっくりとしゃがみ込んだ。
その手が導かれるように紋章をなぞったその瞬間。
礼拝堂が応えるように大きく軋んだ。
まずい。
「…おい。ここは危ない、出るぞ。」
紋章に釘付けになったノルンは返事もせずそれに触れていた。
海の底のような碧眼が紋章を、否、その先にあるものを見つめるように動かない。
「ノルン……!おい、お嬢さん…!!」
呼びかけにもノルンは応えることはなかった。
瓦礫が当たりを埋め尽くしていく。
出口を塞がれたら2人とも無事ではいられない。
——そう。
ノルンから目を離してしまったその時。
轟音。
天井が、落ちる。
「……ッ、避けろ!ノルン!!」
咄嗟に手も伸ばす。この距離で届かないことなんて、とうに分かっているのに。
瓦礫がノルンを貫かんとするその刹那。
ドンッと彼女の身体が弾かれる。
「……っ!?」
床へ転がったノルンが我に返ったように自分のいた場所を見つめる。
崩れ落ちる石材の向こう、立ち込める砂煙の先に倒れる人影があった。
「…ゲンブ」
ハロンがその名を呼ぶより前に、ノルンが彼の元へ駆け寄る。
じわりと、赤黒い液体が床に広がる。
「なんで…どうして庇うの…?」
ノルンの震える声が宙に溢れる。
ゲンブは己の運命を受け入れるかのように、それでいてどこか穏やかな顔でノルンを眺めていた。
「お前は……まだ完成された神ではない。」
崩落の音が響く中、ゲンブの声がゆっくりと聞こえる。
「…だからこそ…自由であるべきだ。」
ノルンの瞳が寂しげに揺れる。
ゲンブはゆっくり目を閉じかけながら、
最後に微かに笑った。
「ノルン……お前は、神であれ」
ゲンブの手が行け、というように払われる。
ハロンはノルンを抱え込む。
「…いくぞ。」
ノルンはゲンブへと手を伸ばそうとして、
しかしその手を下ろした。
——
結末から話せば、幸福の雫は実質的な解体となった。
教団幹部であるゲンブの消息、生命の害となる機械研究の疑惑など、信者たちの知る由もないところで導きの拠り所は無くなってしまったのだ。
イオリをあそこに残したのは今にして言えば正解だった。
礼拝堂の崩壊と同時に彼らの住処である施設も異変が起きたらしい。
イオリの冷静な誘導がなければ怪我人どころか、死人が出ていただろう。
跡形もなく崩れた施設を前に、唖然とした信者たちの顔が焼き付いて消えない。
救急車を待つ間、ただ立って信者たちを見つめていたノルンに教団の子どもたちがぽつり、ぽつりと集まってきた。
「おうち、なくなっちゃった。」
「ぼくたちこれからどうしたらいいの?」
「かみさまは、いなくなっちゃうの?」
ノルンはすぐには答えられなかった。
幼い純粋な眼がノ彼女を映す。
俺は神様なんて信じない。
今でも神様なんて信じちゃいない。
所詮は世界のお飾りだ。心の拠り所以上の存在になる神様なんて、いなかった。
……そう言えば、この子達は今日まで生きてきた全てを失う。
ゲンブにははっきり言えた言葉を、俺は彼らにはどうしてもかけられなかった。
「…かみさまは、いなかったの。」
ゆっくりと子どもたちの目線にしゃがんでノルンが口を開く。
「これからのことは、大人たちと一緒に考える。
…だから、安心して。」
静かに子どもたちはノルンの言葉に耳を澄ませていた。
「…ごめんなさい。
わたしは君たちの神様ではなかった。
本当はハリボテの、ガラクタだった。」
それは彼女自身への贖罪の言葉のように感じた。誰にも救うことのできなかった、たった1人の少女の言葉。
そんな彼女の言葉を子どもたちはただ静かに受け止めるように見つめていた。
「だけど、これからはあなた達は自分の心を大事に生きて。わたしもそうする。」
それは子ども達をはじめとした信者達への約束の言葉だった。彼らの心がいつか幸せへ辿り着けるように、願いのこもった声。
(祈りは、呪いにもなる…か。)
——「信じるものは救われる」
宗教の文言でよく聞く言葉だ。
だが、ノルンの言葉はそれとは違う。
自分を…自分の心を信じて生きてほしい。
ただ、それだけの言葉だった。
それだけなのに。
(あいつと出会って見たどんな奇跡よりも、祈りよりも…)
その言葉が、誰かを救うものだと思った。
——
三日三晩、報告書と向き合っている。
見たもの…被害を受けたもの、影響を受けた者たちへの対応。
——あの日、礼拝堂で見た紋章のことは、誰にも話していない。
こういう事になるのは目に見えているのだから、やるべき事を後回しにしている自分への戒めにもなる。
…毎度のことだから無意味なのだが。
「ハロン。飲み物、いる?」
ふわりと宙に浮かぶノルンがレモネードを持ってくる。
「コーヒーがいいなぁ」
「知らないの?これ、とっても美味しいの」
相変わらずノルンには遠回しな言い方は通用しない。
…彼女はなんやかんやで事務所に置いている。
自由になったのだからどこへでも行けばいい、と言えればよかったのだが…ROGという組織の浮上などを考え、無責任な発言は出来なくなっていた。
…というのが表向きの考えだ。
あいつを1人にはしたくない。
せめてノルン自身が俺を拒まない限り。
こういった場合関係性に名前をつけるのは難しい。家族とも違う、相棒…にしてはあまりにも方向性が違いすぎる。
『そばにいたい、だけでいいんすよ。そういうのは〜』
なんてイオリには笑われたが。
…慣れないものにはどうにも説明をつけたがるのは俺の悪い癖かもしれない。
「ねえ、それ。いつ終わるの?」
「知らん。お嬢さんの説明がややこしくてな。
…神になり損ねた少女とでも書こうかね。」
頭を掻きながら、ノルンを横目で見やる。
「ふふ。違うよ?わたしは、わたし。」
くるりと回ってノルンが微笑む。
「わたしがなりたいものを探す。わたしが見つけた灯りのそばで」
コツンと突かれた頭から小さく金属音が鳴る。
「……好きにしたらいい。」
ボウ、とカンテラの中で灯る炎が揺れる。
(ガラクタでも…誰かを灯せるか。
……それは、悪くない)
きれい……とノルンが呟いて、ハロンのカンテラ頭をさらりと撫でた。