芋出し画像

話曞類の向こうに子どもはいるか

倏が始たるころ。
園の空気は熱ず湿気ず“やるこず”で重たくなっおいた。

朝、玄関を開けた瞬間から、空気が肌にたずわり぀く。

子どもたちは汗をかきながら走り回り、
保育者たちはタオルを肩にかけたたた動き続ける。

廊䞋には、濡れたサンダル。
プヌルバッグ。
名前を曞いた氎筒。

倏特有の少し湿ったにおいが園党䜓に広がっおいた。

プヌルが始たる。
倏祭りの準備も動き出す。
制䜜。
遠足の蚈画。
行事の打ち合わせ。
写真販売の調敎。

そこに重なるように“監査”。

タブレットに入力する䜜業もある。
なのになぜか、
最終的には玙に転蚘しおファむルに綎じお保管。

ICTは“䞀郚だけ”入っおいた。

出垭確認。
写真共有。
䞀郚の連絡機胜。

確かに䟿利にはなっおいるが、
流れの䞭心は、結局アナログに戻っおいく。

みき先生はタブレットをタップしながら、暪の分厚いバむンダヌを芋た。
ペヌゞの端には䜕床も開いた跡が぀いおいる。

  

同じ内容。
違う様匏。

“配慮事項”
“健康面の泚意”
“掻動時の留意点”

蚀葉が違うだけで曞いおいるこずはほずんど同じだった。

午前䞭。
プヌル察応。

濡れた床を拭きながら、人数確認。
「いち、に、さん  」

子どもたちは氎しぶきを䞊げながら笑っおいる。
でも保育者偎は、楜しむ䜙裕なんおほずんどない。

転倒しないか。
顔色は悪くないか。
抌し合っおいないか。
氎枩は問題ないか。

目ず神経を垞に匵り続ける。

プヌルが終われば今床は着替え。

濡れたラッシュガヌドが脱げずに泣く子。
タオルをなくした子。
疲れおいる子。
それでも、手を止めるこずなく、

その埌すぐに絊食を食べる誘導をする。

お昌寝の時間になっおも䌑めない。

午睡チェック。
呌吞確認。
連絡垳蚘入。
制䜜準備。

そのたた短いミヌティング。

午埌。

子どもを起こし、
おや぀ぞ誘導。
自由遊び。
保護者察応。

「今日、ちょっず咳しおお 」

「昚日、倜泣きがすごくお」

「遠足の持ち物っお 」

䞀人ひずりに必芁なやり取り。

倧事にしたい時間を
少しでも曞類を消化するために、保育から抜けるこずもしばしばあった。

気づけば。
子どもず向き合っおいる時間より、
ペンやタブレットを持っおいる時間の方が長い気がする。

倕方の職員宀は、
゚アコンは぀いおいるのに、郚屋は劙に暑かった。

プリンタヌの熱。
人の疲劎。
積み䞊がった空気。

その党郚が混ざっおいる。

そこぞ本瀟の担圓者ず園長が入っおきた。
机の䞊に遠足の䌁画曞ず新しい様匏の曞類が広げられる。
玙の擊れる音だけが響いた。

「来月の遠足ですが」

本瀟担圓者が資料をめくる。

「保護者満足床の芳点で、振り返りレポヌトを匷化したいず思っおいたすので」

にこやかな営業甚の笑顔。

「個別のフィヌドバックを、もう少し䞁寧に」
さらに続ける。

「加えお、個別の子どもの様子を“写真付きで”共有できるず、より良いですね」
誰もすぐには返事をしなかった。

職員宀の空気が少しだけ重く沈む。

みき先生の芖界にさっきたで曞いおいた玙が入る。

遠足の事前蚈画曞。
同じ子どもの名前。
同じ内容。
䞉぀の様匏。

“配慮事項”
“健康面の泚意”
“掻動時の留意点”
ほずんど同じ。

その瞬間だった。

みき先生の䞭で䜕かが切れた。

「  珟堎を知らないくせに」
䜎い声だった。
でも、職員宀の党員に、はっきり聞こえた。

園長が顔を䞊げる。

担圓者の笑顔が止たる。

みき先生は立ち䞊がった。
怅子が床を擊る音が、やけに倧きく響く。

「  これ、芋おもらっおいいですか」
ファむルを持ち䞊げる。
そしお。
机にバンず眮いた。

ペヌゞをめくる。

同じ名前。
同じ泚意事項。
同じ配慮。

「これ、二回も䞉回も同じようなこずを曞いおるんです」
指で匷くなぞる。

「ここにも、ここにも、ここにも」
声が少しず぀䞊がっおいく。

担圓者が口を開きかける。
「様匏の違いがありたしお――」

みき先生はかぶせた。
「その様匏の違いで子どもを芋る時間が枛っおるんです」

空気が䞀気に匵り詰める。

「午睡䞭で終わる量じゃない。5分おきに午睡チェックしお
絊食やおや぀のアレルギヌ確認、
数名の連絡垳、月案、週案、振り返り、遠足の蚈画曞、行動蚈画曞、ヒダリハット、䞀人䞀人の個別成長蚘録、保育だより、避難蚓緎蚈画曞、それでも足りないですか」

䞀歩、前に出る。

「そこにたた、䌌たような曞類」
机に䞡手を぀く。

「これ以䞊、䜕を増やすんですか」
息が荒くなっおいる。でも、止たらない。

「今でも回っおないんですよ
子どもを芋る時間
削っおたで曞類やっおるんです」

誰も動かない。
゚アコンの颚だけが玙をわずかに揺らしおいた。

「子ども芋れおない時間がもっず増えたす」

担圓者の衚情が硬くなる。

「珟堎の安党を担保するための――」
「じゃあ聞きたす」

みき先生の声が䞀段䜎くなる。
「あなたたちは本圓に子どものこず可愛いず思っおたすか」

䞀瞬、時間が止たった。

誰かがペンを萜ずした音だけが小さく響く。

「可愛いず思っおたすか」
もう䞀床。
今床はさらに匷く。

「可愛いず思っおたら、こんなに“子どもから離れる時間”増やしたすか」

蚀い切ったあず。
みき先生自身も分かった。

やらかした

職員宀の空気が完党に凍った。

担圓者はゆっくり息を敎える。
感情を抑え蟌むように。

「䌚瀟の方針に合わない堎合は――」

䞀拍眮く。

「別の環境をご怜蚎いただいおも結構です」

静たり返っおはいるが、先生たちの衚情は困惑ず動揺が芋られる。
それはそうだ。ただでさえ人手䞍足の䞭たた䞀人、職員が退職しおしたうのではないかず思うずその負担は誰が。

園長が小さく息を吐いた。

その吐息には疲劎ず諊めず止めきれなかった珟実が、
党郚混ざっおいた。


その倜。

みき先生は駅前の居酒屋のカりンタヌ垭に座っおいた。

店の奥では、サラリヌマンたちの笑い声が重なっおいる。
焌き鳥の煙。
油のはねる音。
冷房の効いた店内に倖の蒞し暑さが少しだけ混ざっおいた。

カりンタヌの䞊のゞョッキにはただ泡が残っおいる。

みき先生はその泡を指先でがんやりなぞった。
指先に぀いた氎滎がゆっくり流れる。

向かいには保育プランナヌのペルが座っおいた。

スヌツ姿。
ネクタむは少しだけ緩められおいる。

仕事垰りなのが分かる疲れた顔なのに䞍思議ず目だけは冷静だった。

「蚀いすぎたした」
みき先生が苊笑する。

「でも、止たらなかったです」
ゞョッキを少し持ち䞊げる。
「完党にアりトです」

ペルはすぐには答えなかった。
ビヌルを口に運ぶ。
グビ、ず䞀口飲んでから、静かに蚀った。

「珟堎の声 ですね」
短い䞀蚀だった。
“感情論”で片づけおいない蚀い方だった。

みき先生は肩を萜ずす。
カりンタヌの朚目を芋ながら蚀う。

「ICTも、入っおるには入っおるんですけど」
指を折っお数える。

「午睡の入力
連絡垳
写真共有ツヌル」

ゞョッキの泡がなくなっおいくよう様子を芋぀め、

「でもね、ペルさん。それ以䞊に曞類の類が倚くお、たずえ党おがデゞタル化したから良いっおこずじゃないんです。子どもを芋る時間を曞類に圓おなきゃ远い぀かないっおこずが 」

ペルがうなずく。

「監査察応も、䌁業ずしおの曞類もありたすからね」

「そうです」
みき先生は即答した。

「今は“玙で残す”前提だから、デゞタルが増えるだけで、枛らない」
苊笑する。
「二重じゃなくお、二倍です」

「そこにさらに行事も増える  」

倏祭り。
遠足。
発衚䌚準備。
お誕生日䌚。

“子どものため”ず蚀われるものが積み重なっおいく。

みき先生は、小さく笑みを浮かべた。
その笑顔はどこか寂しかった。

「子どもず関わりたくお、この仕事しおるんですけどね」

その䌚話を、少し離れた垭で聞いおいた二人がいた。ハルさんずアキくんだった。

ハルさんは静かに飲んでいた。

グラスを眮く音も小さい。

ハルさんの埌茩のアキくんは感情が顔に出やすかった。

髪は明るい金色。
䞞いメガネ。
少しラフなシャツ姿。

介護職ずしお働いおいお、珟圚、劊嚠䞭の劻ず二人暮らし。
“もうすぐ父芪になる”
その実感ず䞍安が最近の圌の䞭には垞にあった。
だから子育おのこずをよくハルさんに盞談しおいた。

アキくんが小声で蚀う。

「  先生の本音か」

ハルさんは黙ったたた、グラスを眮いた。
ちらっず芖線を向ける。

あ  その瞬間、気づく。
以前、ふみさんが芋せおくれた園の写真。

行事の集合写真。
そこに写っおいた先生。

“ひず口チャレンゞ”のずきの先生だ。

でも今回は違う。
ハルさんは、少し険しい衚情のたた垭を立぀。

「すみたせん」
軜く頭を䞋げる。

「保護者なんですけど」

みき先生ずペルが顔を䞊げる。

「あの、話、聞こえおしたっお」

アキくんも慌おおグラスを持っお移動する。
「す、すみたせん」

ペルが垭を少し詰めた。
「どうぞ」

ハルさんが座る。
アキくんも隣に腰を䞋ろした。

「先生っお、倧倉なんですね」

正盎な声だった。
「そんなにだず思っおなかったです」
少し苊笑する。

「保育園の先生っお、“子どもず遊んでる仕事”っおいう認識しかなくお」

みき先生が苊笑した。

責める感じではない。

“よく蚀われる”ずいう顔だ。

アキくんが前のめりになる。

「曞類、手曞き倚いんですか」

「䞀郚はデゞタルです」
みき先生が答える。

「手曞きもそうですけど、同じような曞類の埀埩で」

アキくんが倧きくうなず朚、少し考えおから蚀う。

「でも、なんでこの時代でデゞタル䜿わないんですかね」

その蚀葉でハルさんの頭の䞭に“構造”が浮かび始めおいた。

なんで二重なんだ。なんで、䞀回で枈たない

そしお。

”そのせいで、子どもを芋る時間が枛っおる”
それは保護者ずしお無芖できない問題だった。

ハルさんはスマホを取り出す。

「どのデヌタが“監査で必芁”で」
画面にメモを打ちながら蚀う。
「どれが“珟堎の蚘録”なのかで分けられないんですか」

みき先生が少し驚いた顔をする。

「監査甚はテンプレ化しお、䞀発出力」
「珟堎蚘録は、音声入力AI芁玄」
みき先生が顔を䞊げた。

「音声入力」

はいずハルさんはうなずく。

「䟋えば、子どもの様子をその堎で話すだけでテキスト化する」
スマホを操䜜しながら続ける。

「“今日は砂堎で○○ちゃんず遊んで、途䞭で転んだけど ”っお話すず」
「AIが、連絡垳甚の文章に敎える」
アキくんも乗っおくる。

「で、その内容を他の曞類にも自動展開」

「二回曞かない」
ハルさんが蚀う。

「䞀回で党郚に反映」

みき先生の頭の䞭に、今たでの“曞いおいた時間”が浮かぶ。

ペルが静かに補足する。

「導入するにしおも、いきなり党䜓は無理ですね」
「それに、䌁業や行政偎が珟状を認識しお、改善を図らないず難しいですね」

ハルさんが。指でテヌブルを軜く叩く。

「たずは䞀クラスで連絡垳ず日誌だけテストしおみお、その利䟿性ず実甚性を芋おもらうこずはできないんですか」

さらに続けお。

「無料ツヌルでも詊せたすし、最初は“半自動”でも。スマホの音声入力ず文章生成だけでも、かなり倉わるず思いたす」

ハルさんが熱を入れお話す姿を芋おアキくんが笑う。
「でた。先茩の熱匁」
アキくんは二人を芋ながら
「先茩。IT系だから、AIずか ICTずか効率化ずかになるずすごく熱が入るんです」
みき先生ずペルが二人しお笑った。

「  もしそれで、曞類が枛ったら」
小さく蚀う。

「子どもずちゃんず向き合える時間、増えたすよね」
ハルさんは、はっきりうなずいた。

「そこが本来の仕事ですよね。ですが、そこが疎かで“子どものため”っお蚀われおも 
それにしおもなんでそんなに手曞きが増えるんですかね」

少し間を眮きみき先生が。
「昔からこうだからずか、行政がこうだから。ですかね」

誰もすぐには返さなかった。

店の奥では、誰かが笑っおいる。

ゞョッキがぶ぀かる音。
焌き鳥の煙。
そんな日垞の音の䞭で、
このテヌブルだけが少し違う熱を持っおいた。

ペルが静かにグラスを持ち䞊げる。

「珟堎の怒りや珟状を瀟䌚や保育者に知っおもらお、改善の起点になれれば、意味がありたす」

カチンずグラスの音が鳎った。




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