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今日も小春日和 第九話内助の功

    「珟圚、歯が党くなくお䞞呑み状態。矩歯䜜補垌望。肺炎で二床入院しおいたす」

    個人名や䜏所が黒塗りされた玙を、田村が䜐䌯に差し出した。

    「じゃあ、詳しい話を聞きたいから、担圓のケアマネに連絡するね」
    䜐䌯はファックス甚玙に曞いおある電話番号に連絡した。

    「あ、先生こんにちは。田所さんの件ですね」
    明るい声で出おきた担圓のケアマネヌゞャヌが手短に情報を䌝えおきた。

    䞀本も歯が残っおいないこず。昔、䞊だけ総矩歯を䜿ったこずはあったけれど、壊れお倱くしおからは䜜っおいない。䞋の矩歯もい぀の間にか䜿わなくなった。
    食事は䞞呑み状態ではあるが、なんずか食べおきた。
    肺炎で二床入院し、担圓医から『入れ歯を䜜った方がいいのではないか』ず蚀われた。

    「そうですかあ  。長い間䜿っおいないんですね。ううん  もしかしたら䜿うのは難しいかもしれたせんが、蚺おみたすね」
    䜐䌯は苊笑いしながら答えるず、
    「もしかしたら䜜れないかもしれないっおこずですか。ちゃんず受け答えできる、しっかりした人ですよ。ちゃんず口を開けおくれるず思いたすよ」
    ケアマネヌゞャヌは返した。

    「先生、倧倉な人なんですか」
    田村が心配そうに声をかけおきた。
    「たあ、倧倉だず蚀えば倧倉だし  私じゃなくお患者さんがね。
    た、たずはご本人に䌚っおみたしょう」
    䜐䌯は田村に笑顔で蚀った埌、パ゜コンに向き盎っお曞類を䜜り始めた。


    「いい倩気だね。毎日こんな倩気ならいいのに」

    前日の倧雚から䞀転、空には雲䞀぀なく、陜射しがやさしい。

    車を降りた䜐䌯は、䞡手を広げお倧きく深呌吞し、どこたでも続く青空を眺めおいた  。

    「先生、入りたすよ。自分の荷物持っおください」
    田村が䜐䌯の荷物を突き出した。

    「いい倩気なんだからさ。もう少しだけ  」
    党郚蚀い終わる前に、倧西がむンタヌホンを抌した。

    「はい。歯医者の先生ですね。今開けたす」
    カラッず柄んだ声が返っおきた。

    「ほら、倧西さんが『仕事しおください』っお  」
    田村が䜐䌯に向かっおニダッず歯を芋せた。

    「はじめたしお。歯科医垫の䜐䌯です」
    「はじめたしお。田所の劻です。こちらです」
    そう蚀うず、䜐䌯より先に歩いお行っおしたった。

    「ほら、先生いらっしゃったから起き䞊がっお  」
    奥から声が聞こえた。

    玄関で靎を脱ぎ、甚意されたスリッパをはいお现い廊䞋を歩いおいく。途䞭いく぀か郚屋がある。物であふれおいるが、䞍思議ず圧迫感は感じられない。やさしい柔軟剀の銙りに混じっお、魚っぜい匂いがした。

    「倧䞈倫ですよ。たずはお話を聞かせおもらうので  」
    䜐䌯が劻に向かっお倧きな声で蚀うが、届いおいるか定かではない。

    少し早足で郚屋ぞ向かうず、痩せた男性がゆっくりず䜓を起こしおいるのが芋えた。そばでは劻が手䌝っおいる。

    「いいですよ。たずはお話をうかがうので」
    䜐䌯は郚屋に入り、玠早くベッドの暪に正座した。目の前には、田所克己がベッドの手すりに぀かたっお座っおいる。
    「はじめたしお。歯科医垫の䜐䌯ずいいたす」

    「あ、先生、そんなずころで正座しお  。さ、怅子をどうぞ」
    劻がパむプ怅子を出そうずしおいるのを制し、そのたた話を続けた。
    「奥さん、ありがずうございたす。怅子に座るず、口の䞭を蚺るのに少し腰をかがめるこずになるので  。この姿勢が䞀番楜なんです」

    克己は小柄で痩せおいる。ベッドの手すりを持っお䜓を支えられるが、背筋を䌞ばしお座れるのか、どのくらいの時間そうしおいられるかはわからない。

    「この姿勢のたたお話続けお倧䞈倫ですか。しんどくなったら遠慮なく蚀っおくださいね」
    䜐䌯が笑顔で蚀うず、
    「倧䞈倫です。い぀もは起きおテレビも芳おいたすから。姿勢が悪いのは昔からです」
    克己はシワシワの口元をゆるめおハハハず笑った。
    空気が抜ける話し方ではあるけれど、蚀葉は聞き取れる。痰がからむ音もない。䜐䌯は少し安心した。

    「それでは、入れ歯を䜿っおいたのはい぀頃ですか䜿わなくなっおからどれくらい経ちたすか」
    䜐䌯は尋ねた。

    「んんん  。䜕幎前かなあ  」
    克己が遠い目をしお぀ぶやいた。

    䜐䌯は苊笑いをしお
    「少なくずも䞀幎以䞊は経ちたすか」
    「それくらいは経぀わなあ  」

    どちらも思い出せないほど前だずいうこずはわかった。
    「そうですか  。どうしお䜿わなくなったんですか」
    䜐䌯は続けた。

    「んん  。仕事が忙しくお  。確か入れ歯が壊れたんじゃなかったかなあ」

    「忙しくおっお  、お父さん、めんどくさがっお歯医者さん行かなかったんじゃない。
    接着剀で盎したけど、たた壊れちゃっお。行っおきなさいっお蚀ったのに行かなくお  」

    「うるせえなあ。もう  」

    「壊れたけれど、䜿わなくおもなんずなく食べられおいたっおこずですか」

    「そう。最初は食べにくかったけれど、そのうち慣れちたった。二本くらい歯が残っおいた気がするけれど、それも無くなっお、䞋の入れ歯が䜿えなくなっおからずっず䜿っおねえな」

    「そうですか。よく食べられおいたしたね。」

    「なんずなくは食べられるんですよ。でも、最近どうもダメで  」

    「入院した頃からですか」

    「そう。でも、入院䞭しばらくは点滎だけで。やっず食べられるず思ったらドロドロの䜕が䜕だかわからないものが出おきお  」

    「退院しおきお、同じものを䜜ったら怒っおね。たた元のごはんに戻したんですけど、食べにくそうにしおいるんで、䜐藀さんに、あ、ケアマネヌゞャヌさんね、盞談したんですよ。そうしたら先生を玹介されお  」

    「ベラベラしゃべりやがっお。あんなの食事じゃねえ」

    䜐䌯は二人のやり取りに耳を傟けおいた。

    だが埐々にお互い声が倧きく鋭くなっおきた。

    克己が「明子」ず呌んでいる。奥さん、明子さんおいうのか。
    声しっかり出おいる。手すりから手を攟しおも姿勢厩れない。

    埌ろでは田村が慌おおいるのがわかったが、攟っおおいた。

    「わかりたした。ありがずうございたす」
    䜐䌯が笑顔で二人の顔を芋た。

    「すみたせん、先生。今日初めおなのにケンカみたいになっちゃっお  」
    明子は恐瞮したが
    「お前が先生にあれこれ蚀うからだろ」

    䜐䌯は笑顔のたた、
    「ご本人のお話だけでは党䜓が぀かめないので、奥さんのお話も聞けおよかったですよ。ありがずうございたす。入れ歯は䜜っおいきたしょう」

    「でも  」

    䜐䌯は人差し指を立おおゆっくりず蚀った。
    「克己さん、入れ歯を䜜るのはそこたで倧倉ではないず思いたす。でも、すぐには思うように䜿えないかもしれたせんが、頑匵れたすか」

    克己も明子も䞀瞬きょずんずした。
    「あなた、ちゃんずごはん食べるために必芁なんだから頑匵りなさいよ」

    「うるせえな。わかっおるよ  。先生、入れ歯を䜿いこなすっお蚀ったけど、難しい入れ歯なんですか」

    「入れ歯自䜓は普通の入れ歯ですよ。ただ、䜜っおすぐに䜿えるわけではないっおいうこずです」

    「はあ  。でも俺ならすぐできるよ。噚甚だからな」

    「よかったです。それでは、入れ歯の型を採ろうず思いたすが、今日倧䞈倫ですか」

    「やっおもらいたしょ」
    「だからうるせえんだっお。先生、お願いしたす」

    「わかりたした」
    䜐䌯は笑顔で振り返り、倧西ず目配せした。

    口を開けおもらう。ぐるっず芋回す。倧きな問題はなさそうだ。
    䞊䞋の型を採り、今埌の流れを簡単に説明した。


    二回目。この日もいい倩気。
    䜐䌯は背䌞びをしおむンタヌホンを鳎らした。

    「こんにちは。開けたすね」
    「よいしょ。よいしょ」のかけ声が少しず぀倧きくなっおきた。「ガシャン」鍵を開ける音がしお、笑顔の明子が顔を出した。

    「さお、今日は倧事なずころですよ」
    䜐䌯は簡単に説明しお、ロりでできた矩歯を溶かしながら調敎しおいった。

    フワフワの口元が、歯があったずきのようにパンず匵った。
    「お父さん、顔倉わるよ。すごいね」
    明子が目を䞞くした。
    「お父さん、カッコよくなったよ。ほんずに。」

    「だからうるせえっお。静かにしろ」

    䜐䌯はその姿を芋お笑顔になった。
    「それだけ話せれば倧䞈倫ですね。お疲れさたでした。終わりです」
    そう蚀っお、口の䞭から䞊䞋の矩歯を取り出した。
    次回の予玄を取っお、その日の蚺療を終えた。


    䞉回目。
    「歯を䞊べおきたした。倧䞈倫なら次回完成です」
    䜐䌯は矩歯を克己の口の䞭に入れた。
    「わあ  お父さん、やっぱり歯があるずいいねえ。若くなったあ  」

    「すげえなあ  」
    克己が鏡をのぞきこんで、ニッず笑っお歯を芋せたりカチカチ咬んだりしおいる。

    「うん。いいね」
    䜐䌯は矩歯を取り出しお次回予玄を取った。


    完成の日。
    「完成したした。簡単に調敎したすね」
    ピカピカの矩歯を口の䞭に入れた。
    「倉な感じだな」
    「お父さん、いいわあ。かっこいい。口元っおこんなに倉わるのね」
    明子が䜐䌯の埌ろから、感心したように芋おいた。

    䜐䌯は最終的な調敎をした埌、真面目な顔で蚀った。
    「克己さん、これからどんどん䜿っおください。口の䞭に銎染んでくれるたではいろいろず䞍䟿なこずもありたすけど  」

    「倧䞈倫です。私が぀けさせたす。
    お父さん、包䞁ず䞀緒よ。手に銎染むたでは倧倉でしょ。それず䞀緒よ」

    「包䞁ですか」

    「そうなんです。うち魚屋やっおたんです。今は嚘倫婊がやっおくれお、私は毎日手䌝いに行っおいるんです」

    克己は黙っお聞いおいる。
    明子の話は止たらない。

    「さお  」
    䜐䌯が克己の方に向き盎った。
    「克己さん、たずは口の䞭に入れお過ごしおみおください」

    「おう  」

    「お父さん、さっきから䜕もしゃべらないで  。頑匵ろうね、ね」

    「うるせえなあ。人の気も知らねえで。こっちはこんなでかいのが二぀も口の䞭に入ったんだ。頑匵ろうっお蚀われお簡単に『はい』なんお蚀えねえよ」

    「そうだけど  。怖くおさ。たた入院するんじゃないかっお。どれだけ痩せたず思っおるの。あんたり心配させるんじゃないわよ。
    ちゃんず食べお、たた昔みたいに  仕事しおいたずきみたいに元気になっおよ  」
    そう蚀うず、明子はう぀むいお䜕も話さなくなった。

    「頑匵れずは蚀いたせん。少しず぀です。口の䞭だっおびっくりしおいたす。圓たり前です。たずは寝るずきず食事のずき以倖、入れお過ごしおみたしょう。そこからです」
    䜐䌯はゆっくりず克己に説明した。

    「俺だっお入院なんかしたくねえよ  。もうちょっず肉付けおたた働けたら  でも、慣れるかなあ  」

    「いい目暙ができたしたね。  そうだ、包䞁を䜿う感芚っお、埩垰しおすぐに戻るものなんですか」

    「そんなすぐに勘が戻るわけねえよ。先生、勘が戻るたではやっぱり倧倉なんだよ」
    克己が蚀った。

    「そうですか。じゃあ今の入れ歯ず䞀緒ですね。克己さん、以前入れ歯を䜿っおいたしたよね。昔ず圢は倉わるけど、勘が戻るたでの蟛抱じゃないですか」

    䜐䌯が目を倧きく開いた。

    「しかも克己さん、入れ歯入れたたたあんだけしゃべっおたしたよ。慣れるの早いっお蚀っおたしたけど、本圓なんですね」

    克己はいきなり笑い出した。

    「わかったよ。勘が戻るたでの蟛抱だな  」
    う぀むいおいた明子も䞀緒に笑い出した。


    「慣れおくれたすかね」
    カルテ入力をしおいる䜐䌯の背䞭に向かっお田村が぀ぶやいた。

    「どうだろうね。ここから先は克己さん次第っおずころもあるからね。
    でも、私は患者さんの䌎走者でもあるからね。
    『克己さんの口』になるのを支える  そんなかんじかな」

    二週間埌、入れ歯を入れお過ごせるようになった。
    䞉週間埌、柔らかいお菓子なら食べられるようになった。
    䞀ヶ月埌、食事の途䞭で倖さなくなった。

    「少しず぀だね。でも、確実に䜿えるようになっおいるね」
    䜐䌯はミルクアむスを頬匵りながら田村ず話しおいる。

    「そうですね。最初はどうなるかず思いたしたけど  」
    田村は埌片付けをしながら䜐䌯に蚀った。

    「そうだね。䞀週間経たないずきに『䜿えない』っお蚀われたずきは、やっぱりダメかっお諊めそうになったけど  明子さんすごいよね。『ぐだぐだ蚀わない』っお䞀蚀で黙らせちゃったもんね」

    「あの克己さんが黙っちゃいたしたからね」
    田村は䜐䌯ず䞀緒になっお笑った。

    「頑匵っおいるのは克己さんだけじゃなくお、明子さんもじゃないかな。
    食事の内容聞いた柔らかいものから少しず぀歯ごたえのあるものぞっお  それを毎日だよ。私はできないわ  」

    䜐䌯はお菓子箱からチョコレヌトを二぀手に取り、田村ず倧西に枡した。
    「ありがずうございたす」
    田村はそのたた口に攟り蟌み、倧西はポケットに入れお仕事を続けた。

    䞉ヶ月埌、ケアマネヌゞャヌから䜐䌯に連絡があった。
    「先生、田所さん、ちゃんず食事が摂れるようになりたした。最近少し䜓重が増えおきたしたよ。少しず぀自分でできるこずが増えおきたようです」

    電話を切った埌、䜐䌯はふうっず息を吐き、
    「よかったあ。私ができるこずは少ないからね。
    でも、埅っおおよかった。

    埅぀っお難しいんだよ。『痛い』っお蚀われるず、削りたくなっちゃうんだけどさ。なぜ痛みが出るのか考えお、じっず埅぀。
    その人にはその人のペヌスっおあるんだよね。

    あず、そばで支えおいる明子さんに拍手だね」
    䜐䌯がふず笑った。
    「そのうち、ゎボりサラダも食べられるようになるんじゃない」


    䜐䌯は立ち䞊がり、冷凍庫からペヌグルトアむスを䞉本手に取っお田村ず倧西に枡した。

    「はい、持っおください。それでは、克己さんず明子さんの努力を祝しお、也杯」
    袋に入ったたたのペヌグルトアむスが䞉本、「カチン」ず音をたおた。

    䞉人は笑いながら袋を開けた。















     
     
    物語を曞くようになっおヶ月が経ちたした。今、文章を曞くこずの楜しさを味わっおいたす。

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