
アンチエイジング撤退戦【いつあきらめるか問題】(全話)
第1話 忍び寄る影
現在、50歳の私。
江戸時代の人間だったらとっくに天寿を全うし、この世からいなくなっていてもおかしくない年齢になってしまった。
ところが平均寿命はどんどん延びて、令和のいまでは「人生100年時代」と言われて久しい。
しかし、そんなご長寿時代に突入しようとも、私の老いはおかまいなしだ。日を追うごとに容赦なく加速していく。
その兆候をはっきりと自覚したのは、数年前のこと。
40代半ば頃には「老い」というものに完全に包囲されていた。
「この間、健康診断があったんだけど、体重測ったら7キロも太っちゃっててさ」
「えっ、そうなの? 顔がシュッとしてるから全然そんな風には見えないけど」
「むしろ顔にはお肉がついてほしいんだけどね」
「わかる。ついてほしくないところに限って肉がつくよね。お腹とか」
思い返せば、こんな会話が繰り広げられるようになったのも、ちょうどこの頃ぐらいだった。
若い頃に飽きもせず盛り上がっていた「〇〇くん、カッコいいよね」というような、色めき立つ恋バナの類いは今は昔。酒のつまみにもならなくなった。
元気があたりまえだった若かりし頃。
このように、会えば互いの健康面を気にかけるなんて、当時の私は考えたこともなかった。
とはいえ、まだまだ女性としてオシャレを楽しみたいし、若くありたいという気持ちも捨てきれない。
しかし、頑張りすぎると「若作りおばさん」が爆誕してしまう。この塩梅が非常に難しいお年頃の私。
正直に白状すると、40歳を迎えたばかりの頃の私は、30代からの変化をそこまで感じていなかった。
人生の先輩方からは「あらぁ、40歳になったのね。油断してると40代は急に来るわよ」と脅かされていたので、覚悟はしていた。
だが、「大して変わらなかった」ということで、私はすっかり油断してしまったのだ。
それから4年ほど経った頃。本当に突然老いはやってきた。
「人間の老化は44歳と60歳で劇的に加速する」という米スタンフォード大学医学部の研究結果(記事)を後から見て、私は納得した。
先輩方が言っていたのは、これだったのだ。
そこからは坂道を転がるどころか、ものすごい高さのある階段を踏み外したときのように、ガクンと目に見える変化が現れるようになった。
ある日のこと。
ふと乗り込んだエレベーターの鏡に映し出された自分の姿に、私は愕然とした。
生え際の白髪が自己主張し、頬の肉は垂れ下がり、フェイスラインはもたついている。
よく見ると、目の下も妙に骨っぽさを感じる。
「えっ⁈ 私の顔、こんなだったっけ?」
出かける前に洗面所の鏡で見たときには、いつもと変わらないように見えた。
ということは、このエレベーターの鏡が悪いのか? そもそもエレベーターのこの暗い照明がそう見えるのか?
高速回転する脳内であれこれ言い訳を並べて、現実逃避を試みる。
しかし、どう見てもそこに映っているのは、正真正銘の「疲れた中年女性」の姿だ。
もしかして……我が家の洗面台の鏡は、いままで私に気を遣ってくれていたのだろうか?
そんなことを真剣に考えてしまうほど、私の頭の中は混乱していた。
いきなり送り込まれた老いという刺客に、私は恐れおののいた。
サプリや運動で身体の不調はそれほど気にならなかったが、顔面のケアは手薄だった。
こうして老いとの戦いの火蓋が切って落とされた。
というよりも、老いの方から無理やり戦端を開かれてしまったのだ。
こうして、アンチエイジング・ソルジャー(私)が誕生したのである。
第2話 貧弱なセルフ攻防戦と開かれた禁断の扉
アンチエイジング・ソルジャーとして老いとの闘いを余儀なくされた、当時44歳の私。
まずは冷静に考えることにした。
どこがどう変化したのかを見極め、そこに特化したエクササイズを実践すれば、なんとかなるのではないか。
自分の顔をじっくりと観察する。
一度「自分の老い」を認識してしまった脳は、顔面のあらゆる問題点をこれでもかと浮き彫りにしていく。
毎日同じ場所で見ていた鏡に映る自分の姿は、幻覚だったのかと思うほど、顔面の粗という粗をあぶり出していく。もはや清々しく思えるほどだ。
老いを自覚してからでは、もう遅いのか——
鏡を見ては、ため息をつく毎日。
だが、やらないよりはマシだ。
私はYouTubeで「顔 たるみ」というキーワードを検索して、なるべく簡単に効果がありそうな動画を片っ端から実践してみることにした。
「おうっ、おうっ」
「何やってるの?」
「見ればわかるでしょ。人中(鼻の下)を短くするエクササイズよ」
「えっ⁈……人中以外、ほかにやるところがいっぱいあるよね」
気の毒そうな表情で見つめてくる夫の的確なツッコミを無視し、私は毎日顔面エクササイズに時間を費やした。
こういうのは継続してやらないと意味がない。
そう思い、1か月ほど続けてみた。
結果、多少は良くなった気がするが、劇的な変化は感じられない。
何かが違う。だけど何がどう違うのかがわからない。
やはりここは、禁断の「奥の手」を使うしかないのか——
そんなことを悶々と考えていたある日、私は友人に心境を吐露してみた。
「最近、老いが止まらないんだけど」
私がそう言うと、友人が大きくうなずいた。
「わかる。毎朝起きるたびに、あちこちいろんなところが老いてる実感があるわ」
「なんか、いいのないかなぁ」
ここで言う「いいの」とは、もちろん美容医療のことである。
この頃、目の下のクマが老けて見えると悩んでいた彼女は、ついに美容クリニックの門を叩いたことを私に打ち明けてくれた。
「それで、目はどうだったの?」
私はいそいそと前のめりで訊いた。
「それがね、目の下のクマ(脂肪)を取ると、今度はそこが凹むから、ヒアルロン酸か脂肪を入れたほうが良いって先生に言われちゃって。だから、『少し考えます』って言って帰ってきちゃった」
よくよく聞くと、当初予定していた金額を大幅に超えた見積書を見て躊躇したという。
彼女は美人なので、私から見れば美容医療の必要なんてないと思うのだが、本人が気にしているのなら、悩むのも仕方がない。
「そうだったんだ。私なら、施術を受けて帰るかもしれない」
まだ自分の老いを受け入れられない十人並みの私は、思わずそう言った。
というのも——
何を隠そう実は私も、彼女に会う数日前に密かに美容クリニックの門を叩いていたからだ。
第3話 匂い立つ白衣の美女と、魔法が魅せる幻影
「大手の美容クリニックのほうが症例数もそれだけ多いのだから、失敗もされないでしょ」
という夫の的を射た助言を素直に受け入れた私は、とある大手の美容クリニックに行ってみることにした。
この当時の私が1番気になっていたのは、目元。
とくに、左目の下にくっきりと刻まれたシワだった。ここに線が一本入っただけで、なんだか悲壮感すら漂っている。

このシワさえ改善されれば、私の顔もまだ延命(?)の余地があるのではないか。そんな淡い期待を抱いていた。
そして迎えたカウンセリング当日。
緊張しながらクリニックの扉を開けると、すでに待合室のソファは患者(?)さんで埋め尽くされていた。
皆が一様に、壁に向かって並べられた椅子に腰を掛け、手元の呼び出し番号が印字された紙と、電子案内板の数字を逐一チェックをしている。
たくさんの人が、それぞれにさまざまな悩みを抱えてここへ集まっているのだ。
なかには、自分の娘ぐらいの年齢のお嬢さんもちらほらいらっしゃる。
「若いだけでじゅうぶん可愛いのに」と心のなかでつぶやいたが、こう思う時点で自分が立派なおばさんになっている証拠である。
なるべく他所様のほうを見ないように、壁に張り付いた電子案内板を凝視していると、ついに私の番号が呼び出された。
診察室に案内された私。
指定されたカゴに荷物を置き、椅子に浅く腰を掛けた。
今から思えば、無意識に背筋を伸ばしていたのは、少しでも若く見られたかったのかもしれない。
「お悩みが目の下のシワということでしたけど、どのあたりが気になってます?」
挨拶もそこそこに、女性医師が私の顔をじっと凝視する。
「ええと、特にここの左目の下にあるやつです」
私がそう訴えると、「あーはいはい」といかにも場数を踏んだ淡々とした返事が返ってきた。
きっと、毎日私のような悩める中年女性を山ほど相手にしているのだろう。
もはや、頼もしさすら感じる。
先生の顔が、さらに私に近づく。
いっさい老いの片鱗が見えない。
みずみずしく艶々な肌は、マスクをつけていても隠しきれていない。
どうやったらこんな肌になるのだろう。先生の顔が近すぎてドギマギしながらも、感嘆する思いで見入る私。
突如、強烈な「にんにくの匂い」とともに、先生が口を開いた。
「……そうね。目の下にヒアルロン酸を注入するのは、けっこうリスクがあるんだよね。だから下がってきた頬に、みんなヒアルロン酸を入れるんだけど」
しっかりとマスクをお着けになっているはずなのに、こんなに匂うとは。
さては、昨日休みだったな。
でも、大手のクリニックだし、毎日こうしてたくさんの患者さんを診察するんだもの。
やっぱり激務なんだろうな。
スタミナつけないとやってけないよね……。
などと、勝手に先生の休日の過ごし方を想像する私をよそに、先生は私の顔のあちこちをプロの視点で観察する。
やがて、手鏡を持たされた私の頬を先生が指で軽く上に持ち上げた。
すると、鏡の中に全盛期だった(自分比)あの頃の「昔の面影」が現れたのだ。
「なるほど、たしかに!」
思わず声を上げる私にはおかまいなしに、先生の澱みない説明は続く。
ひと通り話を聞き終えた私は、一抹の不安を覚え、恐る恐る尋ねてみた。
「あの、それって……顔がぱんぱんになって、大きくなったりしませんか?」
「入れ方にもよるけど、リフトアップして見えるからそんなに大きくはならないよ。あと、あなたの場合、ここ(ほうれい線)も気になるから、こっちにも入れるとバランスが良くなるんじゃないかな」
そう言って先生は、私のほうれい線の部分と顎のあたりにも注入した方がいいと提案した。
当初の私の計画では、「目の下のシワをちょっとどうにかすればなんとかなる」はずだった。
顔のあちこちに何かを入れること自体、まったく考えていなかったのだ。
そこで私は、かねてから抱いていた「最大の謎」について切り込んでみた。
「だけど、テレビで見る女優さんとかは、何もしなくてもすごく綺麗なのに、年を重ねてからテレビで観ると、ぱんぱんに膨らんでる人がたまにいたりするじゃないですか。あれって、なんかをたくさん入れたからとかではないですか?もしそうだとしたら、あんな感じにはちょっとなりたくないというか……」
私は美人先生もとい、にんにく先生に思い切って以前から思っていた疑問を投げかけてみた。
第4話 ノルマンディー上陸作戦。隣で散りゆく戦友を越えていけ
「あー。あれはね、もう今の技術だと(2020年当時)あれしかやりようがないの。だからみんなわかってても、それを割り切ってやってるのよ」
えっ?……そうなの⁈
にんにく先生の潔い回答に、私はある種の感動すら覚えた。
私の浅はかな考えで申し訳ないが、こういうデリケートな質問はもっと煙に巻かれたような、実体すら捕まえることのできない言い回しで返ってくるだろうと予想していたからだ。
「えっ、そうなんですか、知らなかったです」
「だからあなたの場合は、そうねえ、頬に一本ずつ、ほうれい線に左右一本、顎に一本で様子をみたらいいんじゃない」
……そうですよね。
だって、それしかやりようがないんですもの。
お手軽に目元に一本だけと思っていたのに、予想外のフルコースを提案をされ、激しくテンパる私。
そんな私をよそに、にんにく先生は涼しい顔をしてカチカチとマウスをクリックし、数枚の紙を印刷している。
「ほかに何か質問はある?」
「あ、えっと、先生は何の施術を受けていますか?どうしたらそんなに綺麗な肌になるんですか?」
思考回路が限界突破を迎えていた私は、気づけば直球で質問をぶつけていた。
「私が気に入っているのは『水玉リフティング(LDM)』かな。これを2週間に一度受けると、肌の水分保持量が上がるから。透明感やもちもちした肌を目指すなら、これもおすすめだよ」
先生がまたちょちょっとパソコンのマウスを操作すると、さらに何か印字された用紙が追加された。
「診察は以上になります」とのことで外に出た私は、ほどなくして個室へと移動を促された。
狭いカウンセリングルーム。
私と向かい合わせで座ったカウンセラーの女性は、数枚の用紙をテーブルの上に滑らせた。
「それでは、今回の見積書ですね」
そう言われて、目の前に差し出された用紙の『合計金額』を見て、私は思わず目を剥いた。
ヒアルロン酸が5本。それから、フォトフェイシャルや、サーマクールなどの高周波治療系。
その中に、さっき先生が言っていた「水玉リフティング」もしっかり入っていた。
これは2週間に一度の施術を推奨しているという。
先生は「自分もよくやっている」と言っていたが、社内割などがあったとしても凄まじい金額だ。
「女の顔は領収書」
どこかで聞いたそんな名言が私の脳裏をよぎる。
にんにく先生のあの艶やかな顔は、まさにこの言葉を地で行っているのだろう。
私のような下流の民には到底無理な話である。
残念ながら、これを全部やるような財力など持ち合わせていない。
「見積書の有効期限は1か月です」
明らかに動揺を隠しきれない私をよそに、カウンセラーの彼女は柔和な笑みを浮かべている。
壁が薄いのか、隣の部屋からはときおり「じゃあ、今回は二重とフェイスラインのリフトを……」などという、豪快な課金ボイスが聞こえてくる。
戦友(隣の部屋の方)がサクサクと契約を交わしているその声に、私は容赦なく追い込みをかけられているような錯覚を覚えるほどだ。
「あの、私、こんなに沢山の施術はできません」
思い切ってそう伝えると、目の前の彼女は涼しい顔をして言った。
「ああ、これは今日すべてやるものとか、そういうものではありません。今回ご相談いただいたお悩みに合わせて医師が提案した治療なので、この中から選んでいただくこともできますよ」
なるほど、そういうことか。
少し安心した私だったが、「今日はやめときます」と手ぶらで帰ることはできなかった。
なぜなら2020年のこの当時、私は夫と「経過観察」という名の記念撮影を、結婚記念日当日に予約済みだったからだ。
これは何年かに一度、「お互いどれぐらい老けたのか」を確認し合うという不定期行事で、この年は「2020年東京オリンピック」の開催に合わせて行う予定だった。
(結局当時コロナ禍で、オリンピックは翌年に延期されたのだが)
だからどうしても、この目の下のシワだけはどうにかする必要があった。
だけど、ヒアルロン酸は目の下にはリスクがあるという。
どうしたものか。
見積書をぱらぱら見ながら、私はある一枚の用紙で手を止めた。
——やっぱり、これしかない。
さっき先生が提案してくれた治療の中で、ひとつ気になっていたものがあった。
「リジュラン」である。
サーモンのDNAから抽出された成分を肌に直接注入して、細胞レベルで肌の自己再生力を引き出すという肌再生注射。
ヒアルロン酸のように物理的にボリュームを出すのではなく、肌そのものを若返らせるエイジングケア治療として人気だという。
皮膚の薄いデリケートな目元にも注入できるというのもありがたい。
そのお値段、一回約4万円。
ひと月ごとに、4回の施術で半年から1年ほどの効果があるんだとか。
つまり、4回施術で16万円。支払いは都度払いで良いとのこと。
素早く頭の中で計算する。
一回に4万円は、私にとってかなり痛い出費だ。
やはり、キレイでいたいと願えば願うほど、女は金をかけないといけないのか。
だけど、何年かに一度しかない記念撮影だもの。
「あの頃はまだ綺麗だったわね、うふふ」
と自己満足に浸ってもいいじゃないか。
夫の掲げた「お互いの老いの経過観察」という本来の趣旨とは真逆をいくことになるけど……。
まぁ、いっか。
当時の私は、そう自分に言い訳をして腹を括った。
「……これにします」
と、私は見積書のリジュランの文字を指差した。
カウンセラーさんの満面の笑みの圧に詰められ、隣の部屋の次々と高額施術を決めていく声に焦らされながら、私は半ば祈るような気持ちでこう答えたのだった。
第5話 顔面粉飾イクラと「老い」からの強制装備
予想外の提案をされた挙げ句に、まんまと肌育注射といわれる「リジュラン」を受けてきた私。

このことを、先にクリニックへ行っていた友人に白状すると、散々ゲラゲラ笑われた後に「結局受けたんかーい!」と鋭いツッコミが入った。
「うん……しかもさぁ、4回施術しないと効果が定着しないって言われちゃって。とりあえず、4回受けてみようと思って」
「それで、どんな感じだった?」
「それがね、目の周りとか頬のあたりに注射されたんだけど、顔がボコボコになって『イクラ』みたいになったの」
「イクラ? どういうこと?」
いや、本当に見た目が「イクラ」だったとしか、当時は感想が思い浮かばなかったのだ。(サーモンから採取された抽出物だから、鮭の卵になったのだろうか?)
施術直後のボコボコになった顔を撮っていなかったことが今となっては悔やまれる。
若干、集合体恐怖症の気がある私は、この時「それを記録しておこう!」などという発想は皆無だった。
「でも、たしかになんか若返ってる気がする」
「えっ! ほんと⁈ だったらやってよかったかも」
4回目の施術が終わった頃には、目の下のシワの悩みもなくなり、頬にもふっくらとしたハリ感が出てきた。
すっかり気を良くした私は調子に乗り、夫が当初掲げていた「お互いにどれだけ歳を取ったかを記録する」という経過観察の趣旨を完全に無視して、「ウェディングドレスを着て記念撮影をする」という暴挙に出たのだった。

今思えば、目の下のシワ一本なんて可愛いものだった。
だけど、こうしてあらためて当時を振り返ってみると、なんとしても老いに逆らってやろうという「並々ならぬ気概」が窺える。
当時の私は、崖っぷちに立たされてもう逃げ場はないのに、必死で逃亡を企てる犯人のような心境だったのだ。
月日は流れ、私は40代後半に突入していくのだが、すぐに老いを受け入れることはできず、無謀にも逆らってやろうと足掻き続けた。
だって、ついこの間までは、図々しくも「自分はまだそこまで老けていない」と思っていたんだもん。
それがいきなり、「あんたももう44過ぎたんやし、これからは立派なおばさんとして生きていくんやで」と肩を叩かれて、「うん、わかったで!」と素直に受け入れるほど、私は人間として成熟していなかった。
私が反抗すればするほど、「老い」はこれでもかと言わんばかりに容赦なく襲いかかってくる。
それはなにも顔面に限ったことではない。
以前なら、まったく気にしたことがなかった肌の極度の乾燥から始まり、これまで生えていなかったであろう、頭皮から謎に一本だけ主張するように力強くうねる毛など、数え出したらキリがない。
「お誕生日おめでとう。はい、これ」
ここ数年間、「老い」からは毎年、こんなふうに不要な誕生日プレゼントを押し付けられている。
「いえ、結構です」と断る私を完全に無視して、「今年の老化アイテムはこれね」と、強引に老いを強制装備させられるのだ。
そのたびに、私はダイエットをしたり、口横のたるみに効くという謎のアイテムを手に入れてみたり、側頭筋のマッサージをしたりと必死に抗ってきた。
だけど、物理法則には逆らえない。
最初は真っ白でハリのあったTシャツ。
それをさんざん着倒して、襟がヨレヨレになり、もとの色からグレーに変色してしまったものは、どう頑張っても新品には戻らないのだ。
それでも、汚いTシャツのままにしておくわけにはいかない。
きちんと洗濯して臭いを取り、汗染みを取り去る。
人前に出るには躊躇うような、ヨレヨレのTシャツであっても、清潔に保たなければ寝巻きにすらできなくなってしまう。
老いはどうやら、放っておくとただの「くたびれた感」に変わってしまうらしい。
老いは誰にでも平等に訪れる。
けれど、人様に会うときに何より気をつけなければいけないのは、「若さ」ではなく「清潔感を保つこと」ではないのだろうか。
そうなると、人間のどの部分が老いたら一番まずいのか。
ぐるぐると考え続けた結果、すでに世間でもよく言われていることだが、やはり「『脳』が老けることが一番いけないのだ」と、自身が老いてみてようやくこの答えに辿り着いた。
最終話 途中下車「オバ路駅」より。
〜終着駅は遥か遠くに〜
『脳』が老けるとは、どういうことなのか。
娘が社会人になったことで「子育て」というステージを降りた私は、これからの人生を自分のために使おうと張り切っていた。
そこで、長年挑戦してみたかった執筆活動を始めたのだが……頭の中で物語を組み立て、それをアウトプットする。
この作業がものすごく大変だということを、またも自身の身をもって思い知ることとなった。
頑固になっている『脳』を創作モードに切り替えるには、柔軟に物事を考える能力が必要だと思うのだが、老け始めている私の『脳』は、明らかにその機能が低下していたのだ。
そんなとき、腹部に前からあった「ほくろ」の形状が変化したのが気になり、病院で血液検査をしてもらったことがあった。
数日後、検査結果を聞きに行ったとき(結局、ほくろは『脂漏性角化症』という、単なる老化が原因でできるものだったのだが)私は医師から意外なことを言われた。
「栄養不足なので、ちゃんとご飯を食べてください」
耳を疑うその言葉に、私はすぐさま反応した。
「えっ?私、こんなに太ってるのにですか?」
どういうことなのだろう。
当時の私は、運動習慣はあったものの、「太りたくない」一心で昼食をほとんど摂らず、体重の数字だけはなんとか若い頃のままキープしていた。
しかし、極端な食事制限のせいで身体の中身はスッカスカの「栄養失調状態」だったのだ。
明らかに間違ったダイエット習慣だと、いまなら言える。
それどころか、恐ろしいことにその事実にまったく気づいていなかったのも、『脳』が老化(鈍化)していたせいではないか。
先日、形成外科の先生が「炎症履歴」という言葉を使って、老化と思考の仕組みを説明しているのを聴いた。
学術的には「組織炎症記憶」といわれるものらしい。
私たちの脳や身体は、日々のイライラや寝不足、乱れた食生活によるダメージを、すべて細胞の「家計簿」に厳しく記録しているのだという。
そう考えれば、無茶なダイエットで赤字が累積した私の細胞たちが「自己破産(急激な老化)」を起こしてしまったのも、当然の帰結だったのかもしれない。
どう過ごすかでその老化の過程は、まったく違ったものになる。思考と老化の密接な関係は、自然の摂理に繋がっているのだ。
それに気づいた現在の私は、「よく食べ、よく寝て、運動する」という生活を心がけている。
結果として、体重は増えてしまったものの、風邪を引きにくくなり、思考も柔軟に変化していると感じる。
そんな生活を送っているうちに、心にも余裕が生まれたようだ。
あれほど嫌がっていた「おばさん」になった自分を、私は意外にも楽しんでいることに最近気がついた。
顔や身体に若さという「花」がなくなったかわりに、柄物の服を着て自分に花を添えてみたり、若い頃なら似合わなかった色などを、図々しく楽しめるようになった。
結局、老いは止まらないという現実は変わらない。
それでも、美容医療で意欲的に美への執念を燃やすというのも、脳が老けない(好奇心を失わない)という意味では大いにアリかもしれないと、今は思える。
さて、私はどこへ向かおうか。
今年は50歳になったということで、夫との不定期開催行事「経過観察」が行われる予定だ。
前回はウェディングドレスという暴挙に出たが、今回はどうしようか。
和装にしたいと言ったら、怒られるだろうか。
「ねえ、何がいいかな?」
顔面の口横でのびのびと存在を主張している「たるみ」に、私は鏡越しに訊ねてみる。
またこれをどうにかするために、「美の前借り」という課金に走るのか。
そんな考えがちらりと脳裏をよぎる。
「老いは一瞬たりとも止まらず」という言葉を、私は顔のシワとたるみとともに、深く心に刻み込んだ。
今のところ、口横のたるみは好きにさせている。
