
家康に神算をなめさせた男vol.8『前田利家と徳川家康の間で繰り広げられたすったもんだを思い出して笑ったり悩んだりする大谷吉継と戸田勝成』
家康に神算をなめさせた男vol.8
戸田勝成は大谷吉継におもむろに話しかけた。
「それにつけても、こたびの加賀征伐、大谷殿にとっては…当に…」
勝成は言いかけて、言わなきゃよかったとでも言わんばかりの顔をした。すかさず吉継が返した。
「望むところ、とでも?」
「いや、その…実のところ…如何かと…。その…吉継殿はくだんの騒ぎの時、大納言ではなく内府の屋敷に行かれたではござらぬか…?」
勝成が何の事を言っているのか?時は十ヶ月くらい前までさかのぼる。徳川家康が諸大名と無断で婚姻政策を進めた時、前田利長の父、前田利家がこれに反発し、諸大名が家康、利家の両屋敷に終結した騒ぎがあった。くだんの騒ぎとはこの騒ぎの事を指す。そして大納言とは利家、内府とは家康を指す。大谷吉継はその騒ぎの時、徳川家康の屋敷に駆けつけていたのであった。
大谷吉継は勝成の言葉に答えた。
「特段…大納言に遺恨があったわけではござらぬ」
「で、あればなにゆえ❔」
「特段…内府に遺恨があったわけでもないゆえ…」
「それであれば…その…」
「あの時、勝成殿は大納言の屋敷にでも行かれたのでござるか❔」
「それがしは国許にあったゆえ…」
「3日もあれば京、大坂には参れたではござらぬか❔」
「病いにござれば…」
「そうか❕その手がござった」
二人は顔を見合わせて笑った。
「詰問の使者が双方から来る事はござらなかったか❔」
と大谷吉継が訊くと戸田勝成は
「たかだか一万石か二万石の知行じゃからさほどの事もござらなんだ」
そして戸田勝成は続けた。
「あの時ほど、知行が少なくてよかったと思った事はござらぬ」
二人はまた笑った。
戸田勝成の思わぬ返答に思わず笑った大谷吉継だったが、前田利家と徳川家康の間で繰り広げられた騒動について、吉継は神妙な面持ちで語った。
「…あの時、内府の屋敷にまかり越したのは失策であったやもしれぬ」
勝成は大谷吉継の顔をチラッと覗き見した。何か言おうとしたが、なにを言うべきか、言葉が見つからなかった。
大谷吉継は言葉を続けた。
「あの時、わしは大納言の力が大きくなりすぎる事を恐れた。」
「…」
「大納言はあの時、病いを患っておった…。故に、だからこそ、何か大決断をするのではないかと…」
「…」
「今にして思えば…邪推じゃった」
「…」
「さりながら…大納言亡き後、内府の力がここまで大きくなるとは…。内府のやり方にも…以前は…あのような…あのようなお方では…」
戸田勝成が言葉に困っていると、それを察したのか、大谷刑部は声を明るくしてこう言った。
「幸か不幸か、あの騒動以来、何かと目をかけてくださるようにはなり申した」
というと大谷吉継は笑みを浮かべながら頭を掻いて、こう言った。
「内々の話じゃが、三成に加えて、長政殿まで欠けたゆえ、わしが五奉行にならんかという話も内府からあっての」
「それはまた上々至極」
戸田勝成は驚いたような、しかし、ありそうだなとでも言わんばかりの顔をした。
「いや、有り得ぬ話じゃ。戯言にござろう」
そう言うと大谷吉継は笑い飛ばした。
徳川家康から、利長討伐中止の命が入ったのは、それから間もなくの事であった。