
わたしの日常はふたつのかたちでできている
日常を記録すること。
私が写真を撮る目的です。
子どもたちを撮るようになってから、その気持ちに変わりはありません。
ただ、日常を記録することにも、少し違う意味合いがあることに気がつきました。

それは、日常を特別なものとして記録するのか、日常のありのままを記録するのかの違いです。
日常を特別なものとすることは、カメラで撮るだけで、普段のようすが特別な写真へと仕上がることです。
自分の見ている何気ない景色にすこしだけ彩りが加えられて、よく見えるような感覚です。
日常を非日常へと変えてしまうような脚色が、加わるからでしょう。

一方で、日常のありのままを記録することは、言葉のとおり目で見たままの状態をカメラで記録することです。
彩りのような飾り付けは加わらないため、とてもリアリティのある写真になります。

私の中では、K-1などフルサイズカメラで撮ると、日常が特別なものになる感覚があります。
特に、35mm〜50mm付近の焦点距離のレンズをつけたフルサイズカメラで撮るとちょっと日常が特別な印象に見えるのです。
被写体の分離感や背景のボケ方が、日常をすこしだけ特別な演出として彩りを加えてくれるような写真になります。

一方で、GRⅢは日常のありのままを記録してくれるような気がします。
GRは、フルサイズセンサーのカメラと比べると背景はボケにくく、同じように撮影しようとすると工夫が必要になります。
28mmという焦点距離ということもありますが、自分が見たそのままのようすを写真へ記録してくれる。
GRの写真からは、そんな印象を感じています。

日常を記録する私にとって、どちらがよいということではありません。
日常をすこしだけドラマチックに演出したい時もあれば、日常のありのままを記録したい時もあります。
私には、どちらも必要なのです。
長いこと日常を記録してきましたが、このような違いがあるということにようやく気がついたのです。
これからも、ふたつの撮り方を使い分けながら、私の日常を記録していきたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
今日はこのへんで