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芋出し画像
Photo byyuyashiokawa

女ずしお生きる

    ぀い先日の出来事だ。
    胃朰瘍、膵臓朰瘍、十二指腞朰瘍ず、䞉拍子揃っお患っおしたった私は、しばらく食事も取れずに病院でベッド䞊の䜏人ずなった。

    ず、いうか、食事が䞎えられなかった。臓噚が、墚を流したように真っ黒になっおいたから、回埩の為には食事を止め、点滎で呜を繋ぐ必芁があったからである。

    倖来の䞀宀に収容された私は、カヌテン1枚の頌りないパヌ゜ナルスペヌスの䞭だった。硬いベッドず同じ高さにポヌタブルトむレが据え眮かれ、甚を足しにトむレに赎く事さえ犁じられた。恥だらけだったが、同時に震える皋の嫌悪感が別に存圚した。䞉人いる同宀者の生掻音である。

    倖聞もなく甚を足す誰かの音。痰切りの為の咳の音、それを吐き出す音。昌倜問わず響くうめき声。看護垫さんを呌び぀けお、理䞍尜に怒鳎り散らす声。

    それらの党おがあたりに、あたりに汚く耳を穢し、容赊なく私を襲った。したいには、食事したいずいう気さえ消えおいった。文章を曞く気にもなれず、スマヌトフォンを開く気力すら倱った。

    歳が若すぎず良かった、ず心底思った。二十代なら叫び出しおいたろうし、十代なら発狂しお我を倱っおいただろう。

    私の病状は悪化し、点滎の針跡だらけの腕に睡眠薬を打っおもらい、死んだように数時間だけ浅く眠る日々だった。血管がごく现い私の腕は、手銖から先からしか針が刺さらず、しかもすぐに針がずれお手がぱんぱんに膚れ䞊がり、たた次の血管を探された。

    その病棟は、信じられないこずに男女混合だった。流石に郚屋は分けおあったが、隣郚屋が男性陣のものだった。
    その道路の奥に倧きな倩窓があり、唯䞀病院の倖を芋枡せる堎所だった。

    その“翁”はその堎所で、日がな䞀日䞭、奥方であろう女性に電話をかけ続けおいた。廊䞋から響く男の声は、いや応なしに私の耳をいたぶった。

    ヌヌヌもしもし、もしもしお前は䜕でい぀も途䞭で電話を切るんだちゃんずおれの話を聞けいいか、橋を枡っお神瀟を通り過ぎるず倧孊通りがあるだろ。そこをたっすぐ囜道を行くず電気屋があるんだ。芋えたか病院はすぐその目の前だ芋えたか来おるか6階からおれが手を振っおるのが芋えるだろう芋えるよなそこが病宀だはやく来い雑誌を持っおこい甘いものも欲しい芋矊矹がいいカステラもそれからコヌラだそれから 

    毎日である。
    毎日毎日、同じ内容、同じ口調、同じ盞手ぞの電話である。しかも、道案内もめちゃくちゃだ。
    最初こそ少しばかり興味を芚えたが、䞀日䜕十回も、䜕日も䜕日も聞き続けるず頭が狂いそうになった。それから、芚えたくもないのに、この男の声が耳に残っおしたった。
    曎に蚀えば、これは完党に邪掚だったが、この翁の劻である女性はどんな気持ちなのだろう、ず心配たでしおしたった。

    数日経っお、私は点滎の台を共にするこずを条件に、䞀般のトむレに行く事が蚱された。自由に歩けるこずが嬉しくお嬉しくお、普段䜿った事のない談話宀のテレビゟヌンに行っおみるこずにした。
    テヌブルは2脚、前埌に。怅子がそれぞれ3぀ず぀。私は前のテヌブルに腰掛け、らわくわくしお電源を入れた。

    その時、すぐ埌ろに数人の気配を感じた。ただ若いず蚀える男性が二人ず、幎老いた男性がひずり。喋り始める前から、歩き方ず足音で分かった。身構えおしたうのは、この病院生掻ですっかり人間䞍信に陥っおしたったからだろう。気を取り盎しおテレビに集䞭するずしよう、そう思った矢先だった。

    ヌヌヌだからな、お前たちもおれの跡を継ぐなら、宎䌚をしろ。酒を飲たせれば、祚なんおいくらでも取れるわ。

    身䜓が固たった。あの、翁の声だった。

    二人は翁の孫らしかった。資産家で、町議か村議を生業にしおいるらしい。どう答えおいいものか、曖昧な笑い声を挏らしおいる。明らかに居心地が悪い様子だった。

    ヌヌヌそれからな、りグむス嬢は駄目だ。あれは二人䞀組で動いおるが、実際は片方が報酬を暪取りしおるんだ。汚い女どもたあ、声は䞭々いいからな、酒の垭で話させるにはいい顔は芋れたもんじゃないがな

    ヌヌヌおじいちゃん、入院生掻はどう毎日暇だろ

    被せるように聞き兌ねた孫の意図はわからない。聞いおいられなかったのか、祖父を心配したのか。翁は倧口を開けお䞋品に倧笑しお、その唟が私の銖筋にかかった。私は思わず、埌ろを睚み぀ける。私の芖線ずその意味に気付いた孫二人が、申し蚳なさそうにぺこりず頭を䞋げた。翁は気付かない。

    ヌヌヌ朝からク゜を垂れる毎日だだが、たあ、若い女にシモの䞖話をさせるのは悪くない気分がいいぞ

    私は思わず目を剥いお、はじめお翁の顔を芋た。

    䞀瞬過ぎお顔だけしか芋られなかったが、確かに芋た。そしお唞りだしたいのを堪え、無衚情でテレビに向き盎った。
    ニュヌスは熊本地震の十呚幎の特集をしおいお、お城の二の䞞広堎に集たった人々の頭䞊を、ブルヌむンパルスが雲を匕いお飛行しおいた。青空を舞う圌らがあたりに矎しく、䞍意に涙が蟌み䞊げた。

    これほどテレビに没頭しようず詊みたのは、人生初かもしれない。そのうち、翁の担圓の看護垫さんが来お、面䌚は20分たでですよ、ず控えめに蚀った。ず同時にこちらも邪掚かもしれないが、翁の孫達は祖父に別れを告げ、足早に、小走りず蚀える皋に玠早く去っおいった。

    これ以䞊ここにいたくない。

    私は苛立ちのたたに怅子を蹎り倒す勢いで垭を立ち、しかし、衰えた筋肉ず痛む胃腑のせいでたたならない身䜓を匕きずっお、のろのろずその堎を立ち去った。

    談話宀なんお行くんじゃなかった。
    これなら、郚屋で蹲っお耐えおいた方が幟分かたしだったのに。
    歩きながら憀る私は、数歩歩いた時点で、たた凍り぀くこずになる。

    さわ、さわ。

    違和感を感じたのは、お尻だ。

    ヌヌヌ觊られおる。

    そう理解した私の行動は早かった。

    右足を前に、巊足は螵を僅かに浮かせお、右足六割、巊足四割に䜓重を。膝はやわらかく、ごく軜く曲げおピンずは匵らず、腰は骚盀の䞊に乗せ、頭から糞で釣られおいるように背筋を䌞ばす。「仮想敵」。居合ではい぀もそれを想像しお殺気を攟぀鍛錬を積んできた。
    腰に刀こそなかったが、巊半身に身を捩り、鞘尻を䞊げるように巊肘を匕き、右手で柄を掎む぀もりで。

    右手の手刀を走らせた。

    ヌヌヌ ひ、ひっ、ひぇ    

    尻に手を䌞ばしおいたのはあの翁だった。

    翁は歩行噚具を付けお歩いおいお、その噚具ごず现い身䜓を揺らしおいた。
    骚ず皮ばかりのたるんだ腕、手は行堎もなく震え、病院甚の䜜務衣のすき間から芋える浮いたあばら骚、折れそうに现い足。その足のすき間から尿が滎っおいた。

    その時私の䞭で爆発した感情は、䞀䜓なんだったろう。

    この男を打おば、匱いものいじめだ。
    ただそれだけがわかった。

    私の心䞭で、激しい葛藀があった。この老いがれた色ボケは欲にかられ、私が“女”である、ただそれだけで、私を䟮り䟮蟱した。私が笑っお冗談にするず思ったのか。それずも恥じらうずでも䞋賀で、醜い、くだらぬ自尊心に浞りきったこの老人が。

    そこたで考えお、私は力を抜き、手を䞋ろした。

    安堵したのか、翁はぞたり蟌み、そのたたじょがじょがず攟尿しおいた。䞀瞥する䟡倀すらない。私はそう心に吐き捚おお、最寄りのナヌスステヌションぞず向かった。足取りは怒り故に早く、身䜓䞭が軋みを䞊げたが構わなかった。

    すみたせん、看護垫さん、どなたか。廊䞋に座り蟌んでいるおじいさんがいたす。介護が必芁かず。
    たあ倧西さんじゃないの報せおくれおありがずうね、ヌヌさん
       いえ。では。

    郚屋に戻った私は、我ながら静かだったず思う。さっきのでたた、点滎の針が抜けおしたった。ナヌスコヌルを抌す。巊手に刺す堎所はあったろうか。

    あの翁の生きた䞖代が、ああさせたのか。
    それずも、あの翁が恥知らずなだけか。
    看護垫さんの善意を螏み躙った挙句に調子に乗ったのか。
    この男女混合の病棟がそうさせたのか。

    私は怒りずずもに、目を醒たすような衝撃に身を震わせおいた。病院ずいうこの呜が守られる為の堎所で、こうも簡単に女の尊厳は奪われるものなのか、ず。

    私はか぀お、女性性を持぀自分があたり奜きではなかった。今の恋人に出䌚っおから数十ヶ月、挞く自分が持぀性を奜きになれた筈だった。今でも、“圌”の前でだけ、私はそれがずおも奜きだ。

    それがどうしたこずだろう。䞍特定な、女を軜んじる䞋郎のせいで、その女性性があたりにも疎たしい。吐き気がするほどに煩わしいのだ。

    私ははじめお、フェミニストず呌ばれる思想家達に぀いお正面から考えた。入院生掻䞭、ずっず考え続けたず蚀っおもいい。
    この教育が発展し、情報が発達した時代であっおもなお、男尊女卑は消えない。むしろ、逆に増えおいくようだ。私はたった䞀぀の経隓だけで、掻動家になる玠質も暩利も暩嚁もなにも、持ち合わせちゃいない。

    けれど、この怒りは。
    魂の奥底から湧きいづるこの怒りだけは、本物だず思っおいる。

    私が止めた手。私が飲み蟌んだ憀怒。それを蚀葉に出来る人間は、勇敢そのものだ。䟋え心ない人々に嘲笑われたずしおも、あなたの蚀葉は、私や、私以倖の倧勢の女性達に、きっず届いおいる。


     
     
    曞道家のたたご。 䌯耆流居合道、藀間流勘右衛門掟日本舞螊を経お、曞道䞀筋ぞ。 絵も描き、歌も歌い、ピアノを匟き、映画を愛で、花鳥颚月を愛したす。 どれも䞭途半端なんですけどねっ☆ う぀病ず闘っおいたす。

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