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なんでもない毎日は、たくさんの人の優しさでできていた

    退院の日の朝、私は病院を出るのが怖かった。
    赤ちゃんと一緒に家へ帰れる日。

    待ち望んでいたはずなのに、なぜか涙が出そうになっていた。

    ちゃんと育てられるだろうか。
    小さな命を守っていけるだろうか。

    初めての育児は、不安だらけだった。

    それでも振り返ると、私はたくさんの人の優しさに支えられていた。

    助産師さんの言葉、バスの運転手さんの笑顔、家族の支え。
    その一つひとつが、当時の私を支えてくれていました。

    子どもたちが連れてきてくれた出会いの中で見つけた、人とのつながりの温かさを綴ります。

    01 あの頃の私は、必死なお母さんだった

    私はお母さんになって、6年が経ちます。
    長男は今年、年長さん。次男は年少さんになりました。

    今では二人で遊んだり、おしゃべりを楽しんだりする姿を見て微笑ましく思いますが、お母さんになったばかりの頃の私は、とにかく毎日が必死でした。

    赤ちゃんが泣くたびに、「どうしたのかな」と考える。
    ようやく寝たと思ったら、また泣き出す。

    それでも、「私が守らなければ」という気持ちはとても強かったように思います。

    まだ一人では何もできない小さな命。

    ちゃんと息をしているかな。
    熱はないかな。
    機嫌はどうかな。

    小さな動きひとつにも一喜一憂していました。
    少し笑っただけで嬉しくなり、いつもと違う様子があると不安になりました。

    今振り返れば、それだけ一生懸命だったのだと思います。

    育児書の通りにはいかないことばかりで、毎日が手探りでした。
    正解がわからないまま、それでも目の前のわが子と向き合い続けた日々。

    その頃の私は気づいていませんでしたが、そんな私を支えてくれる人たちとの出会いが、少しずつ始まっていました。

    02 不安でいっぱいだった私を救った言葉

    産前産後のことは、今でも鮮明に覚えています。

    初めての出産はコロナ禍でした。立ち会い出産も面会もできず、家族に会えないまま過ごす入院生活は想像以上に心細いものでした。

    そんな私を支えてくださったのが、産科の先生や助産師さん、看護師さんたちでした。

    赤ちゃんのことも、自分の体のことも、どんな小さな不安にも耳を傾けてくださいました。

    夜中、疲れ切っている時には赤ちゃんを預かってくださることもありました。ほんの少し休めるだけで、心も体も救われたことを覚えています。

    退院の日の朝も不安でいっぱいでした。

    家に帰れば赤ちゃんとの生活が始まる。ちゃんと育てられるだろうか。退院は嬉しいはずなのに、病院を出るのが怖かったのです。

    そんな私に助産師さんは、

    「もう少しゆっくりしてから退院しませんか?」

    と声をかけてくださいました。

    その言葉を聞いた瞬間、涙が出そうになりました。
    私は本当は帰るのが不安だったのです。でも、お母さんなのだから弱音を吐いてはいけないと思い込んでいました。

    だからこそ、その言葉に張りつめていた気持ちがほどけ、自分の本当の気持ちに気づくことができました。

    私は退院を少し延ばしてもらい、もう一度沐浴を教えていただきました。同じ質問をしても、助産師さんは嫌な顔ひとつせず丁寧に教えてくださいました。

    あの時、自分の気持ちを大切にしてもらえたことが本当に嬉しかったのです。

    不安でいっぱいだった私を支え、「大丈夫ですよ」と包み込んでくださった皆さんには、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

    03 子どもたちがつないでくれた出会い

    長男は小さい頃から乗り物が大好きでした。特にお気に入りだったのが、家の近くのバスのロータリーです。

    コロナ禍で遠出ができなかったあの頃、私たちは毎日のようにバスを見に行っていました。

    通ううちに、運転手さんたちが私たち親子を覚えてくださるようになりました。

    手を振ってくださったり、クラクションを鳴らしてくださったり。そのたびに長男は大喜びでした。

    ある日、休憩中の運転手さんが長男に声をかけてくださいました。

    「少し運転席に座ってみる?」

    長男は目を輝かせながら運転席へ向かいました。
    大好きなバスのハンドルを握る姿は、今でも忘れられません。

    コロナ禍で人との距離が遠かったあの頃。

    誰かがこんなにも息子を喜ばせてくれたことが、とても嬉しかったのです。

    もし長男が乗り物好きでなかったら、きっと出会うことのなかった方々でした。

    長男の「好き」が、新しい出会いを運んできてくれました。
    そしてその出会いは、私たち親子の日常にたくさんの優しさを届けてくれたのです。

    04 振り返ると、優しさに支えられていた

    ここまで書いてきて、改めて思います。
    私は決して一人で子育てをしてきたわけではありませんでした。

    ダンゴムシ探しの帰り道に声をかけてくれる人。
    バスを見る私たち親子に手を振ってくれる運転手さん。
    「お母さん、毎日お疲れさま」と言ってくれる人。

    振り返れば、たくさんの人が私たち親子を見守ってくれていました。

    あの頃の私は、子育ては孤独なものだと思っていました。
    でも本当は、たくさんの人が私たち親子を見守ってくれていたのです。
    そして、いつもそばで支えてくれていた家族の存在もありました。

    夜中の授乳を終えてリビングへ行くと、シンクに積まれていた食器がきれいに片付いている。

    ふと見ると、夫はスーツのままソファで眠っていました。
    テレビも電気もついたまま。

    きっと仕事から帰って、そのまま家事をしてくれていたのでしょう。

    翌朝、「洗い物だけはやっといたよ」 と何気なく言う夫に、

    私は何度も「ありがとう」と伝えました。今思えば、夫もまた慣れない父親として必死だったのだと思います。

    あの頃の私は気づいていませんでした。
    なんでもない毎日が、決して当たり前ではなかったことに。

    たくさんの人の優しさに支えられてできていたこと。

    子どもたちは、私に育児の喜びだけでなく、人とのつながりの温かさも教えてくれました。
    あの日、たくさんの人から受け取った優しさは、今も私の中に残っています。

    だから今度は、私も誰かの不安な日を少しだけ軽くできる人でありたい。

    そして優しさは、誰かから誰かへと受け継がれていくのだと思います。
    子どもたちと歩んだ日々を振り返るたびに、私はそう感じています。

     
     
    15年間、人と人をつなぎ、想いを形にする仕事に携わってきました。 今は2児の母として、子育てや暮らしの中にある小さな気づきや心がほっとする瞬間を大切に、日々の想いを綴っています。 誰かの心にそっと寄り添えるような、温かな気づきを届けられたら嬉しいです。 週1回発信してます。

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