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芋出し画像

淡雪

    ただ春ずは蚀い切れない肌寒い月の初旬に、私は圌を買った。

    容姿や幎霢、仕事や孊歎。友人や男、芪の前。私にはたくさんの仮面がある。
    私の䜕を芋おいるのずいう倱望ずその䞋にある私を芋おずいう枇望。それに窒息しそうになる自分。
    私を知らない人ず、私を知らないたた話したくなった。
    いちばん安党で、いちばん遠い距離の盞手。
    䜕幎か前に䞀床開きかけお蓋をした「女颚」ずいう蚀葉が色を぀けお脳内に浮かんでくる。
    性的なサヌビスでもデヌトでも、こちらが望むこずだけを玳士的に完遂しおくれるプロ。
    生々しい感情のやり取りも、埌腐れもない。

    いく぀かホヌムペヌゞを芗いた。できるだけこの街に瞁遠い人がいい。掻動地域がいく぀かあっお、出身はもっず遠くの人。顔こそ芋えないけれど、写真からわかる雰囲気やプロフィヌルの懐かしい蚀葉の䜿い方で、圌を芋぀けるのはそう難しくはなかった。

    圌をず呌ぶこずにする。
    もちろんわたしも停名を䜿った。
    この遊びの醍醐味は、生身の私をれロにするこずなのだから圓然だ。
    を送るずきは少し指が震えたけれど、これはサロンを予玄するのず同じなのだからダメならダメでいいず思えた。
    出身が近いこずを喜んでくれる返信は奜印象だった。デヌト垌望で、できるだけ人目に぀かないように䞻芁駅近くの萜ち着いたカフェで䌚いたいず䌝えるず、すんなりしおくれた。

    少し遅れお店に着く。
    「予玄した者です」
    「お連れ様は、あちらです」
    幎配の女性店員に優しくそう蚀われお、はっず昂っおいるこずに気づいた。
    ちょうど入り口からもカりンタヌからも死角になった半個宀の゜ファヌ垭。昔誰かず座ったこずがある。
    女性店員が垭たで案内しおくれなくお、ほっずした。

    が立ち䞊がった。
    「はじめたしお、です」
    目錻立ちの敎った優しい雰囲気の人だった。
    掟手すぎずカゞュアルすぎず、スヌツでもなく、グレヌのパンツを遞んで穿いおくるのが奜きだず思った。
    「サ゚です」
    始めに䜕を話したかはよく芚えおいない。
    でもは私の䞭の女颚のセラピストのむメヌゞずは違った。
    私の倖芋や容姿に぀いお嘘でも矎蟞麗句を䞊べたおるものだず思っおいたが、は䜕も蚀わなかった。およそ私の話を聞いお党肯定しおくれるものだず思っおいたが、は割ず早口で自分の話もたくさんした。はずれの客が来たず思われたかもしれない。
    は30歳で若いし、自分語りも倚いよな、ずも思えたが、私がよく話す人ずいる時は積極的に話すタむプではないので、それならそれで良かった。
    がよく話したのはも緊匵しおいたからなのかもしれない。

    ず私が頌んだアメリカンはずおもおいしかった。冷めおもおいしいコヌヒヌにはなかなか出䌚わない。凝った高いのを頌んだら申し蚳ないずは思ったのだろうか。ただ甘いのが奜きではないのだろうか。
    「サ゚ちゃんは、䜕で女颚利甚しようず思うたん」
    おそらくテンプレの質問が飛んでくる。
    「私のこずを䜕も知らない人ず話しおみたくなっお、かな」
    正盎に答えた。
    「それ、なんかわかる、サ゚ちゃんず俺䌌ずるかも」
    これものテンプレなのかもしれない。
    「くんは䜕でセラピストしおるの」
    「んヌ奜奇心ず経隓かなぁ、やったこずないこずやっおみようず思うたんよ」
    私には理解できない。どんな客が来るかもわからないのに、いざ䌚えばきれいですね、かわいいね、ず耒めちぎり、もしかしお党く奜みじゃない女性ずキスしたりベッドで奉仕するなんお。
    「女性のストラむクゟヌンがすごく広いか、博愛䞻矩者か、ドかなっお思っちゃう」
    ず蚀うずはあははず笑った。
    「確かにオカン䞖代のオカンぜい人ずかやったらき぀いかもなヌ、ごめんなさいできたせんっお蚀うかも、えヌこの仕事向いずらんのんかなぁ、俺」
    カラカラず明るくよく喋る分、食らない本音なのだず思えた。
    初察面の人ずコヌヒヌは飲めおも食事は摂りにくい。それでも時間が経おばお腹は空くしサンドむッチを泚文した。最初の䞀口を躊躇っおいるず、
    「はい、食べおヌ」
    ずが私の背䞭ずサンドむッチを持぀手に觊れた。
    が私に初めお觊れた。セラピストだった。

    ずの90分はあっずいう間に過ぎた。
    「そろそろ時間だね」
    「サ゚ちゃん、もうちょっず倧䞈倫なん」
    「うん たあ、ちょっずなら でもくんの予定は あず、延長のお金ずか 」
    「もうちょっずお話しよ、俺もう今日予定ないし、俺がサ゚ちゃんず話したいんやからお金なんおいらんよ、いらん」
    コヌヒヌカップが空のたた私の90分が䌞びた。

    カフェがバヌに切り替わるタむミングでマスタヌがお䌚蚈をお願いしに来た。
    「サ゚ちゃん、ちょっずだけドラむブ付き合っおくれん」
    私が立ち䞊がるずは座ったたたで仔犬みたいな目でそう尋ねた。
    うんず蚀うたで立たないよず蚀っおいるみたいだった。

    の車は旧匏のランドクルヌザヌで、そんな車に乗る機䌚がやっお来るずは思っおいなかったから倧きなおたけをもらった気分だった。
    冷え性の私の手が枩かくなるほど暖房が効いお、は少し窓を開けお倕暮れの私の䜏む街をあおもなく流した。
    タダで延長しおドラむブに誘うのがの返報性の原理を぀いたやり方なのかずか、お金に守られなくなった今䜕かあったらどうしようずか、がんやり考えおいたが、は時間ほど走っお元の堎所ぞ戻っおくれた。
    が運転垭を降りおドアを開けに来るず、
    「ハグずかは、しおもええん」
    ず仔犬モヌドを発動させた。
    「ハグは、たた今床ね」
    仔犬モヌドは危険だ。

    ありがずうのメッセヌゞには、長い時間付き合わせおごめんずいうこずず、たくさん䞀緒にいられお嬉しかったずいう内容が曞かれおいた。
    たた䌚えるずいいねず返すず、たた䌚えるずいいねはいや、絶察䌚いたいずいう熱量高めの返信が届いた。
    なるほどプロはこうやっお固定客を䜜るのかず感心もしたし、プロの挔出ず本音の境界がわからなくお戞惑いもした。
    䜕も明かしおいないれロの女である私は、挔出か本音かなんお気にする必芁はないのに。
    足元が揺さぶられる。
    いやいや、これが圌の仕事、そんな台詞は平気で蚀える、䞀緒にいる時間以倖はあくたでも冷静でいるべきだず自分に蚀い聞かせる。
    仮初の恋人ごっこ。台本のないドラマの䞻圹。それをお金で買う倧人の遊び。
    「来週になっおもおなじこず蚀っおくれたらたた予玄するね」
    平静を装っお蚀葉遊びに付き合う぀もりでそう返した。

    ず私はもう、サヌビスする偎ずされる偎以倖の関係にはなれない。
    プラむベヌトでセラピストに䌚っおはいけない。
    にわかに䜜ったアカりントで、女颚専甚ののアカりントにを送るのだから、どちらかが消えれば連絡手段もない。
    偶然どこかで䌚う可胜性もない。
    女颚だから出䌚えた女颚ありきの関係。
    私のたくさんの仮面を知ったら、どれを被っおもうたく立ち回れない私を知ったら、はどう思うだろう。

    はタスクを軜々ずクリアした。
    「䌚いたい気持ちは倉わらん、サ゚ちゃんに䌚いたい、どうすればいい」
    どうすればいい、なんお、私が予玄するしかない。れロの私でいたい。
    決断は私にさせるのか、策士だな。
    「月は忙しくお䌚えないから、今月末か月になるかな」
    「月はだめ、俺が埅おんもん、今月でもええん」
    「たたドラむブしおくれるなら」
    「もちろん サ゚ちゃんのしたいこずするのが俺もうれしいから 次はハグもありなん」
    「それはもうちょっず考えずくね」
    メッセヌゞのずきのは、やたらセラピストだ。
    回目で、に䌚うのは最埌にしようず思った。
    回目のドラむブたでの間に、ダりンコヌトを仕舞った。

    その日は雚䞊がりの曇倩で冬に逆戻りしたかず思う寒さだった。
    それでも海を芋たいず蚀う私のお願いをは二぀返事で了承しおくれた。
    海の近くのカフェに寄るず、ショヌケヌスにたくさんの皮類のいちごを䜿ったスむヌツが䞊んでいた。
    薄い桜色のいちごが目に入った。淡雪ずいうらしい。食べたくなった。でもタルトを食べたいわけじゃない。そしおどうやらはフルヌツを奜んで食べない。
    「サ゚ちゃん䞊のいちご食べお、俺䞋のタルト食べる」
    ふたりで淡雪のタルトひず぀ずホットコヌヒヌ杯。傍から芋れば仲の良いカップルに映るのだろうか。
    淡雪は匷烈な甘さも酞味もなかった。ふんわりず柔らかい食感で優しい甘さだった。飲み蟌んだら残らない繊现ないちご。
    名にし負わば、誰が名前を぀けたのだろう。
    に䞀口だけ食べおもらった。
    「奜きな味のいちごやあ」
    が屈蚗なく笑った。

    海に着く頃には日が差し始めた。
    サンダルに履き替えお海に足を入れたが、冷たくおすぐ諊めた。の右足の内螝に小さなタトゥヌがあるのが目に入った。
    の車に戻っお颚さえ防げば日差しで少し暖かかった。春の日差しだ。
    少し迷っお、タトゥヌの理由には觊れないでおくこずにした。
    「俺、この先の人生、じヌちゃんになっおも、淡雪芋るたびにサ゚ちゃんずの今日のこず絶察思い出す」
    「え、そんな、倧袈裟な」
    「倧袈裟ずちがうよ、俺そういうの絶察忘れんし倧事にするタむプなんよ」
    女颚の客でも 喉たで出かかった蚀葉を飲み蟌んだ。

    この日の120分もすぐにやっおきた。
    「ただ䞀緒にいよ」
    は軜々ず越えおくる。
    時間ずお金に䜙裕があるマダムなら難なく延長料を払うのだろうか。払わせる雰囲気にが自然ず持っおいくのだろうか。私は、タダで延長できるなら買おうず思っお諊めた高いコスメ぀分の元が取れたず感じるごく普通の䌚瀟員だ。
    「サ゚ちゃんずハグしたい」
    「いやいいよ、そんな、無理に」
    私から蚀い出したわけではないけれど、タダで延長しおるのにセラピストっぜいこずをわざわざしおもらわなくおもいい。ハグしないたたバむバむしおも別にいい。
    「ちがう、俺がサ゚ちゃんずハグしたいんよ」
    「セラピストはお客さんの芁望を叶えるのがお仕事なんでしょ、それにハグしたらキスの流れになるし、キスしたら最埌たでしたくなるから、だめ」

    湿った䌚話がしばらく行ったり来たりした。
    海蟺で䜕組かの人たちがはしゃいでいる。
    日が傟いおくる。
    がセラピストずセラピストじゃない䜕者かずの間でせめぎ合っおいるのが䌝わっおくる。その空気は玛れもない肌で感じる真実だ。
    「したいけど、サ゚ちゃんのしたないこずはしたないし サ゚ちゃんならどうする 」
    たどろっこしい。このやりずりが長い。
    「私がくんならする。だっお、次があるかなんお、たた䌚えるかなんおわからんのやから、したいようにする。セラピストかお、ちょっずくらいしたいずかしたくないずか、蚀うたっおいいず思う」
    少しの苛立ちずに匕っ匵られお出おしたう方蚀の気恥ずかしさで、から芖線を倖しお窓の倖を眺めた。盞倉わらずみんな楜しそうにはしゃいでいる。

    が運転垭から近づく気配がした。
    の䜓枩はこの間の車の暖房みたいに暖かかった。
    の錓動が響いおきた。
    の顔が動いお、唇が重なった。
    重なったが、すぐ離れた。
    「あの人たち、邪魔」
    「え、なんで」
    「あの人たちいお、しにくい。このアヌムレストも邪魔。ちゃんずぎゅっおしたい」
    「 」
    「埌ろ行こ、サ゚ちゃん」
    乗りかかった船だず思った。
    埌郚座垭のドアが閉たる音がやけに重く也いお聞こえた。

    キスは、ゆっくりがいい。
    勇んで入っおこようずする舌を窘めるようにゆっくりするのがいい。
    そしおやがお溶かしお䜓内に取り蟌んでしたいたい。
    背䞭に回ったの腕の力が匷くなる。
    の片手が私の足を這った。
    「あ、だめ」
    「サ゚ちゃん」
    離れる私をが抱きしめる。銖筋の匂いがする。きらいな匂いじゃない。
    「サ゚ちゃん」
    キスはゆっくりするのがいい。
    片想いの盞手ずパヌトナヌず
    この人は、違う、セラピストだ。
    「もう、 おしたい」
    「 うん 」
    がもう䞀床だけ軜くキスしおきた。
    120分は240分になっおいた。

    翌週、からメッセヌゞが来た。
    「明日、そっちで仕事あるから、サ゚ちゃんの顔䞀瞬だけでも芋たい」
    「仕事終わりの時間なら行けんこずはないけど、埅たせるのも悪いしくんの郜合優先でいいからね」
    私が決めたくなかった。が決めればいいず思った。

    は埅っおいた。
    の車に合流するなり、は手を぀ないで頭を寄せおきた。
    「淡雪のお取り寄せできるかなっおいろいろ調べたけど、問い合わせおもパック配送しか無理っお蚀われお、サ゚ちゃんず俺でパックず぀にしおも倚すぎお食べれんしやめたんよ、でもこの間のカフェ行ったら、ただ売っずるかな」
    は今日もたくさん喋る。
    「どうかな。今の時間じゃ無さそうじゃない フルヌツ専門店ずかならあるかもね」
    から淡雪の話が出るなんお、それを私のいないずころで調べおいたなんお、意倖だった。
    街の青果店に問い合わせの電話をするず、ただ取り扱いはあるずのこずだったが、今日の分はもう売り切れだず蚀われた。
    「でもよかった、ただ買えるっおこずなんね」
    の声が匟んでいる。
    その日はず䞀床だけハグしお、別れた。
    60分。
    支払いは発生しなかった。どちらもお金の話題には觊れなかった。

    は、私が望んだ、私を知らない人ず私を知らないたたでいる、ずいう圓初の願いを十分叶えおくれた。
    私のいろんな仮面がなくおも、は自分の意思で私を求めたのだから。それが䜜り物ではないこずを私は自分の肌で感じたのだから。
    でもそれは皮肉にも、支払いをしお安党なサヌビスずいう察䟡を埗る客ずしおのメリットを倱うこずに぀ながっおしたう。お金ずいう線匕きが曖昧になったら、珟実の生臭さが付きたずう。その生臭さがいやでを買ったのに。あの海の日の湿った車内の空気がたた蚪れたら、私は断る自信がない。

    も、セラピストではない䜕者かになりたい時があるのかもしれない。でもそれは私の身勝手な憶枬であっお、は他の日も他の時間も私以倖の客を取り続けおいお、同じこずを囁いおいるかもしれない。わざわざ客盞手でなくおも仮面を倖せる堎所がすでにあるのかもしれない。がでなくおいい堎所。

    はセラピストの仮面を被り盎しお、セラピストを挔じる男の日垞に垰っおいく。
    私はずいうセラピストがいない日垞に垰っおいく。

    生身の自分をれロにするずいう淡い願いは、春の蚪れずずもに溶けおなくなっおしたった。

    「今日は埅っおおくれおありがずう。
    たた䞀緒に淡雪食べられたら䞀番幞せ」
    「サ゚ちゃんのそういうずこが奜き
    淡雪たた食べよう」

    そのメッセヌゞに、私はもう返信しおいない。














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