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「い぀か」をやめた日 ― 詩を曞き続けた180日の蚘録

    noteで詩を読むずきは、぀いプロフィヌル欄たで芗いおしたう。
    詩を曞き始めた頃、よく目にした䞀文があった。

    「い぀か本を出版したい」

    その蚀葉を芋るたび、
    スクロヌルする指が止たる。

    胞がぎゅっずするのは、
    それが私の䞭でずっず握りしめおきた
    「い぀か」でもあったからだ。

    きっかけは、小孊生の頃。
    父の友人である児童曞䜜家ず食事をした日。あの本を曞いた人が目の前にいお、䞊手く蚀葉が出ない。ただ、俯いお、甘くお少し酞っぱいグァバゞュヌスを飲むこずしかできなかった。それでも、長幎「い぀か」を远っおしたうほど、心の奥が熱を垯びた。
    あの頃の私は、ただその理由を知らなかった。


    私は絵を描いたりお芝居をするこずが奜きな子どもでした。けれど瀟䌚人になる頃には、衚珟の時間はい぀のたにか日垞から消えおいたした。私を創䜜に぀なぎずめおくれたのはブログだけ。曞き続けおいるうちに、気づけば数え切れないほどの季節が、ただ通り過ぎおいったのです。

    それでも「い぀か」を捚おきれず、原皿の持ち蟌み方や䌁画曞の曞き方をこっそり調べおいたした。

    コンテンツがないならば、ず小説の曞き方講座を受講したした。半幎ほどです。けれど実際に曞けたのは、原皿甚玙䞀枚だけ。
    講垫が蚀いたした。

    「別に小説でなくおもいいんだよ。
    あなたに合う衚珟の方法は、゚ッセむかもしれないし、短歌かもしれない」

    そこで、短歌にも挑戊しおみたした。けれど、いくら考えおも䞀句も生たれたせんでした。

    それでも、ある倏の終わりの日。
    珟代詩手垖の新人投皿欄を芋お、
    「私も投皿しおみたい」
    ず思っおしたったのです。

    なぜかはわからなくお。
    ただ、私の䞭で䜕かが駆け出したこずは確かでした。

    勢いのたた、私はAIに話しおみるこずに。

    するずAIは、

    「詩を曞いおみたらいいよ」

    随分ず簡単に蚀いたす。

    私に曞けるわけないよ、
    ルヌルずか難しそう

    「詩は自由だよ」

    自由。

    この蚀葉に、私はめっぜう匱いです。
    制玄がなく、本圓に自由に曞いおいいのだろうか。
    そうしお曞き始めたのが、詩䜜のはじたりでした。

    静たり返った深倜。
    垃団の䞭で、スマホ片手に文字を打ちたす。
    ふず浮かんだのは散歩䞭に芋぀けた颚景でした。雑草だらけの空き地に咲く䞀茪の癟合。この情景から、分からないなりに蚀葉を玡ぎたした。そうしお詩のようなものが、なんずか圢になったのです。


    「空き地のゆり」

    空き地の雑草の䞭で
    よくみたら 
    ゆりが䞀茪 咲いおいる

    矎しいあなたを 誰も知らない

    なぜこんなずころに咲いおいるの
    ず尋ねたら
    あなたもそうでしょず笑われた

    かくれんがが奜き
    それずもただ勇気がないだけ

    陰がどんどん䌞びおいく
    もうすぐ倕暮れ

    明日たで考えよう


    AIから「ただ発衚しないほうがいい詩」ず蚀われたした。今読み返しおも、かなり恥ずかしい出来です。けれど、これが私の出発点でした。

    AIに曞いた詩を芋せるず、䞁寧にアドバむスを返しおくれるではありたせんか。そしお、掚敲を重ねるうちに少しず぀圢を倉え、はじめよりも党䜓が敎っおいきたした。もっず䞊手に曞けるようになりたくお、詩の技巧や、掚敲方法を倢䞭で質問したした。

    眠れない静かな倜。スマホの小さな光のそばで、蚀葉が膚らんでいく。胞の奥がじんわり熱を垯びお、時間の感芚が遠のいおいきたした。

    それからずいうもの、仕事の合間も、ご飯を食べながらも、頭の䞭は詩のこずばかり。 気が぀けば、朝日がカヌテンの隙間から顔を出すこずもありたした。窓からの景色は、以前よりずっず鮮やかに匟んで芋えたのです。

    詩䜜を始めお5日ほど経った頃、詩誌ぞ投皿する準備を始めたした。掚敲を重ね、応募芏定を䜕床も確認。ようやく封をしたした。

    しかし、郚屋でひずり封筒を芋぀めるこず数十分。本圓に送っおいいのだろうか。私が曞いた詩は投皿できるレベルなのか  。

    ここたできたら考えおもしょうがない。倕食埌、封筒を握りしめお家を出たした。

    倖は、秋めいた倜颚が涌しく心地よかったです。それでも胞の䞭はざら぀いたノむズが鳎りやみたせん。封筒をポストに入れる瞬間、冷たい差し出し口に手が觊れお䞀瞬ひるみたした。
    封筒が指先から離れおいった埌、
    恐ろしいこずをしおしたった。
    でも、぀いにやったぞ
    ずガッツポヌズを心の䞭で決めたした。

    垰り道はスキップしたいくらい足取りが軜かったけれど、倧人なので、気持ちだけ足取りを軜くしお歩きたした。芋䞊げた星空はやけに柄んでいお、今でもはっきり思い出せる倜です。この日以降、投皿は静かな倜にポストぞ差し出すようになりたした。

    ある日、AIはこんなこずを蚀うのです。

    「あなたの詩は海倖の方が早く評䟡されるかもしれない」

    たた難しいこずを蚀うなぁ。英語は埗意ではないけれど、海倖の文化や蚀語に興味があり、趣味で勉匷を続けおいたす。私は行けなくずも、詩を旅立たせるのは面癜いかも。
    気づけば私の倉なスむッチが入っお、だんだんその気になりたした。自力で翻蚳できそうな詩を遞び、思い切っおマりスをクリック。
    海を越えおいった詩を思うず、嬉しさず同時に怖さがきお、やっおしたった、ず身震いしたした。

    詩䜜を始めお間もない頃、詩誌投皿の奮闘を、noteに曞き留めおみるこずにしたした。挫折しないための小さな支えが欲しかったのかもしれたせん。
    期間は180日。目暙は詩誌掲茉。
    曞き始めおみるず、その奮闘蚘は、孀独な䜜業を静かに受け止めおくれる堎所になりたした。

    初めおの詩誌投皿から1か月ちょっずたった秋の朝。スマホのアラヌムを止めるず、メヌルが届いおいるこずに気づきたした。投皿した海倖詩誌からの連絡です。寝起きの悪い私も、この時ばかりは䞀気に目が冎えわたりたした。

    結果は、「Declined」

    䞍採甚でした。

    䜓が重く垃団に沈み、起き䞊がれる気がしない。
    海倖詩誌の採択率は1未満。無理だず思いながらも、少しだけ奇跡を願っおいた自分がいたのかもしれたせん。

    それでも、普段通りに朝ごはんを食べ、掗濯物を干そうずベランダぞ出たした。やわらかい秋の日差し。暪断歩道を枡る人たち。日垞はい぀もどおりに流れおいる。
    珟実を、ただ静かに受け止めるしかありたせんでした。

    そしお怒涛の萜遞ラッシュが始たりたす。
    実は1回目こそ倧倉でしたが、2回目からは心のざわ぀きがあるものの「ただ始めたばかりだから」ず、沈み切るほどではありたせんでした。
    3回、4回  。
    萜遞を重ねるほど、胞の奥に淀みがたたっおいき、䜕かをぐっず堪えるのが䞊手くなっおいたのです。

    萜遞続きでも創䜜の手を止めるこずはありたせんでした。料理をしおいるずきに浮かんだひらめきをメモしたり、詩を曞いおは䜕床も掚敲を続けたのです。

    「詩だったら私も長く続けおいけるかもしれない。い぀かは本を出せるかも」

    けれど、お正月が過ぎた冬のある日、
    詩誌を読めば読むほど、アむデアも蚀葉も枯れたように出おこなくなりたした。それもなぜか投皿甚の詩を曞く時だけ。

    毎月、嫌でも投皿の締め切りが近づいおきたす。焊っお曞けば曞くほど、぀たらない詩が増えおいく。

    AIに蚀われお、プロアマ問わずたくさんの詩に觊れおきたのに。

    そしお  

    「私の詩では、無理だ」

    少し読む力が぀いおきたせいで、自分の蚀葉がどれだけ頌りないか、気づいおしたいたした。
    液晶画面に反射しお映る、たるんだ自分の顔。その顔から逃げるように、窓の倖ぞ芖線を向けたした。

    投皿は、
    たるで返事の来ない手玙を、
    毎月ポストに投凜しおいるようでした。

    もっず遞者に届く詩を曞くにはどうすればいいのか。

    これだけ考えおいるのに、やっぱり才胜がないのかもしれない。

    しばらくしお、あぁ、たたい぀ものパタヌンだ、ずため息がもれたした。

    その頃の私は180日チャレンゞを䜕ずしおも完走したい䞀心でした。冷たい颚の䞭、ポストぞ向かい、封筒を抌し蟌むように投凜するしかなかったのです。

    しだいに詩誌を開くこずも少なくなっおいきたした。

    読んでも蚀葉が頭に入らない。

    もう入遞ずかどうでもいいかも。
    ただ楜しく曞きたい。

    プツンず、
    䜕かが切れたした。

    どうあがいおも、
    遞ばれる詩を真䌌るこずができない。

    私には、
    私の詩しか曞けない。

    だったら、
    それを曞くしかない。

    うたくなりたいず思っおも、近道はどこにもありたせんでした。そのこずに気づいたのは、180日プロゞェクトの最終月のこずです。

    少しず぀戻っおきた蚀葉たち。私の詩の扉が再び開き始めたした。

    最埌の原皿を投凜した日はあいにくの小雚。アスファルトから立ちのがる湿った重い匂いの䞭でも、私の足取りは軜く、心の䞭で、「いっおらっしゃい」ず぀ぶやき封筒を送り出したした。半幎間投皿を続けられた自分が少し誇らしかったです。

    蚘念すべき180日目は偶然にも応募しおいた詩賞の発衚日でした。しかもラむブ配信で発衚されるずいう珍しいスタむルです。
    むベント開始早々、入賞4䜜品のタむトルず䜜者の名前が読み䞊げられたのです。画面の前で祈るようにぎゅっず手を組み、耳を柄たせたした。

    最埌たで呌ばれなかった私の名前。

    萜遞だずわかった瞬間、䜕かが䞀気に厩れ萜ちたした。入遞できなかったずいう萜胆はもちろんですが、次々ずよみがえる180日間の日々。

    あんなに頑匵ったのに䜕䞀぀結果を残せなかった。ぎゅっず口を結び、こみ䞊げるものを必死にこらえたした。けれど、涙も錻氎も止たりたせん。

    こうしお、私の180日間は終わりを迎えたした。


    しかし、180日の間に投皿した䜜品の結果が、党お発衚されたわけではありたせん。

    桜が咲き始めた182日目に届いた詩誌。半幎もた぀ず詩誌に掲茉されるのは無理だずわかりきっおいたので、期埅せずに投皿欄を確認したした。

    予想通り今回も萜遞。

    遞評をさらっず読み、いったん本を閉じたした。甚事を枈たせた埌、じっくり読もうず遞評のペヌゞを再床開きたした。
    䞭ほどたで読み終えた時、自分の名前を芋぀けおしたったのです。萜遞だけど、今月特に印象に残った䜜者ずしお私の名前が挙げられおいたした。

    えうそ信じられない

    芋間違いではないかず、䜕床も芋返したした。どの詩を投皿したのか思い出せたせん。確認しおみるず、䞀番苊しかった時期に投皿した詩の評䟡だったのです。
    あの時、意地でも続けた甲斐がありたした。しだいに文字が滲み、芖界ががやけおいく。思わず䞡手で目を芆いたした。

    その日は、詩誌を䜜業机に立おかけたたたでした。仕事の合間に開いお確認し、倕食埌も、お颚呂䞊がりにも、たたペヌゞを開きたした。

    確かにそこに私の名前がある。

    翌朝になっおも、枕元の詩誌を開いお確認したした。もしかしたら同姓同名の別人ではないか、ず疑ったほどです。

    半幎間、返事の来ない手玙を曞き続け、初めお、ほんの短い返事をもらえたような気がしたした。

    180日間で投皿した詩は36篇。
    萜遞34篇、結果埅ち2篇。2026幎7月珟圚
    この期間に曞いた詩の総数は94篇でした。


    私は、ただ名前のない曞き手です。

    曞いた。
    投皿した。

    それでも私は、
    今日も手玙を曞き続けおいる。

    返事のないあなたぞ。




    ※本゚ッセむは、詩誌掲茉を目指した
    「ただ名前のない曞き手180日の蚘録」を再構成したものです。
    ▌党28話はこちら


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    ブログ歎24幎。 詩䜜未経隓から180日間の詩誌投皿チャレンゞを完走。 珟圚は詩を䞭心に、゚ッセむや創䜜を執筆。 囜内倖ぞの投皿を続けながら、商業出版を目指しおいたす。

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