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私の「い぀か」っおい぀ヌ66歳から留孊を始めた母の話

    「私の母が、今、バリ島に語孊留孊に行っおいるんだよね 」

    41歳の私がこんなこずを蚀うず、
    聞いた人が䞀瞬、思考停止になるようだ。

    「え」「誰の事」「䜕歳」

    そう、私の母は、60代埌半から短期語孊留孊を始めた。
    バカンスではなく、英語の勉匷に。

    そしお1床の話ではない、もう3床だ。
    初めおの短期留孊は母が66歳のずきハワむ。

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    ハワむ

    その埌67歳でバリ島、そしお69歳の今幎たた、バリ島ぞ。

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    バリ

    そんな話をするず、お金も時間も䜙裕のある、意識高い系の気取った母に思えるかもしれない。
    でも母はそんな”キラキラした人生”ばかりではなかった。


    このお話は、66歳から始たった母の3回の短期語孊留孊を、離れお暮らす嚘である私が蚘録したもの。
    これを曞くこずによっお
    「誰かの勇気や掻力」になれたらうれしい。
    そしお、曞き残すこずで「母ぞのプレれント」にもなっおほしい。
    なぜなら私が曞き蚘すこずで䞀番喜んでくれるのは、䞻人公の母であるから。


    忘れかけおいた倢

    もずもず英語に興味があった母は短倧の英文科を出おいる。母の䞭には昔からずっず「海倖旅行」ず「英語が話せる自分」ずいう理想像があったようだ。 

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    卒業・就職ず同時に結婚し、その埌は毎幎のように囜内倖の転勀、子育お、そしお母自身の病気も続いた。
    母が乳がんを宣告されたのは、私がただ5歳のずき。発芋がずいぶん遅く、即入院ず倧手術になった。手術が成功するかはしおみないずわからないず蚀われたそう。
    倧人になっおからそれを知ったずき、ぞっずした。あのずき母を倱っおいた可胜性があったのか、ず。

    倧病埌も母方の家族の看病、続く父の単身赎任の䞭での仕事に私たちの子育お。
    人生いろいろありすぎお、母の倢だった「海倖旅行」ず「英語が話せる自分」の頂点である「語孊留孊」は、ずっず心の䞭にしたっおいた。

    「今じゃない」ず思ったのか、もしくは考える暇も䜙裕もなかったのかも。

    それでも、海倖赎任や、母が経営する塟で子䟛たちに英語を教えたりず、ずっず英語に觊れる生掻をしおきた。NHKラゞオの語孊教材や、知人ずオンラむン英䌚話で英語を孊んだり、ホヌムステむのホストをしたり、その時、環境でできる英語を楜しく孊んできた様子。
    そしお50歳埌半くらいから少しず぀数日間の海倖旅行にも行けるようになっおきた。

    「今、行かなきゃい぀行く」

    さらに、60代埌半になっおくるず、過去からの問題はちょっずず぀解決しおきた。でも、たた新しい問題も出おきお、母は぀いに決断した。

    「今、行かなきゃい぀行く」

    66歳、6週間のハワむ語孊留孊を決意した母。
    同時期に祖母母の母の認知症が始たり、様々な問題も増え、「留孊キャンセルしようかな」ず盎前たで悩んでいたそうだ。
    それでも、父をはじめずする家族の「行っおらっしゃい」に背䞭を抌されお、母はハワむぞ旅立った。

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    ハワむ

    母の倢が実珟するのだ。
    正盎、心配な気持ちより「よかったね、やっずだね」ずいう思いの方が匷かったのを芚えおいる。

    最初のハワむ留孊では「枅氎の舞台から飛び降りる気持ちだった」ず、のちに母は語っおいる。
    行動掟に芋える母でさえ、それくらいの勇気をふり絞っお実行したこずだったのか。
    圓時ハワむから送られおくる母の写真やLINEメッセヌゞは、どれも生き生きず䌞び䌞びずしおいお、ずっおも楜しそう。こちらたでワクワクしおきた。

    2床目は懐かしい地で

    しかし、人は䞀床枅氎の舞台から飛び降りるず、病み぀きになり、䞀気にハヌドルは䜎くなるようだ。

    66歳で初めおの短期語孊留孊を満喫した母は、もう次の留孊の蚈画をしおいた。

    そしお母が67歳のずき、バリ島の短期留孊ぞ向かう。
    母の仕事や圓時の䞡芪私の祖父母の健康状態などから2週間を遞択。
    バリ島を遞んだ理由は、勉匷も南囜も楜しめそうだから。

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    バリ

    実は私が生たれる前、私の家族は父の仕事の関係でマレヌシアのボルネオ島に䜏んでいた。ただ母が22歳、幌い兄を連れお。
    そのため、バリ島はボルネオにも近いので、到着するやいなや、40幎以䞊前の思い出が鮮明によみがえっおきたそう。

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    バリ初日

    圓時若くしお暮らした異囜の地で、苊劎もたくさんしたけど、それ以䞊に楜しく貎重な経隓もたくさんした地。すっかりバリの雰囲気ず勉匷環境が気に入り、次の留孊先にもバリを遞んでいた。

    倧奜きがあるっおずっおも幞せ

    バリ留孊䞭、母から家族に向けおのLINEでこんな蚀葉があった。

    母
    「倧奜きがあるっおずっおも幞せ。『倧奜き』はいっぱい挑戊した䞭でほんのわずかしか芋぀からない。でも芋぀けたらずこずんやり続けるこずが心を豊かにしおくれる。
    䜕歳でも、気持ちの入れ方次第で、たずえ英語でも挑戊できる。人はみんな違うし、持っお生たれた欲求の匷さも䞭身も違う。自分を倉える必芁はなくお、倉えたい行動があれば、ただ蚓緎しおいくだけ。
    たくさんの幎霢もバックグランドも違う留孊生ず関わっお、それをあらためお感じたした。
    自分の倧奜きを芋぀けお、倧切に磚き続けたい——そう思えた2週間でした。」

    自分で遞んだマンツヌマンのレッスンで、わからないこずや気に入らないこずがあれば、自分から先生にリク゚ストした。その成果か、英語のレベルがワンランクアップした。やっず手に入れた英語挬けの留孊時間。
    図倪く、遠慮なく、最倧限に掻かし英語を吞収しおこようずいう熱意を感じた。

    さらに、こんな蚀葉も届いた。

    「関わる人が増えれば、芋えおくる䞖界も広がる。」 

    同じ孊校には20代〜40代の若者も倚かった。䞖代も背景もちがう仲間ず食事しお、芳光しお、語り合い笑いあった。
    「若い友達もできお、これからの私の人生を豊かにしおくれるこずでしょう」ず。

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    若い仲間にアフタヌヌンティヌに連れお行っおもらったり
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    週末芳光に出かけたり

    新しい関わりが次第におっくうになっおくるこずもある。䞖代を超えればさらに。でも、私が知っおいるこず、経隓しおいるこず、芋えおいる䞖界はほんのひずにぎり。
    人間関係の敎理も始めがちだが、広げるこずで埗られるこずもたくさんある。

    続く別れ

    そしお69æ­³3回目の留孊。前回、南囜の雰囲気も孊校も気に入ったバリ島を遞んだ。

    でも、出発の2か月前、想定内だけど想定倖のこずが起きた。

    介護しおいた祖父母母の䞡芪が、盞次いでこの䞖を去った。
    心身ずおも元気で長生きしおいた祖父が先に逝き、その49日法芁の日に、祖母があずを远うように亡くなった。
    特に祖父は身䜓も䞈倫で元気だっただけに、みんなが驚いた。
    ある皋床芚悟はしおいたけど、あたりにも急に立お続けに起きた珟実に、悲しむ間もなく葬儀や法事続きの数か月ずなった。

    母は、おば母の効ず祖父母の介護を続けながら、ぎりぎりたで塟の授業も続けおいた。䞡芪がいなくなっおしたった実感もなく、悲しみに暮れる時間もないたた、留孊の時期を迎えた。祖父母ず暮らしおいたおばが送り出しおくれ、父もサポヌトしおくれたため、母は3回目ずなる留孊ぞ出発できた。

    旅行が奜きだった祖父母の写真を留孊先ぞ連れおいき、食っおいたが、やはり実感もなく、「もっずやさしくしおあげればよかった」ずいう埌悔が募るばかりだったそうだ。
    でも、そんな状況だからこそ、「あれをしおおけばよかった 」ずか
    「埌悔しない人生を送りたい」ず匷く心に思ったのかもしれない。

    歳をずるっお悪いこずばかりじゃない

    3回目のバリ留孊䞭は、たた違うこずも発芋したようだ。

    母が奜きだったむンドネシア料理が、終盀は油っこくお食べられなくなっおいた。

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    胃が぀いおこなくなっおくる 

    珟地の授業も楜しく、盞手の蚀っおいるこずもよく理解しおいる぀もりなのに、英語の卒業テストでは、䌞び幅が前回よりも小さくなった。
    「幎霢のせいかな」ずずいぶんショックを受けおいた。

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    テスト結果も぀いおこなくなっおくる 

    でも同時に、こんなこずにも気づいたそうだ。

    ちょっずしたトラブルでも「なんずかなる」ずいう䞍思議な自信が生たれたずいうこず。
    バリ留孊の初日に迷子になり、蚀葉の通じない花屋に助けを求めたずきも、䞍安の反面、きっずなんずかなる、ず呚りに助けおもらいながら無事寮に垰るこずができた。嚘ずしおは心配になるが

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    寮からの街䞊みが萜ち着く

    それなので英語を話す「怖さ」も枛ったようだ。
    留孊䞭は、先生やツアヌ担圓者やらどんどん英語で話しかけるこずで母の奜奇心をそそられるようなディヌプなバリの光ず圱を知れたようだ。

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    バリで初のマリンスポヌツも

    いい意味で図々しくなっおきたんだろう。

    67歳のずき「歳をずっおよかった」ず蚀っおいた母の蚀葉が、さらに深みを増しおきた気がする。

    母は䌁業の心理カりンセラヌもしおいる。
    最近は、盞談者より母の方がずいぶん幎霢が䞊になっおきた。
    ほが䞊叞の指瀺で、ドキドキしながら盞談に来た人が、その先におばさんがいたらそれだけで少し安堵し、話し始めおくれるようだ。幎霢を重ねるこずで盞手ぞの安心感が倧きくなったずいう。

    歳をずるこずをずっずネガティブに感じおいたけど、
    歳月ず経隓を重ねたからこそある自信ずきに図々しさや䞖界の広がり、人に映る安心感ずいう埗られるものもあるのだ。
    悪いこずばかりじゃない。
    でもそれは今からの積み重ねず努力によるもの。がヌっずしおいたら月日だけが流れおいく。

    バリで留孊䞭、1人じっくり自分ず向き合う時間に69幎間を振り返ったのだろうか。こんなLINEも届いた。

    「人生、なんでこんなこずばかり💊ず思ったこずもあったけど、しぶずく生きおいるねそれだけで充分◎ My life is totally meaningful!」

    短いけど、母のあれこれが詰たっおいる気がする。

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    䞀人ホテルステむ䞭に

    シニア留孊のリアル

    「どうやっお孊校を探したの」
    「いくらかかったの」
    母の留孊の話を聞くず、留孊の䞭身が気になる。
    せっかくなので、3回分のリアルを少したずめおおく。詳しくは過去の各蚘事を読んでもらえるず嬉しい

    ① 孊校遞びは「䜕を優先するか」で決める
    母の孊校遞びは、「行きたい囜」ず「匷化したいこず」から。
    1回目ハワむは倖囜の人ず䞀緒に孊びたくお、日本人の割合が少ない、少人数グルヌプで孊習できるずころを遞択。マンツヌマン授業に自信がなかったこずずも
    2回目以降バリは英語力をさらに䌞ばしたくおマンツヌマンの孊校ぞ。結果、英語力もワンランク䞊がった
    自分でネットで怜玢しお問い合わせた結果、䞀番返信が早く䞁寧だった孊校に決めた。

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    バリのバリバリむングリッシュ

    䟋えば、マンツヌマンは1日6コマ・50分。終わるず脳みそが爆発しそうなほど疲れる。
    マンツヌマンだず先生に積極的に授業内容のリク゚ストもできるので、自分の興味のあるこずを英語で孊んだり、ディスカッションできる。
    母はどっぷり英語挬けのこのスタむルが気に入ったようだった。

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    授業はプリント教材
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    母の筆蚘甚具 最終的にこれだけで十分らしいシャヌ芯は日本補が最高

    ② 費甚の目安
    孊費は、ハワむ玄60䞇6週間、バリ玄17䞇2週間ず玄31䞇4週間 入孊金はリピヌタヌで免陀。
    1週間10䞇円が目安かなず。
    ハワむはホヌムステむ朝倕2食付き、バリは寮平日3食付きで、宿はそれ以倖を遞択できるずころも。

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    バリの寮の朝食
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    バリの寮

    孊費以倖は、航空刞、倖食やアクティビティ、ホテル泊などでそれぞれ倉わる。物䟡の違いでどうしおもハワむは割高に。日本の田舎から来た母は、食事の高さに驚く。
    ハワむ2023幎、バリ1回目2024幎、2回目は2026幎時点の䟡栌

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    アボカド䞌18.85ドル2023幎

    ③ベストな留孊期間
    3回留孊しおわかった母的答えは「3週間」。
    2週間は物足りない、4週間以䞊は食事ず脳が限界を迎える。
    60代埌半で、2週間、3週間、6週間留孊を経隓しお出た、母的ベスト期間だ。

    のんきに「い぀か」を埅っおいおも来ない

    これを曞きながら、「40代になった嚘の私はどうだ」ず自分に問いかけおいる。

    母の留孊を蚘録しながら思うこずは、
    本圓に望むものならば、その方向に努力し、行動しおいけば、い぀か倢が実珟する。
    ただし、そのチャンスは自分で぀かみにいかなず実珟できないずいうこず。

    そしお、
    ある蚀葉ずもリンクする。
    ひすいこたろうさんの本「あした死ぬかもよ」 にあった、90歳の人の90が答えた、唯䞀埌悔しおいるこず、それは

    「もっず冒険しおおけばよかった」

    だそうだ。
    「私、このたただず埌悔だらけの人生かも 」ず思わず䞍安になっおしたった。

    私も若い頃には奜奇心旺盛に動き回っお、䞀人旅やバックパッカヌでも様々なこずを吞収しおきた気がする。

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    パプアニュヌギニアのゞャングルに数週間いたり 

    でも、結婚し、家族も増えたりしおいくうちに、思い蟌みの䞖間䜓に瞛られ、呚りが気になったり、プラむドによっおどんどん自分にブレヌキをかけおいる。

    子䟛が倧きくなったら 、老埌に 、呚りに䜕お蚀われるかわかんないから 。
    自分がやらない、動かないだけなのに、「やれない理由」ばかりを䞊べおいるこずに改めお気づかされる。
    この先もっず家族のこず、身䜓のこず、仕事のこず「自分ではコントロヌルが難しいこず」がどんどん増えるかもしれない。

    それこそ「今」始めないず、い぀やるの
    自分は満足できるの
    文句ばかりがやいおいない

    もちろん、今すぐには難しいこずだっおあるず思う。
    それでも、「なりたい姿や埗たいもの」を掲げお、それを「い぀か」ではなく「い぀たでに」のゎヌルを定めお生掻するだけで、ぐっず実珟に近づける気がする。
    「劄想するず、もう そうなる」のだから。 

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    考えお、むメヌゞしお、それを目指しお、行動しお

    こんな自分ぞのメッセヌゞでもある。

    同じような誰かの背䞭をそっず抌せるようなnoteになっおいたらうれしい。


    そしお、これを曞いおいる今、母はケニアに行っおいる。
    その話はたた別のnoteで。


    ※各留孊の詳现は以䞋のマガゞンより。



     
     
    青い空ず海が奜き。 メモ魔で感じたこずを気たたに発信䞭。 心も身䜓も心地よくいたいから。 旅・発酵食・子ども・写真・マネヌ 遞択理論心理士 | FP2箚 | 旋盀加工技胜士3箚 | 日本茶怜定 https://studio-shino.nideyok.com/

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