
裁判員候補者待機室ではオルゴールバージョンのさんぽが流れている
数年前に一ヶ月ほど裁判員になった。これについては、伝えそこなうくらいなら書かない方がいいとさえ思っている。つまり、伝わることを祈っている。
裁判員制度とは、国民の中からランダムで選ばれた数人が、裁判官と共に一つの刑事事件の判決を決める制度だ。裁判のプロである裁判官と共に、一般市民である裁判員も判決や評議に関わる。
裁判員は複数回のくじ引きで選出される。私の元にはくじの結果を知らせる封筒が三度来た。一度目の封筒には当たりが出た旨が、二度目の封筒には当たりが出続けた旨が書かれていた。三度目の封筒にはやはり当たりが出た旨と、指定の裁判所に指定の時間に来てほしい、ということが書かれていた。最後のくじ引きは裁判所で行われる。
くじ引きは断ることもできる。私は裁判員というものに興味があったので、指定された日時通りに電車に乗り、裁判所へ向かった。
晴れていた。裁判所は開けた立地の上に四角く建っており、私は自動ドアをくぐってエントランスを歩いた。案内役の職員の指示に従い、役所めいた待機室へ向かう。
待機室には番号が振られた机が並んでいた。私は自身の封筒に記載されていた番号と同じ席についた。机は空間と同じように広く、大きな液晶が前列に並んでいた。確か、裁判員制度についてのスライドが自動で流れていたと思う。
オルゴールバージョンの「さんぽ」だ。
曲が流れていた。部屋の隅の観葉植物の付近に、音源と思われるCDラジカセが置かれていた。私は、裁判員候補者待機室で流れている曲はオルゴールバージョンのさんぽなのか、と思った。あとで友達に教えてあげようと思った。
机にはファイルが置かれていた。そこに、今回の裁判の事件内容が書かれた紙が裏返しにされている。私はそれをめくり、事件内容を確認し、この事件に自身が関わっていないことを認める必要がある。私は紙をめくる。
誰も死んでない事件がいい、と思った。そんなことはほとんどありえない。裁判員が呼ばれる事件は、基本的に死傷者が出ている。
めくると人が死んでいた。ああと思った。
最後のくじ引きが行われた。くじを引くのは私ではなく、コンピューターであるらしい。私はそうして裁判員になった。選ばれた方はこちらにお集まりください、という職員に着いていく。選ばれなかった方には裁判所の内部を見学できるツアーがあるようだった。
案内された別室に、今回の裁判に関わる弁護士や検事、裁判官らが集まっていた。全員がピシとスーツに包まれて名乗る。私たちも宣誓書を読み上げる必要があり、それを音読する。
厳かな催事の期間に立ち会う、と思う。
裁判員になった経験について、思い出せることはいくつかある。裁判官のお三方はみな明るく、丁寧に事件や裁判について説明してくださったこと。難しい試験をパスして、当直として裁判所に泊まり、数年ごとに転勤をするのが裁判官という仕事であること。判決を話し合う評議室にいつも小さなお菓子を置いてくれていたこと。そのぷっちょ。裁判員の方々と電子レンジの順番を譲りあったこと。少し詰めてエレベーターに乗ったこと。
こんなことがあった。裁判所には法廷が複数あり、日によって使われる法廷が変わることがある。裁判官と裁判員は、法廷の裏の控室のような場所で一時的に待機する。その控室の入り口がどれも坂になっている。
なぜ坂になっているんでしょうね、と私は他の裁判員と話した。裁判官も、そういえばそうですねえ、と共に考えてくれた。少しして、私たちは自分たちの席が法廷の中で一段上がったところに位置しているのに気がついた。なんてことはない、段差の分だけ坂があるのだ。私たちは笑いあった。
裁判は進行した。
被告人は、様子のおかしな男だった。
私は裁判官に、彼は配慮されるべき人なのではないか?と聞いた。彼は明らかに福祉によって生活を保障されるべき人である、と私の目には映った。
裁判官は、「それでも、彼は質問にきちんと答えることができています」と答えた。
実際に彼は質問に答えていた。声量は乱高下し、論点は乱れ、幾度かの訂正を挟まれてはいたが、彼は意見を述べるという制度に沿った受け答えが出来ていた。
私はその頃裁判という仕組みに違和感を持っていた。彼が法廷に立っているとき、彼は明らかに私たちが持つ尺度を持っていなかった。それは彼の悪意によるものではなく、彼自身の意図を差し挟むことの出来ない領域で、単に持てていなかった。彼には彼自身の困難があり、それによって一般的な尺度を持つことを阻まれていた。そして、尺度が共有されていないことで、彼は私たちにとって不合理と思える判断をした。
そして実際に、彼は人を殺した。
判決を出した。何が最も公平であるかを裁判員それぞれが考えて話し合ったと、私は嘘偽りなく思える。裁判員は互いに名前を明かしてはいけない決まりになっているから、裁判が終了すれば私たちはそれぞれがバラバラの生活に戻る。さようならと言って、私も帰路に着く。
判決は出た。催事が終わる。電車に乗らずに一駅分歩いた。晴れていた。
人が人を裁くことなんて本当はできないんだ。
空は高く、風が吹いていた。隣駅にある大きなショッピングモールが遠くに見えていた。人が、人を裁くことなんて、本当はできないんだ。
ああ。
そうだった。100円の水に100円分の価値があるわけじゃないみたいに、価格と価値はイコールじゃないんだった。100円という価格は、水が100円分の価値であることをぜんぜん意味しない。価格は、時には10円になるかもしれないし、200円にもなるかもしれない。だけど水そのものが変わるわけじゃない。
ものの価値を知ることは、だから本当はできない。私たちは、「この水は100円分ということにしましょう」という取り決めによって今日を過ごし、明日を過ごす。本当の価値、純粋な価値を、私たちは直接知ることができない。
ただ価格の取り決めだけがある。そこには、価値を信じるという態度だけがある。
誰が何を裁けるだろう。何を信じ、何を基盤として、私たちは今日を過ごせるだろう。今日正しいとされたものの基盤がどこまでも空虚でも、私たちは次に進むことを選ぶ。停滞を退け、判断を下し、取り決めをする。私たちは?
彼は実際に人を殺した。それを私は悲しいと思った。法廷には段差があった。厳かな催事は厳かであるための設計がなされている。私たちは、平板な床の上で、彼と談笑しながら判決を決めてはいけない。ただ境界線を引くことでしか取り決めは行われない。
彼が一度法廷で大きく叫んだことがあった。それは前触れなく、おそらくフラッシュバックとして、発せられた。
僕はずっと死にたかったんだ!
私たちが判決を下すとき、私たちは被告人の罪を信じている。
悪意の有無とは別に、それが社会にとって罪とされるものであると認め、その罪が存在することを主張する。
そうでなければ、私たちは進むことができない。
ものに価格を付けなければ売買はできない。そして、私たちは売買をして先に進むことを選んだ。今日も選び、また明日も選ぶだろう。例え本来のものの価値を知ることが決してできなくても。
判決を下さなければ社会が回せない。そして、私たちは社会を回していくことを選んだ。また明日も選ぶだろう。例え、本来の罪の重さを知ることが決してできなくても。
そこには信仰がある。私は、無批判な信仰は凶器だと思う。
それでも最後に人を支えるのも、やはり信仰だと思う。
今もあの時の判決を考えることがある。あの時は妥当としたけど、重すぎただろうか。あるいは、彼を憐れむような態度さえ、彼の尊厳を打ち壊すのだろうか。その善し悪しは、私たちが何を選ぶかで変わっていくのだろう。
他者の人生を決定づける催事に立ち会えたことは、私にとっては意味のあることだった。裁判員になれてよかったと思う。
数年前のことなので、記憶違いはあるかもしれない。また、地域によっては裁判所の設備などにも差があると思う。曲なんかは最たるもので、常にそれが流れているとも思えない。ただ、私がいた裁判員候補者待機室では、オルゴールバージョンのさんぽが流れていた。
今でもあの場にいるような気がする時がある。私たちは進み続ける。