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焼き色と焦げ目の境目を探している

    ウインナーを焦がした。
    炭と肉の味が混ざり合ったウインナーを食べながら、ふと思った。「いい焼き色だと嬉しいのに、焦げになった途端不快になるのはどうしてだろう」
    焼き色の延長線上に焦げはあるはずなのに。

    人も、物も、景色も、四季も、グラデーションだとされている。でも、変わった後にしかそれを感じることはできない。グラデーションそのものを感じることは、難しい。

    「もう春か」「焦げちゃった」
    「もう古いね」「変わってしまったね」

    少しずつ眠りから覚めただけ、ちゃんと焼けていっただけ、じわじわと蝕まれていっただけ、流れるように自分を作り変えただけ、なのに。

    全ては線で変化していくのに、私たちは点でしか知覚することができない。
    どうしてだろう。

    もしかしたら、時の流れを、無視してしまうのかもしれない。
    どこかで、自分は超時間的な存在だと思ってしまうのかもしれない。
    そうしたささやかなグラデーションを見逃すことで、何かを失ってはいないだろうか。
    私たちの知覚する点はどこにあるのだろう。
    私たちも線で生き、変化し続けているから、点でしか分からないのかもしれない。


    と考えているうちに電車が隣県に着いた。県の境目は見逃したままだ。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

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