
ボケるが如く
40代のスタッフを社用車の助手席に乗せて、
仕事からの帰り。信号の少ない川沿いの道を、下流から上流に走る夕暮れ時。
何気なく家族の話になると、彼が婿養子としてとついだ家の、義父様の話題に移った。
齢80にして、地域のソフトボールチームの後進に力を注ぎ、夏場になるとアンパイアフェイスガードの形で顔が日に焼ける、とか。
会社員時代はコーヒーの商社に勤めて世界のあちこちに出かけていたり。
そんな内容の話が深掘りされて、何度も何度も繰り返されては食事時になると、赤ら顔で話されるという。
どんなふうに返答するのですか?とたずねると、酒の飲めない彼は、すごいですねーーーって、大きくうなずいているという。
テレビの主導権は義父様にあるようで、常にチャンネルをああでもないといって番組を変えて、ハリウッドなんかのアクション映画を見つけると、いっそうボリュームをあげて、家中に銃声の音が鳴り響くそうだ。
たいがい本人が話す(義)父親の話は、うんざりするような語りになるのだが、聞いているほうは愉快でたまらない。
家の中で、ご機嫌をうかがいながら小さくなっている姿を想像するのも痛快だ。
・・・そちらはいかがですか?と、ふいに聞き返される。
実家で独り住む自分の父親は、齢88にして地域の歩こう会に所属して、毎朝、万歩計を携えて歩いている。
いっときカメラに凝り出して、夏山の山野草や秋の紅葉、祭りの盆踊りの写真なんかを拡大して部屋に貼っていたものの、今となってはカメラも置いて。市内の陶芸教室に通い、亡き母親が用意していた家族の食器を上回る数の、分厚くて重たい食器がテーブルに重ねられている。
小さい頃から、庭で園芸に凝っていたのが視界に入っていたのだが。母も兄も自分もいない、家の外にも中にも植木鉢が置かれて。もういらないだろうって柑橘の類は、庭で挿し木で増えていき。ベランダにはでっかいプラ鉢が並んで、さつまいもが植えられている。
自炊時の米の研ぎ汁を、バケツに溜めて植木に撒くので、生臭い匂いが時折風に運ばれ。テレビをつければ、これまたデカい音で野球を見続け、静かになったかと思えば、保持している株価の動向を画面に釘づけでチェックしている。
段々興奮を帯びながら、マイ父親の解説を一通りすますと。・・・それは、絶対にボケないタイプですねぇ、と前職、介護職だった彼はにこやかに答える。
ま、まあね。
自分もそう思っている。余談だが、昨年亡くなった母方の弟(おじと甥の関係)は、晩年ひどい認知症を患い、見知らぬところをひたすら歩いて、行方不明になることしばしばだったらしい。
かねてから、おじに自分は似ていると感じている。父親のある種、隠された強迫観念とは真反対のノー天気なところ。人の心配をかえりみず、道を外れてさまよい続けるところ、とか。
手、足、おつむの丈夫な父親はきっと100まで生きるだろう。自分の方が先に迎えが来るかもしれない。気がつかないうちに、自分の歩いて来た道も、探していた道もわからなくなったまま。
もう、こうなったら生前贈与とか期待しているんだけど、いっこうにそんな話が出ないんだよねー。
諦めたようにボヤくと、その気持ち、よーくわかりますって、隣で彼は大きくうなずいていた。