
寿命診断士|ショートショート
僕はいま二十五歳。転職活動中だった。
前職は大手製薬会社のMR。待遇に不満はなかったが、古い社風が肌に合わなかった。もっと新しい技術に触れたい。そんな思いで転職サイトを眺めていた時、妙な求人が目に入った。
《寿命診断士になりませんか》
最初は怪しいと思った。
だが仕事内容は意外と明快だった。
採血、細胞採取、生活習慣、遺伝情報、脳波――あらゆるデータをAIが解析し、推定寿命を算出する。その結果を顧客に伝え、検査から説明までを進行管理する仕事らしい。
転職カウンセラーに背中を押され、僕は面接を受けることにした。
面接官はAIだった。
画面越しの顔は人間そのもので、声にも感情の抑揚がある。
「この仕事は、血中テロメア長や粘膜細胞DNAからエピジェネティック・クロックを解析し、その人の寿命を診断する仕事です」
画面に説明資料が映る。
笑顔の老人たち。
「わが社独自の技術では、フィジカル年齢だけでなく、神経系由来マーカーから脳の老化度、疾患感受性遺伝子、免疫系の状態まで総合評価できます」
AIはわずかに微笑んだ。
「つまり――その人がどんな病気になりやすく、最終的に何歳くらいで、どういう形で死ぬのか。そこまでかなり高精度に予測できるのです」
「それって……どういう意味があるんですか?」
僕は画面の老人たちを見ながら聞いた。
「寿命予測は保険・医療・金融に革命をもたらします。さらに国家レベルでは、人口動態や社会行動の予測にも活用できます」
国家レベル。
その言葉に、僕は少し興奮した。
面接はその場で終わった。
「橋本さんは弊社の適性条件を満たしています。ただし入社研修の一環として、ご自身にも寿命診断を受けていただきます」
「つまり……?」
「ご自身の推定寿命を知ることになります。平均誤差は一歳です」
少し怖かった。
だが給料は高く、福利厚生は破格だった。
僕は入社を決めた。
入社初日。
採血、細胞採取、遺伝解析、脳波測定――。
一通り終える頃には、思った以上に疲れていた。
検査室モニターには、面接で見たAIが映っている。
「診断が完了しました」
僕は椅子に座り直した。
「橋本さんの推定寿命は――二十八歳です」
頭が真っ白になった。
「……いま二十五なんですが」
「はい」
「誤差一歳なら……二十九が限界ってことですか」
AIは数秒沈黙した。
そして、ほんのわずかに眉を上げた。
「……かなりレアなケースですね」
翌朝、社長室に呼ばれた。
クビかと思った。
だが社長は満面の笑みだった。
「橋本くん。ぜひ頑張ってくれたまえ。君は、うちにとって非常に大切な人材だ」
翌月から待遇が変わった。
給料は倍。
個室オフィス。
専属栄養士。
高級人間ドック無料。
二十四時間健康モニター。
やがて僕は理解した。
会社にとって僕は社員ではない。
診断結果の正確性を検証できる、極めて貴重なサンプルなのだ。
誤差一歳。
僕が二十九まで生きるかどうか。
それを会社は、何としても見届けたい。
毎朝検査。
酒は禁止。
階段は禁止。
旅行は禁止。
車は禁止。
僕は社員というより、保護対象の希少動物だった。
二十六歳――異常なし。
二十七歳――健康そのもの。
二十八歳――問題なし。
その頃になると、会社は明らかに神経質になっていた。
転倒防止の衝撃吸収床。
陽圧管理された個室。
週二回の心理カウンセリング。
ありがたいのか、息苦しいのか、分からなかった。
そして二十九歳の誕生日を翌日に控えた夜。
定期検査後、僕は担当医に聞いた。
「もし僕が二十九を過ぎても生きていたら?」
彼は少し考えた。
そして静かに答えた。
「診断は必ず実行されます」
意味が分からなかった。
個室に戻ると、社長が待っていた。
表情は暗い。
「残念だよ」
「え……僕どこか悪いんですか?」
社長は首を振った。
「いや。逆だ」
モニターがこちらを向く。
最新推定寿命 86歳
僕は息を呑んだ。
「……え?」
「君を大事に管理しすぎてしまった」
社長はため息をついた。
「だが――診断結果が変わる前例は作れない」
その瞬間。
点滴のアラームが鳴った。
画面に表示が浮かぶ。
寿命診断 最終確認試験
そこで、ようやく理解した。
この会社は寿命を予測しているんじゃない。
診断結果を、実現していたのだ。
腕の点滴から何かが流れ込み、身体が熱くなる。
モニターには最後の表示。
推定寿命 二十九歳
誤差 0年
――会社の診断精度は、最後まで完璧だった。