
まーの観察〜残したい記憶として〜
大人が食事をするそばで、バウンサーに鎮座(鎮寝?)した まー(孫なので、まー:以下略)は、ぐずるでもなく地蔵のような表情をしていた。
ずいぶんと色が黒い子だと思っていたが、思いのほか長引いた黄疸のせいだったのか、肌も本来の白さを取り戻しつつあるようだ。
なんら欲を持たない人間は、こんな表情をするのだろうか。
六十余年の欲にまみれた私の顔は、彼には珍妙な生き物に映っているのかもしれない、と気恥ずかしくなる。
眩しいような、それでいて、なにやら見守られているような、不思議な感覚を覚えてしまう。
「ね、見て!」
音楽なしで手足をぶんぶんさせて、まーの前で踊っていた叔母である次女が、鋭い声をあげた。
まーが、次女をしっかりと見つめて、右手、左手、交互にあげている。
彼女の真似をして踊ってる!
"動かす"のではなく"あげている"ように見える。
足、も加わった!
ごきげんな表情に変わる。
足は少しぎこちない、そりゃそうだ、寝たきりで頭も上げられない、自身の足の全貌が見えているかも定かではないはずだ。
驚いた。
かつて、小泉元総理の発した『感動した』、に近いな。
月齢、二か月半…こんなこと、できるんだ!
首座りもまだ完全ではないというのに。
次女を見る
↓
動きを認識する
↓
同じように動かそうと意識する
↓
その意識を手足に伝達する
が、セットにならないとできない、よね??
脳みそが、ものすごい勢いで活性化してるんだ!
脳のシナプスだかニューロンだかが、光りまくってるんじゃないの??
頭蓋骨の向こうで、細胞たちが勢いよく煌めいてるんだ!
まーの、おそらくはすべての赤ちゃんの持つ能力って、すごい!
次女と並んで私も踊る。
まーは、二人を交互に見やり、負けじとばかりに腕を交互にあげて踊る。
「DNAだね」
母である長女が笑う。
「私も朝、そうやって踊ってる」
どうりで冷静なはずだ、すでに見慣れた光景だったということか〜。
お腹が空き始めて、次女に抱かれてみても、顔を胸に近づけてみても、決して以前のようにやみくもに口をあうあうとはしない。
こいつはくれないやつ、としっかり認識しているかのような目をして、紳士然としている。
先ほど、私の腕をかぷかぷしてみせたのは、文字通りリップサービスか。
やるなぁ、おぬし!
婆の喜ばせ方を知っておる。
ついでにカエルの声は、やはり電子音より婆の美声「ぐえっ、ぐえっ」が気になるらしく、なにやら話しかけてくる。
あいにく、まー語が理解できないのが、非常に悔しい。
今、彼と意思疎通ができたなら…なにを見て、どんなふうに、まーの世界からは感じられるのか、どんなわくわくを表現してくれるのだろうか。
完全に侮ってた。
新生児期を過ぎて、次は寝返りあたりまで、茫漠とした時間を過ごすものだと勝手に思ってた。
意思、のようなものが育まれているようだ。
まー記事、いったん筆を置くつもりが、興味深くて、これじゃ置けそうもない。ちょいちょいお付き合い頂けると嬉しい。