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Photo byayame_yamamoto

「なんとなく不調な人生」をやめた、三十路レズビアンの話

    「部屋が寒い」という理由で、家の中で泣いて暴れる三十路女がどこにいるというのだろう。

    私だ。

    どうも最近、堪忍袋の緒が短い。いや、「最近」じゃなくて、この人生ずっとそうだったのかもしれない。それすら、よくわからない。

    私には、自分の心や身体の不調を記録するという習慣がない。前向きな性格なので、関心があるのは、明日のこと。今日の不調のことは、次から次へと忘れるのだ。

    だから、出先で頭痛になりがちなのに、頭痛薬を持っていた試しがない。もちろん家には1回しか使っていない解熱鎮痛薬の箱がやたらとある。引き出しを開けるたびに「あれ、またこれ出てきたな」と思う。100錠はある。

    私は、そういう大人だ。大人になったというのに、自分のリズムがまったく掴めていない女なのだ。

    雨の日は、もちろん気圧の上下で決まって頭が重くなる。頭痛の懸念はすっぽり頭から抜けており、案の定午後にはこめかみがズキズキしはじめる。なのに、薬はない。

    「なんで持ってないの、私……」と、その場で毎回新鮮に絶望し、ドラッグストアに駆け込むところまでがワンセットだ。

    ある日、部屋が寒いと泣いている私を見て、呆れるようにパートナーがカレンダーを指さした。

    「生理なんじゃない?ほら」

    「えぇっ…?あ、ほんとだ。なんだぁ、ホルモンかぁ」

    「寒いが理由で泣くなんて、情けない」と二重に落ち込んでいた私は、「生理前なら、100%私のせいという訳ではあるまい」とホルモンに罪をなすりつけて、少しホッとした。

    ホッとした反面、不調の原因に毎度気付けない自分を、いい加減に恥じていた。パートナーからしても、たまったものではないだろう。ほんとにごめんね。

    でも、恥じている場合ではない。

    変わりたい。

    「なんとなく不調な人生」を、いい加減ここでやめなくちゃ。

    この日、これまで数々の「心と身体の不調」に目をつぶって生きてきた私は、生まれてはじめて本気でそう思い、「少なくとも不調を予測することができ、不調に対応する自分に合った薬を持ち歩く大人」に変わることを決意した。

    寒波大暴れ事件から1ヶ月ほど、私は自分の不調を見つけるたびに、ノートに書いていった。

    まずは、自分にどんな不調があるのか。病気というほどではないけれど、「なんとなく放っておくことができる程度の不調」たち。その正体を知っていかなければ、対策も打つことができない。

    ・生理前2日間の落ち込み方がすごい(寒いという理由で泣いた)
    ・出先での頭痛(雨の日が特にひどい)
    ・焼肉、天ぷら、辛いラーメンはほぼ必ず翌日胃が痛くなる
    ・なんならお腹が常にちょっとゆるい
    ・デスクワークで、夕方になると腰が痛い
    ・花粉症(オールシーズン常に鼻水が出る)
    ・ネコに会うと目が痒い
    ・目が常に疲れている

    結構多いな。

    30代って、みんなこんな感じなんだろうか。と、やや不安になりながらも、書き出してみると、ちゃんと規則性があった。

    頭痛は天気由来らしく、情緒の不安定さは生理前。お腹は、たぶんずっと弱い。花粉、猫は通年アウト。

    ランダムに起きてる不調だと思っていたものが、「それぞれちゃんと理由がある現象」に変わっていく感じがあった。

    ちなみに、パートナーも女性なので、生理の来る人だが、改めて比べてみると、ぜんぜん違う。

    彼女は生理前でも、ほとんど情緒が荒れない。体調は1日目にドカンと重くてその後は軽く、メンタルは一定なので生理の予兆に気づきにくい。一方私は、生理がはじまる2日前から「いつもと違う」モヤモヤ、ワサワサとした感じがはじまる。生理が足音を立てて近づいてくる感じが、きちんと分かるのだ。

    前だったら、自分ばかり重たい生理前症候群に「なんで、私だけ、こうなんだろう」と、不調な自分のことが嫌になっていただろう。

    でも、冷静に書き出してみて思った。違うだけだな、と。人はそれぞれ、設定が違う生き物なのだ。

    マリオカートみたいに、スピードが速い代わりに曲がりにくい機体もあれば、加速は遅いけど小回りがきく機体もある。私はたぶん、ずっと自分のスペックを無視して、苦手なタイプの走り方をしていた。

    その設定を無理して隠したり、無視したりするのではなく、ただちゃんと知って、認めて、「できる」と思い込まないこと。私にはまず、そのステップが必要なのだと思った。

    何かで読んだけれど、人は理想と現実のギャップに落ち込みやすいらしい。でも、そうであれば、「理想」を現実に即したものにすれば良いのではないか?今更、「油ものいくら食べても体調万全」という理想は、無理に掲げなくてもよかろう。

    そして、思い切って病院に行ってアレルギー検査をしてみると、やっぱり重篤な猫アレルギーだった。バラ科の植物も、大好きなお米もちょっとアレルギーだった。

    「お米をねぇ、たくさん食べすぎると体調悪くなりますよ」

    とドクターに言われたときには、衝撃が走った。なんでもオン・ザ・ライスして食べるのが好きな私には、ちょっとした事件であった。

    でも、やっぱり、自分のことながら、知らないもんだね。

    猫のことも、うっすら分かっちゃいたけれど、ちゃんと調べて、「はい、あなた猫アレルギーです」と言われると、なんだか妙に納得できるのであった。

    ちなみに、不調を言語化すると、周りも助けてくれるということも学んだ。

    お医者さんは「こういう薬ありますよ」と教えてくれるし、同僚や友達は、思ったより親身になってくれる。母も「私はこれで楽になったよ〜」と、漢方薬を共有してくれた。

    生理前症候群の対策で、低容量ピルも始めてみた。すると、どうやら合っていたようで、今まで悩みのタネだった生理前のモヤモヤイライラが、すっきりと晴れていったのだ。これも、お医者さんに相談したからこそトライできた選択肢だった。

    それから、必要になりそうな薬は、ちゃんと持ち歩くことにした。どうせ忘れるから、ひとまとめに。近くの本屋にドラゴンボールの派手な巾着袋が売っていたので、それを買って、必要な薬はそこに全部詰めた。頭痛薬、花粉症の薬、整腸剤、目薬。私の設定に合った布陣である。カバンの中から悟空が出てくるたびに、ちょっと元気がもらえるのも良い。


    ーーあれからもうすぐ1年。悟空は今日も私のカバンの中にいる。

    もちろん私の体調は、劇的に変わったわけじゃない。今でもたまに、自分の不調を見落とすし、「なんでこんなことで」と落ち込む日もある。

    でもひとつだけ、前より確実に変わったことがある。

    わからないまま自分を責めることが、少なくなったのだ。

    その日の不調に、理由があるはずだと考えるようになったし、先回りして防げた日は、ちょっとだけ自分を褒めるようにもなった。

    前は、なんでこんなことで泣くんだろう、と自分でも思っていたし、たぶんパートナーにもそう思われていたと思う。説明もできない不調に振り回されて、そのたびに空気を重くしていた。

    でも今は、「たぶん今、あの不調だな」と察知し、言葉にできることが増えた。それだけで、彼女の困った顔を見る回数が減ったし、「それなら今日は早く帰ろうか」とか、「薬ある?」みたいな投げかけをもらえることが増えた。

    自分の設定を知って、共有できると、「カップル間の、よくわからないモヤモヤ」みたいなものも減っていった感じがある。

    体調を見直したら、パートナーとの関係も少し良くなったみたいな、風が吹くと桶屋が儲かるみたいな、そんな話にもつながる。

    ああ、今となってはあの日、寒くて泣いていた私に言ってあげたい。

    それ、あなたが悪いんじゃなくて、ホルモンですよ!って。

     
     
    レズビアンの日常を書くエッセイスト。📒「#創作大賞2026 中間選考」通過(2026/09)。📒「今週の注目記事」選出(2026/02)。暮らしの中で気づいたこと、忘れたくないことを書き留めています。フォローやいいねで、我が家の定番料理が出てきます🥘

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