
記念日の理由
「おめでとうございます。本日は記念日です」
朝、玄関を出たタカハシの前に、自治体サービスロボットが立っていた。
胸のパネルには〈あなたの特別な日を祝います〉と表示されている。
「……何の記念日だっけ」
タカハシは首をかしげた。
誕生日でも結婚記念日でもない。
ロボットはにこやかに(そう見えるようにプログラムされて)言う。
「それはお答えできません。
記念日の内容は、本人が思い出すことに価値があります」
思い出せない。
だが、街に出ると、あちこちの広告が「タカハシさん、記念日おめでとう」と祝ってくる。 カフェでは無料のケーキが出され、電車では座席が自動的に確保された。
「こんなに祝われるほどのこと、何かあったか……?」
夕方、タカハシはついに市役所へ駆け込んだ。
「お願いだ。何の記念日なのか教えてくれないか」
担当者は困ったように端末を見つめた。
「実は……記録が消えてしまっていて。ですが、毎年この日がタカハシさんの記念日であることだけは確かなんです」
「理由がないのに祝われてるのかい」
「理由があったのかもしれません。ただ、忘れられたという事実もまた、記念すべきことなのかもしれませんね」
タカハシは帰り道、ふと気づいた。
今日一日、誰もが自分に優しかった。
理由がわからなくても、祝われるのは悪くない。
翌朝、玄関を出るとロボットが言った。
「おはようございます。本日は通常日です」
タカハシは少し残念に思いながらも、笑って返した。
「ありがとう。昨日はいい日だったよ」
ロボットは一瞬だけ沈黙し、こう答えた。
「それは何よりです。……実は、来年の記念日の理由が決まりました」
「え?」
「昨日、あなたが多くの人を笑顔にしたことを記念する日です」
タカハシは思わず吹き出した。
「なるほど。理由は後からついてくるものなんだな」
ロボットは満足げにうなずいた。
「はい。記念日とは、未来に向けて作られるものです」