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こっちの日本昔ばなし #23 草枕

    のえのえぷー

    山路を登りながら、旅人は考えていた。

    「智に働けば角が立つ。
     情に棹させば流される。
     意地を通せば窮屈だ。
     とかくに人の世は住みにくい。」

    この世界では、誰もが自分の感情を掲げていた。

    怒りを見せれば「賛同しろ」と迫られ、
    悲しみを見せれば「寄り添え」と求められ、
    喜びを見せれば「祝え」と強要される。
    反応しなければ「冷たい」と言われ、
    反応しすぎれば「うるさい」と言われ、
    スキが少なければ「面白くない」と思われる。
    思った以上にウケると「計算だろ」と言われる。

    旅人は疲れ果てていた。
    「人間は、感情を共有したいのではなく、
     感情を押しつけたいだけなのだろう」

    山の温泉宿に着くと、 そこには静けさがあった。
    宿の主人は言った。
    「ここでは、感情を持ち込まないでください。
     湯が濁りますから」

    旅人は苦笑した。
    「この世界では、感情を持ち込まないと怒られるんですよ。
     “反応しろ”
     “共感しろ”
     “拡散しろ” と」

    主人は首を振った。
    「それは静けさを壊す仕組みです。
     人間は、自分の感情を他人に見せると、
     必ず“反応”を求めます。
     反応がないと不安になり、
     反応が多いと調子に乗り、
     反応が悪いと怒り出す」

    旅人は湯に浸かった。
    湯は静かで、山の匂いがした。
    誰も話しかけず、誰も感情を押しつけてこない。

    旅人は思った。
    「静けさとは、誰かと感情を共有しないことではなく、
     誰かと感情を押しつけ合わないことなのだ」

    数日が過ぎた。
    旅人は静けさに慣れ、 俗世の喧騒を忘れかけていた。

    ある朝、主人が言った。
    「あなたは、もう戻った方がいい。
     ここに長くいると、
     “反応を求める世界”に戻れなくなります」

    旅人は山を下りた。
    町に戻ると、 人々は今日も感情を掲げ、 反応を求めていた。

    怒り、悲しみ、喜び、嫉妬、焦り――
    すべてが他人に向けられ、 他人の反応で増幅されていた。

    旅人は静かに歩いた。
    誰の感情にも反応せず、
    誰の感情も押しつけず
    ただ、自分のペースで。

    静けさは、山に置いてきたものではなかった。
    自分の中に持ち帰ったものだった。

    世界は今日も騒がしかったが
    旅人の心の中だけが、SNSのない静けさだった。

     
     
     
    野球(オリックス)と映画とゲームとドラマと音楽と投資と美味しいもの探しと温泉とお酒を趣味にのらりくらりと生活してます。 システムエンジニア兼ネットワークエンジニアやってます。最近はAIに振り回されてます。 ここではショートショートだけ残すようにしてます。

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