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Photo bymokomoko_253

30代のキャリア〜ただのパヌト䞻婊にだっお色々ある〜

    キャリアの分岐点①俳優の倢を諊め「ずりあえず公務員」を遞んだ私の進路ミス


    卒業埌の進路。「キラキラ」ず「ガス欠」

    私にずっお、最初の倧きなキャリアの分岐点は、倧孊4幎生の時でした。

    小6の頃からずっず目指しおいた俳優の仕事。諊めたくなかった。「長く身を眮いおいたから、やっおきたこずが党郚間違いになっおしたう」気がしお、諊めるずいう遞択をしたくなかったのです。

    でも、呚りの同玚生が本栌的に就職掻動を始め、悩んでいながらも未来に向かっおキラキラしおいるのを芋た時、自分の心がひどく疲匊しおいるこずに気が぀きたした。

    自分を信じお明るい未来のために頑匵る「ガ゜リン」が、倚分、だいぶ前からガス欠だったのだず思いたす。そんな自分の気持ちを無芖しお、ひたすら前を突っ走った私は、本圓に自分に酷いこずをしおたな、ず今振り返るず思いたす。

    「ずりあえず」が招いた進路遞択ミス

    今振り返るず、卒業埌の自分の生掻に関わる進路なのに、圓時の私は最初からすごい適圓でいい加枛に考えおいたず思いたす笑。

    より䞀局、いい加枛さに拍車をかけたのは、圓時の私の状況でした。

    • 圧倒的に就掻に遅れをずっおいた状況。

    • 自己分析、OBOG蚪問、䌚瀟説明䌚... これらが党お煩わしい行為に感じおいたひどい笑。

    そこで私は、極めお安易な道を遞びたす。

    「我が家は公務員が倚いから、公務員になっおおけば文句は蚀われないだろう。詊隓も筆蚘ず面接だけだし」

    そしお私は、ロクに調べもせず「自衛官」を遞んでしたったのです。

    圓時の私に蚀いたいです。「ちゃんず自己分析しろ」ず笑。

    ちなみにMBTIず動物占いず算呜孊で分析しおみるず、やっぱり驚きの結果でした。

    • 極床の独立心ず集団行動の拒吊

    貫玢星ず狌の性質により、自分のペヌスず䞀人の時間を最優先したす。画䞀的な集団生掻や束瞛を嫌うため、組織の根幹ず衝突したした。

    • 感情の繊现さずストレス耐性の䜎さ

    日干䞁繊现ずENFJ感情に巊右されやすいの特性により、厳しい䞊䞋関係や芏埋による圧力を敏感に受け止めすぎ、粟神的に疲匊しやすい傟向がありたした。

    • 倉化ず自由を求める気質

    こじかの飜きやすさや鳳閣星の自由な衚珟欲が、単調な蚓緎や硬盎したルヌルず合わず、モチベヌションを維持するこずが困難でした。

    • 「個」を貫く頑固さ

    貫玢星の頑固さずENFJの信念の匷さが、組織のトップダりンの指瀺や方針に察しお、匷い反発や意芋の察立を生みやすかった可胜性がありたす。

    MBTIはさおおきだけどほらね、党然向いおない笑

    結論過去の自分に莈る、最倧玚の「愛ある喝」 だけど

    今、この過去を振り返っお思うこず。

    あの時の自分に、心から蚀っおやりたいです。

    「おい、自分もっず自分に向き合えサボるな自分の将来のこずなんだから」

    安易に逃げたあの遞択は、自分に察する最倧玚のサボりでした。

    ...ず、ここで終わればただの反省文なのですが、䞀぀だけ、このミスマッチに感謝しおいるこずがありたす。

    実は、この「自衛官」ずいう道を遞んでいなければ、倫ずの出䌚いもなかったのです... (笑)

    最悪のミスマッチが、最高のギフト倫に繋がったなんお、人生っお本圓に面癜いですよね

    人生に「ミス」はあっおも、「ムダ」はない
    自衛隊での運はなかったけど、瞁はあった倫ず同期次のキャリアの分岐点では、必ず自分で自分の人生のハンドルを握るぞ

    ず意気蟌みたすが、再び私は違った圢で過ちを犯すのです。

    キャリアの分岐点②振付家デビュヌから北海道転勀で倢を手攟した「自信の壁」

    「お母さん」の孀独が私を再び瀟䌚ぞ駆り立おた

    私にずっおの第二の分岐点は、長男4歳、次男1歳の時のこず。

    25歳でお母さんになり、初めおの子育おは毎日が光の速さでした。でも、ある時、挠然ず「働きたい」ずいう気持ちが湧いおきたんです。

    あれは倚分、瀟䌚から離れ小島になっお過ごす自分が寂しかったから。
    倧孊卒業埌、平日働いお䌑日に自由に過ごしおいる友人たちが、ずおも矚たしかった。倫は次男が3歳になるたでは家にいおほしいようでしたが、私の孀独な状態はもう限界でした。

    しかし、なかなか良い条件の仕事や、次男の預け先も芋぀からず 完党に詰んでいた時。

    か぀おお䞖話になった事務所の舞台出挔者募集を芋぀けたした。「やっおみるか」

    「おい働くんじゃないのか」ずいう心のツッコミはありたしたが笑、働けなくおも、この時は今ず違う「瀟䌚の繋がり」を必死で欲しおいたのだず思いたす。

    予期せぬ「振付家デビュヌ」でキャリアはトントン拍子

    ここで人生の転機が蚪れたす。

    オヌディション䞭に、挔出家の先生兌瀟長から、たさかのひず蚀。

    「倚田、ただそんだけ螊れるなら、振り付けもやっおみなよ」

    数幎ブランクがあったにも関わらず、振り付けに挑戊これが案倖できおしたっお、圓初䞀曲だったのが远加で数曲任せおもらえるこずに。こうしお唐突な「振付家デビュヌ」を果たしたした。

    そこからは、ミュヌゞカルやアむドルグルヌプの振り付け、レッスンも持たせおもらうなど、トントン拍子で、ダンスの仕事がちょっずず぀キャリアになっおいきたした。

    孀独から解攟され、仕事にも繋がり、これからずいう時でした。

    結論:倢の匷制終了。䞀番の原因は「自信䞍足」だった

    そんな矢先に、倫の北海道ぞの転勀が決たりたす。

    仕事は続けたかった。でも、倫を説埗できるほどの安定した収入にはなっおいなかったのが珟実でした。

    • 2人の子どもも小さく、䞡芪も遠方で頌る堎所がない。

    • 子どもたちがパパ倧奜きなため、離れお暮らすこずは考えられない。

    様々な理由を䞊べ、私は抱えおいたダンスの仕事を党お手攟す決断をしたした。

    圓時は「仕方がなかった」ず自分を玍埗させたしたが、今、振り返るず心に残る埌悔がありたす。

    「残っおダンスの仕事がしたい」ず、倫や家族に匷く蚀えなかった。

    なぜ蚀えなかったのかそれは、ただその時の自分に、仕事に察する確固たる自信が持おなかったのが䞀番の原因だったず、痛感しおいたす。

    あの時、自信を持っお「この仕事は手攟せない」ず蚀えおいれば、人生はたた違った方向ぞ進んだかもしれたせん。

    この「自信䞍足」ずいう壁こそが、私にずっお、新しいキャリアを断念させる最倧の分岐点ずなったのです。

    キャリアの分岐点③「働きやすさ」だけで遞んだ仕事のたさかの終着点

    資栌取埗からの「こだわりは捚およう」

    私のキャリアの分岐点、第䞉匟は「働く堎所」ずの戊いです。

    倫の北海道転勀に垯同した私は、ドラッグストアで販売の仕事をしおいたした。働いおいく䞭で知識を身に぀けお接客出来るようになりたいず「医薬品登録販売者」の資栌を取ろうず思い立った矢先のコロナ隒動ず䞉男の劊嚠。悪阻が酷く、勉匷するのは䞀時䞭断したした。

    䞉男を出産埌、勉匷再開半幎ほど勉匷しお芋事資栌を取埗「よし、これから登録販売者ずしお䞀歩を螏み出そう」ず意気蟌んだのも束の間、再び倫に転勀の蟞什が出たす笑。

    新たな求人を探そうにも、長男が䞍登校になったこずで、取埗した資栌を生かし぀぀、フレキシブルに働けそうな職堎が、なかなか芋぀かりたせん。

    そこで私は決断したした。

    「こだわりは捚およう」

    せっかく取った資栌でしたが「長男の生掻を最優先する」ずいう目暙のため、資栌を生かしお働くずいうこだわりを䞀旊手攟したのです。

    「倢のような職堎」ず「自爆芚悟の応募」

    私が新たに求めたのは、こんな倢のような条件でした。

    • 長男が登校できる時間に合わせお、自分も出勀が可胜。

    • 家族のこずを理解した䞊で、䌑みの取埗がしやすい。

    「そんな倢のような職堎、あるわけ 」ずポチッず求人サむトを芋おいたら「あった」

    近所の電噚屋さんが「営業の仕事」を募集しおいたした。

    「営業なんお...やったこずない」

    ただ、販売での接客は嫌いではなかったので、「合わないず思ったら、すぐ蟞めよう」ずいう自爆芚悟で応募したした。

    結果、その職堎は子育お・家庭のこず第䞀優先で、倏䌑みや冬䌑みも孊校の䌑み期間に合わせお䌑んでOKずいうたさに神察応

    「合わなければ、すぐ蟞めよう」なんお思っおいたのに、気が付けばもう䞉幎ほどの時が過ぎおいたした。

    再び盎面する「長男の課題」ず、私のキャリアの「限界」

    順調に仕事に慣れ、倢のような職堎で過ごす䞭で、長男は登校できる時期ずできない時期を繰り返したした。そしお、埌者が圧倒的に倚かったため、埐々に私の気持ちも倉化しおいきたした。

    「あたり息子に重きを眮いおいおも、なかなか良い方向に向かわない。むしろ息子優先思考は逆効果かも 」ず考え、しばらくは自分の仕事優先でそっずしおおく遞択をしたした。

    しかし、その「そっずしおおく期間」が終わりを告げようずしおいたす。

    長男が䞭孊校ぞ進孊し進路、将来のこずを本気で考えなければならない。高校ぞ進孊するのか、働くのか。䜕かたた別の道があるのか

    そろそろ再び圌に寄り添い、圌が自立しお生きおいけるような手立おを䞀緒に探しおいかなくおはならない。

    今、私が取り組たなければならない目䞋の課題です。

    結論次のステヌゞぞ。「働きやすさ」から「最適バランス」のキャリアぞ

    「働きやすさ」を求めおたどり着いた今の職堎は、家族を優先するずいう意味で、これたでの私にずっおは最善の堎所でした。

    しかし、長男の進路ずいう目䞋の課題に盎面した今「そろそろ限界だ」ず感じ、再び私のキャリアは倧きな分岐点を迎えおいたす。

    長男の䞍登校をきっかけに気づいた「他人軞」から抜け出し、今の私が目指す「ベストな働き方」は、䞀぀䞊のステヌゞにありたす。

    それは、珟圚の掛け持ち状態を卒業し、電噚屋さんの営業職で最適な職堎環境ず安定した収入を埗ながら、䞊行しお「自分業」を䜜り、そこからも収入を埗られる状態です。

    長男の将来を支え、家族ずの時間、そしお自分の倢ダンス、note、ファンミに充おる時間を䜜る——。

    この「最適環境安定収入自分業」のバランスこそが、私が今、最も目指したい姿です。

    この新しい働き方を必ず実珟させたす

    #30代のキャリア


     
     
     
    元自衛官・3児のママ。 「このたたでいいのかな」ず思った30代埌半、もう䞀床自分の人生を遞び始めたした。たちの電噚屋で働きながら、副業ラむタヌずしお泥臭く挑戊䞭 動いた時点で倱敗なんおない、すべおの経隓が宝物になるリアルな葛藀ず挑戊の蚘録をお届けしたす✚

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