
雲の影界隈
学生時代というものを、たまにサッカーの試合のように思い出す。
校庭には線が引かれていて、チームがあり、追うべきボールがある。試合には流れがあり、味方の位置があり、敵もいる。笛が鳴れば始まり、笛が鳴れば終わる。勝ち負けもある。点を取れば喜ばれ、ボールから目を離せば叱られる。
たぶん、あの頃に追うべきものはボールだった。
成績、部活、友人関係、進路、教師からの評価、クラスの空気。そういうものが、学校という公式戦の中ではボールだったのだと思う。
けれど、たまに雲の影を追ってしまう子がいる。
風に吹かれて流れる雲の影が、校庭の端から端へすべっていく。足元の砂が一瞬だけ暗くなり、次の瞬間には明るくなる。その移動を目で追ってしまう。ボールは別の場所にあるのに、味方が呼んでいるのに、影の方へ走ってしまう。
外から見れば、何をしているのか分からない。
試合中である。ボールを追え。チームを見ろ。今はそれをする時間ではない。
大人はそう言うだろうし、たぶん正しい。
けれど、雲の影を追っている子には、雲の影が見えている。見えてしまっている。そこに何かがあるのだ。風の向き、光の濃淡、消えるものの速度。誰にも採点されないが、確かにそこには現象がある。
そして少し面白いのは、雲の影だけを追っていた者たちにも、その界隈だけのルールや勝敗があった気がすることだ。
誰が最初に影に気づくか。誰が最後まで追えるか。誰が「あれは消える」と言い当てるか。誰が一番遠くまで走るか。誰がそれを美しいものとして扱えるか。
公式戦ではない。記録にも残らない。通知表にも載らない。親に説明しても、たぶん困った顔をされる。
それでも、雲の影界隈には雲の影界隈の美学があった。
外から見れば、ただ数人がボールに背を向けて、空と地面を見ながら走っているだけである。教師には「何をしている」と言われる。サッカーをしている側からは「試合中だぞ」と思われる。
しかし本人たちの中では、かなり切実だった。
影に追いついたと思った瞬間、雲がほどけて消える。風向きが変わる。さっきまで濃かった輪郭が、急に校庭の砂にまぎれる。一番よく見えていた者ほど、最後に何も残らない。
それでも、「今の、すごかったよな」という感覚だけは残る。
学生時代とは、そういう非公式競技がそこらじゅうにあった場所だったのかもしれない。休み時間の廊下、図書室、部室の隅、帰り道。誰にも認定されない場所で、勝手にルールが生まれ、勝手に敗北し、勝手に誇りが育っていた。
忘れたくないな、と思う。
忘れなければ、大人ははみ出してしまう子を少しはフォローできるはずだ。
ボールを追えない子を、ただ怠けていると見るのではなく、この子はいま何を見て走っているのだろう、と一度考えることができる。雲の影を追っているなら、その影が消える前に、見えていたんだな、と言ってやることができる。
それは甘やかしではない。
公式戦に戻すためにも、まずその子がどこを走っているのかを確認しなければならない。ボールの場所を教えることと、その子の見ていたものをなかったことにしないことは、両立する。
ただ、本当の味わい深さは、そこから先にある。
雲の影界隈の人間は、大人になったからといって、急に器用になるわけではない。
仕事、家庭、生活費、税金、締切、社会的役割。大人の世界にも公式戦はある。むしろ学生時代より、ボールを追わなければならない場面は増える。見失えば生活に響く。試合を降りたつもりでも、別の試合に出されている。
それでも、まだ雲の影を見上げている人たちはいる。
職場の窓の外。スーパーの駐車場。信号待ちの道路。洗濯物を干すベランダ。病院の待合室。子どもを迎えに行く途中の道。
ふと地面の色が変わる。雲が流れる。ビルの壁に影が渡る。
その瞬間に「あ」と思う人は、まだいる。
あの頃、ボールをうまく追えなかった人たちが、ただ脱落したわけではない。別の町で、別の職場で、別の家庭で、別の文章の中で、まだ何かの影を追っている。
器用にはなっていない。
少しだけ隠すのがうまくなったり、公式戦に参加しているふりを覚えたり、一応ボールを見る技術を身につけたりはする。けれど、本質的には、目がそちらへ行く。
言葉の影。沈黙の影。誰かの言い淀み。社会のひずみ。消えかけた記憶。誰にも点数をつけられないもの。
そういうものを、まだ見てしまう。
これは、まあ悪くはない。
学生時代の雲の影界隈が、ただの未熟な逃避ではなく、大人になっても残る視線の癖だったのだとしたら。そこには傷もあるが、救いもある。
世界がボールと得点だけでできていないことを、まだ覚えている人たちがいる。
あの日、校庭を走っていた自分たちは、何もしていなかったわけではない。ただ、ボールではなく、消えるものを追っていただけだ。
点数も順位も、誰が勝ったかも、いつか薄れていく。
それなのに、雲の影だけは覚えていることがある。
足元をすべっていった暗がり。風の向き。誰かの声。追いついたと思った瞬間に消えた輪郭。何にもならなかったはずの一瞬。
大人になって、ふと気づく時が来る。
あの日の雲の影を思い出せる。
その贅沢に気づく時が来る。