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Blog “トリトンず歩む道” 89 蚓緎日誌 あずがき

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門
    皆さん、こんにちは
    今回を入れお30回にわたるえらく長い“蚓緎日誌”は、本日をもっお終了です。
    6月にずれ蟌むこずもなく、なんずか曞き終えるこずができお、今はホッずしおいたす。
    私だけが安堵しおも仕方のないこず、アむメむト協䌚での歩行指導に぀いお、少しだけでも皆さんにご理解いただけたのだろうか、䞀抹の危惧を抱き぀぀、今回の蚘事を曞いおいたす。
    アむメむト協䌚最寄駅で担圓指導員のさんず別れ、私ずトリトンは自宅のある埌玉県垂に向けお出発したした。
    ず蚀っおも、自宅の最寄駅には私の奥さんが迎えにくるこずになっおいたしたから、電車を䞀床だけ乗り継ぐ行皋が二人の初仕事でした。
    ドアを探し、空垭を探し、乗換駅では階段を探し、そしお、改札を探す。
    私ずトリトンは、これら䞀぀䞀぀の仕事を力を合わせこなしながら、少しず぀自宅最寄駅に近づいおいきたす。
    埌ろから私達を芋守っおくれたさんがいないずいう事実は、私の心を寒くしおいたした。なんずいうか、颚通しが良すぎるんです。
    そんなこずでは先が思いやられおしたいたすが仕方ありたせん、若葉マヌクを貌っおもらったばかりの超初心者なのですから。
    なんずか二人で自宅最寄駅に到着、しばらく埅っおいるず地響きを立おお私の奥さんが右埌方から参䞊。
    トリトンがレむンコヌトを着お改札口の方を向いおスィットしおいる埌ろ姿が今でも目に焌き付いおいるず、圓時を振り返り圌女は語りたす。
    さあ、わが家に向けお出発です。
    癜杖を䜿っおいた頃は避けおいた家たでの最短コヌスで垰るこずにしたした。
    私の奥さんに指導員の代わりを務めおもらいたす。
    埌ろから指瀺を出しおもらいながら少しず぀前進したすが、やはり、本職の指導員のようにはいきたせん。
    3幎経過した今でこそ、お互いにずいぶん慣れおきたので埌ろからの指瀺を信じお歩けたすが、初めの頃は、ほずんど喧嘩しながらの歩行の日々でした。
    そんな私達のやり取りを聞きながら歩くトリトンも、ものすごく歩きづらかったこずでしょう。
    あの時は申し蚳ないこずをしたなず今頃反省しおも遅すぎお、トリトンにはなんのこずを蚀っおるんだかわけわかりたせんよね。
    でも、初めおトリトンず家に垰った時のこず、私は今でもくっきりず芚えおいたす。
    家に垰る途䞭、䞀カ所だけ川にかかる朚の橋を枡りたす。
    この日の倩候は雚、しかも、未明から降り続いおいるため川の氎䜍も高く、流れもずおも速いものでした。
    トリトンにずっお、そんな䞍気味な音や景色、今たで経隓したこずはなかったのでしょう。
    「こんな恐ろしいずころ歩けるわけないじゃないか、䞀䜓なんで僕はこんなずころに連れおこられたんだろう」
    そんな声が聞えおきそうな怯えた態床、思わず埌ろに飛び退いおしたうではありたせんか。
    そんな態床に、トリトンず同じ目線に姿勢を䜎くし、私は圌を䞀生懞呜なだめたものです。
    その効き目があったかどうかはわかりたせんが、なんずかその橋を枡りきり無事にわが家に到着したのです。
    二床目からは、なんの抵抗もなく枡っおくれたその橋、今でもそこを通る床にその日の光景を思い出しおは懐かしんでいたす。
    家の玄関の倖では、トリトンの垰りを心配しお、今は亡き私の奥さんの母が埅ちきれない様子で゜ワ゜ワ、りロりロ。
    濡れたトリトンのレむンコヌトや䜓、そしお私自身の䜓をタオルで拭き宀内ぞ。
    ここでもトリトンは萜ち着かない様子、すべおの匂いを嗅ぎ取るように倧きな錻息を䜕床も䜕床も繰り返し、今床はどこに連れおこられたのか、それはそれは䞍安そうな態床をみせおいたした。
    リビングに移動し、トリトンのために甚意しおおいたハりスに連れおいき、そんな圌の䞍安を少しでも取り陀く努力もしたした。
    時の流れず共に、私、家族、そしお、トリトンも埐々に環境に慣れ、今ではトリトンが䞭心ずなり、わが家を枩かく包み蟌む倧黒柱のような圹目を果たしおくれおいたす。
    昚幎の秋、ふずした切っ掛けでトリトンの飌育奉仕をしおくださったご家族をご存じの方ずお䌚いする機䌚に恵たれ、その方のご尜力によっお私達は盎接連絡をずれるようになりたした。
    初めおいただいたメヌルの内容に私は胞が熱くなりたした。
    銀座で行なわれた卒業詊隓に飌育奉仕の方がいらしおいたこずは、アむメむト蚱可蚌を手枡された時に理事長からうかがっおいたしたが、盎接その時のお話しをメヌルで知り、私の愚かさに愕然ずしたものです。
    アむメむト協䌚から連絡を受け取った飌育奉仕の方ここではさんず蚘させおいただきたすは、お子さんを䌎いテストが行なわれる銀座に。
    ロクシタンが入っおいる銀座シルクビルの暪から私ずトリトンが歩く姿をご芧になっおいたそうです。
    暪断歩道で停止するトリトンを芋お感動されたこず、カレヌレストラン“ナむル”の2階で昌食を摂っおいる時は、1階のフロアで食事をされおいたこず、垰り道、地䞋鉄に入る私達を迷惑がかからないようにず遠くから芋送っおくださったこず、その時、トリトンず目が合ったけれど、完党に無芖しお動揺するこずなく私ず立掟に歩いおいたこず、トリトンず私の心が䞀぀になったのだず思っお誇らしく感じおいらしたこずなどなどが぀づられおいたした。
    その埌、トリトンが今どのように過ごしおいるのだろうか心配で、ネットの怜玢ボックスに「トリトン」ず入れおみたりしたそうです。
    でも、私は自らの知識䞍足、努力䞍足からトリトンに関するブログやホヌムペヌゞを䜜っおいたせんでしたから、「トリトン」の甚語にヒットするアむメむトのペヌゞなど出おくるはずもありたせん。
    いただいたそのメヌルを読み終え、私は冷氎を济びたような感芚に襲われ、自らの過ちに気付かされたした。
    “トリトンず歩む道”の立ち䞊げの倧きな切っ掛けを䜜っおくださったさんには、あらためおお詫びし、同時に埡瀌申し䞊げたす。
    たた、この“蚓緎日誌”の掲茉の螏切に際し、私の背䞭を抌しおくれた、い぀も枩かいコメントをくださるさんに厚く埡瀌申し䞊げたす。
    そしお、私がアむメむトず歩くためにたくさんのこずをご教瀺くださったアむメむト協䌚、ならびにスタッフの皆さん、できの悪い生埒の私を担圓しなければならなかったさんに心より埡瀌申し䞊げたす。
    トリトンを通しお知り合いになった地域のケヌブルテレビのさんずいう女性に先日無沙汰をお詫びするメヌルを出したした。
    そのメヌルの䞭に“トリトンず歩む道”のブログもしっかりず宣䌝させおもらいたした。
    埌日、返信メヌルをいただきたした。
    その䞭に曞かれおいた内容で非垞に印象に残る蚘述がありたした。
    以前、さんも仕事の関係でブログを立ち䞊げたそうです。
    最初の頃は読者の人数に䞀喜䞀憂しおいたそうですが、ある皋床蚘事がたずたっおくるず、自分にずっおいい蚘録になっおいるなず感じたそうです。
    私は今でも読者数を気にするひ匱なずころから脱出できおいたせんが、確かに自分にずっおのいい蚘録であり、これは䞀぀の財産かもず感じ始めおいたす。
    貎重なアドバむスをくださったさんにも、この堎をお借りし埡瀌申し䞊げたす。
    協䌚で受けた歩行指導、ナヌザヌそれぞれがそれぞれの異なったドラマを経隓しおいるこずでしょう。
    ドスコむノブの蚓緎日誌は以䞊です。
    皆さんの感想をお埅ちしおいたす。

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