
「救い」って、びっくりするくらい足元に転がってたりするよね
今年も行ってきました、生活のたのしみ展。
去年食べた、工場直送のポテトチップの美味しさが忘れられなかったのが一つ。
もう一つは、去年見て「素敵だな〜」と思っていたミチルさんの「氷山になるティッシュケース」を買うため。
ミチルさんのショップでは、もう一つ、コップも一目惚れして買った。
ホクホクでブースを出ようとすると、角に「言葉をつけるキーホルダー」というガチャガチャを発見。
見てみると、
「自信」
「白黒」
「けじめ」
というデザインされた文字が書いてある。
「出た言葉が、きっと今の私に必要な言葉なんだろうな」と、勝手に意味づけをして、迷わず回した。
お守りになりそうな「自信」か、面白い人でありたいから「オチ」のどっちかが出たら嬉しいかな〜と思い、ガチャコンガチャコンと回す。
出てきたのは「ひとだんらく」だった。
「ひとだんらくして、また頑張れってことかな〜」と、勝手に納得してその場を離れた。
家に帰り、ガチャガチャに付いていた説明書の紙を見ると、ラインナップとともに、それぞれの言葉に対して一言メッセージが添えられていた。
自信→あなたなら大丈夫!
白黒→つけたりつけなかったり
「ひとだんらく」のところには、「がんばりすぎなあなたに」。
私は、自分が常に怠惰で生きていることを後ろめたく思っている。
自分の人生の舵も切れず、流されるがまま生きてきて、どこに進みたいかもわからない。
30代になっても、キャリアも積んでいなければ、我が子や部下を育てるどころか、まだ親の脛を齧ってばかりいる。
ずっと、ずっと、誰でもない「自分に」後ろ指を刺され続けている。
だからこそ、私は「ひとだんらく」という言葉に対して、「一旦ちょっと休んでエネルギーチャージしたら、こっからもっと頑張れ」というメッセージ性を読み取っていた。
でも、一言メッセージからするに、「頑張りすぎているから、ひとだんらくしなよ」というメッセージだったらしい。
これに気づいた瞬間、どれだけいつも私が自分を責め続ける思考回路をしているかというショックと、言葉がくれた思わぬ優しさに、両側面から頭を優しく殴られた気持ちになった。
その優しい痛みに、少し泣きそうになるくらい。
実際、私は全然頑張ってはいないと思う。
でも、「こんなに世界が怖くて、気にしいで、ネガティブな性質なんだから、日々生きているだけで十分頑張ってるのかもな〜」と、ふっと肩の力が抜けた。
一度頭を殴られても、すぐには「私、頑張ってるわ」とはなれないけれど、
これからは物理的にも、気持ち的にも、「ひとだんらく」をつけて、日々を過ごしていきたい。