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連作短編「前世の記憶」第5話 ???の計画

    あらすじ
    幼い頃に母から前世の記憶について聞かされた私は、大人になり、自身の前世も母と同じ生物であったことを思い出す。母からの教えに従い、前世の生物の生態に沿った人生を送ることを決断した私は、ある計画のために“ターゲット”となる人物を探し始める。
    前世の記憶に翻弄される主人公たちを描く、連作短編第五話。


    私が5歳の頃、母によく喫茶店に連れて行かれた。ある日、いつものように大好きなミルクティーを飲んでいると、突然母からこう告げられた。

    「わたしね、前世の記憶があるの。」

    それから、母は自分の人生について話してくれた。母はこれまで、前世の記憶に従って生きてきたという。

    細かいことは覚えていないが、母は、前世の生物の生態に沿った人生を歩み、そのおかげで幸せな人生を送ることができたそうだ。

    その生物の名前を、私は長いこと忘れていた。しかし、社会人になって2年目の春、突然その名前を思い出した。それと同時に、私は自分の前世の記憶を思い出した。私の前世は、母の前世の生物と同じだったのだ。

    私は、母から教わったことに従い、前世の生物のような人生を歩むことにした。私は、ある計画を立てた。そのためには、“ターゲット”となる人間が必要だ。

    毎週金曜日の仕事終わり、私は歓楽街に出かけた。バーカウンターで一人で飲んでいると、何人かの男性が近づいてきて話しかけてきた。私は顔が良いようで、昔から何もしなくても、自然と人が集まってきた。

    ある日、一人の男性が私に声をかけてきた。ボサボサの髪型だが、清潔感があり、顔立ちは整っていて、あらゆる人を惹きつける雰囲気をまとっていた。どこか“ライオン”のような印象がある男性だった。

    私は彼と話をした。彼は宍戸巧と名乗った。私と同い年だそうだ。彼はとても聞き上手で、私の話に余計な口を挟まず、適度にあいづちを打ってくれる。心地よい会話のリズムを作るのが上手だった。しかし、話していてわかってきた。彼は、私と同じ種類の人間だ。相手に従うタイプではなく、相手をコントロールしたいタイプ。私の計画の“ターゲット”には、なりそうにない。

    お酒もあってか、話すつもりが無かったことまで話してしまった。子どもの頃、母に前世の記憶があることを告げられたことや、私自身も母と同じ前世の生物だった記憶があることについてだ。

    それを聞いて、彼の表情が変わった。何かが降りてきたような、乗り移ったかのような、そんな表情だ。彼はしばらく黙りこんで考えていた。そして、突然こんな質問をした。

    「君、仕事の休みはいつ?」

    本当は土日休みだったが、誘われると思い、「シフト制なので決まった休みはありません。」と答えた。“ターゲット”になり得ない彼に、他で会う理由がない。彼はその答えを聞いて、急速に私への興味を失ったようだ。その質問を最後に店を出て行ってしまった。

    ーーそれから数日後、“ターゲット”となる人物と、職場で出会った。

    私は、博物館や美術館のディスプレイに携わる会社で働いている。その会社が、清掃業務を行う企業と提携することとなり、その会議の場に私は参加した。

    そこに、“ターゲット”となる彼がいた。

    名前は鎌田陸。目は少し吊り上がっていて、少し猫背な彼は、カマキリのような印象の男性だった。会議中、私をチラッと見ては、すぐに目を背けていた。

    会議が休憩に入ったとき、彼が小銭入れを手に取るのが見えた。それを見て自動販売機に向かうと踏み、私は先回りして待ち伏せした。

    すると、彼から声をかけてきた。

    「針生さん・・・、でしたよね。おつかれさまです。」

    私は振り向いて応えた。

    「あ、鎌田さん、おつかれさまです!鎌田さんも、飲み物買いに来たんですか?」

    元気な感じで返事をしてみたが、彼は少し引いているように見えた。彼はこう答えた。

    「そうです。子どもの時からミルクティーが好きで。頭を使う時に、よく飲むんですよ。」

    そう言う彼は緊張しているのか、早口だった。

    偶然か運命か、私と同じで、彼もミルクティーが好きなようだ。私は目いっぱいの笑顔を作りながらこう言った。

    「私も一緒です。母と、小さい時に喫茶店で一緒に飲んだ思い出があって・・・。なんか、一緒だとうれしいですね。」

    方針を修正し、穏やかな口調で、ゆるふわな雰囲気で話してみた。照れるような俯き加減で彼を見ると、彼も私のことをじっと見つめていた。表情は先ほどより緩んでいる。なるほど、こっちか。この路線でキャラを作っていこう。

    私は子どもの頃から、人の趣味嗜好を感じ取ることが得意だった。それを元に相手が求めている理想の人間を演じることが、私の特技だった。そうすると相手の気持ちがほぐれ、次第に私の思い通りにコントロールできるようになっていく。

    彼から連絡先の交換を提案された。予想したよりも簡単に食いついてきたので驚いた。これは、良い相手に巡り合った。

    私は鎌田陸を“ターゲット”にすることに決めた。彼から誘われた食事の席では、彼が好む理想の女性を完璧に演じた。3度目の食事の後、彼から告白され、付き合うことになった。

    それから、私はあえて少し距離を置くようにした。彼をより惹きつけるための方法だ。今まで距離が近かった理想の相手が、付き合った途端に離れていく。そうなると、人間の心理としては不安になるだろう。相手を手放さないために、多少無理な要求でも、聞き入れるようになっていく。

    案の定、彼も私の要求を聞くようになった。初めは、行列のできるスイーツが欲しいという、かわいい要求から始まり、ブランドのバッグを要求したり、友だちと遊ぶ際の送り迎えも要求した。

    次第に要求をエスカレートさせた。

    「アイドルのグッズを買うために朝早くから並んでほしい」
    「韓国でしか売っていない美容コスメを買ってきて欲しい」
    「家賃を3ヶ月分支払って欲しい」

    これは、実験でもあった。彼がどの程度の要求なら、嫌がらずに聞いてくれるかの実験だ。しかし、彼はどの要求にも嫌な顔一つせず、むしろ喜びの表情を浮かべて聞き入れた。予想以上の実験結果だが、計画は順調だった。

    ーーそんな中、しばらくして、私は“ライオン”の雰囲気を持つ、宍戸巧と再会した。仕事帰りに偶然、すれ違ったのだ。会ったのは1年半も前の一度きりだったが、お互い顔を見てすぐに気づいた。

    宍戸は私に、少しだけ話さないかと誘ってきた。丁重に断ろうとしたが、彼に「“前世の記憶”について話したい。」と言われ、少しだけならと受け入れた。

    近くにあったカフェで向かい合って座った。宍戸は座った途端にこう言った。

    「俺の前世はライオンだ」

    驚く私に構わず、宍戸は続けた。宍戸は、1年半前に私と会話した時に、自分の前世を思い出したそうだ。

    宍戸は前世を思い出した当時は、前世と同じような人生を歩もうとしたそうだ。しかし、色々あって、今はそうはしていないらしい。

    宍戸はこんな話もした。前世の記憶を思い出す条件だ。

    「俺は昔から気になると調べたくなるタチなんだが、俺は一つの仮説を立てた。それは、前世の記憶を誰かに伝えると、その伝えられた相手が、前世の記憶を思い出すのではないかということだ。」

    宍戸は、幼馴染み二人に前世の記憶について話をしてみたらしい。すると、その幼馴染は、二人とも数日後に、前世の記憶を思い出したそうだ。

    他の知り合い5人にも、同じように前世の話をしてみたそうだ。記憶を思い出した場合に連絡して欲しいと伝えると、3日後や3週間後など時期にばらつきはあるが、1ヶ月以内には全員思い出したそうだ。まるで感染症のように、前世の記憶は伝染していくらしい。

    「君のように、十数年経ってから思い出すパターンは珍しいかもな。もしかしたら、君も一時的に忘れていただけで、告げられた時にはすでに思い出していたのかもしれないが。」

    そう言われると、私も母から告げられた時期に一度思い出したような気がする。おそらく、幼いときの妄想だと思い、記憶の奥にしまっていたのが、最近思い出されたのだろう。

    また、彼曰く、前世の記憶を覚えている期間は、人によって違うらしい。彼の幼馴染の一人、段田理央が前世の記憶を覚えていた期間は、数時間だそうだ。しかし、もう一人の幼馴染である持田加子は、今でも前世の記憶が残っていると言う。感染症に例えるなら、潜伏期間や症状の出る期間が人によって異なるということのようだ。

    宍戸も現在は前世の記憶を失っているそうだ。記憶があったという事実は覚えているが、記憶が甦った当時の、映像のような鮮明な記憶は残っていないという。

    前世の記憶について、ここまで精密に調べ、理論立てて説明したことに、私は感心していた。彼はライオンより人間、特に研究者が向いているような気がする。

    「以上のことを踏まえて、俺から君にアドバイスを一つ。前世の記憶に縛られない方がいい。前世の記憶は人生を狂わせる力がある。良い方に転ぶこともあれば、悪い方に転ぶこともあるが…。どちらにせよ、元の人生を壊してしまう。前世の記憶は呪いだ。その呪縛から解放されるには、前世の記憶を意識しすぎないことが得策だろう。1年半前に君と話した時から、君は前世の記憶にこだわりすぎていると思ったから、ずっと心配していたんだ。前世の記憶で人生を狂わされた人を、俺は何人も見てきたから。」

    宍戸は最後に、「でも、前世の記憶に従うかどうか、最終的に決めるのは君自身だけどね。」とも付け加えた。

    宍戸と別れた後、私は彼の言葉を考えていた。私は前世の記憶に縛られているのだろうか。前世の記憶は本当に呪いなのだろうか。しかし、母はそうすることで幸せになれると話していた。母が間違っていたことなど、今までで一度もない。

    計画はもう最終段階に来ている。途中で止めたら、これまでの努力が無駄になってしまう。

    これは、私の夢を叶えるための計画…。“ターゲット”に、私の夢を実現させるという計画だ。私の夢は画家になることだった。

    私は、鎌田陸に自分の夢のことを伝えた。鎌田の姉は美術関係にコネがあるということを、前に聞いて知っていた。彼は、姉に頼んでくれて、私は有名な画商と会食することになった。

    画商の彼はまだ30代と若かったが、その界隈で注目されている人物だそうだ。彼と話をする時、私はいつもの特技を発揮した。彼の前では、「芯があるが、抜けたところがある女性」を演じた。会って2時間で、彼は私に夢中になった。

    画商の彼は、私の絵をフランスのオークションに出品できるようにしてくれた。また、フランスの有名画家に頼み込み、その画家のお手伝いとして働きながら、絵を教えてもらう約束を取り付けてくれた。

    私の特技が思う存分発揮された。鎌田陸と画商の彼をどちらもコントロールして、私の夢に誘導していった。

    しかし、予想外のことが起こり始めた。鎌田が、フランスに住む家を探し、契約を済ませてきたのだ。その家は、私1人用ではなく、2人で住むための家らしい。彼は、私がして欲しいことを予想し、先回りしてやってくれるまでになっていた。しかし、この動きは想定外だった。

    フランス行きが決まったら、鎌田と別れるつもりだった私は、困惑した。彼に対し、そっけない態度を取ったり、連絡を数週間取らないでみたりしたが、彼は私から離れなかった。

    仕方ない。彼を連れて行くほかないだろう。私は彼を邪魔だと思い始めていた。連れて行った後、彼をどう処分しようか…。私は頭の中で、別の計画を立て始めた。

    ーー数ヶ月後、私は鎌田と一緒に、フランスに降り立った。

    家に到着すると、いきなり後ろから彼に抱きしめられた。背筋がゾワっとする。興味を失った人間に抱きしめられることが、ここまで不快なものなのか。そんな気持ちを悟られないように、いつもの特技を発揮し、彼の好みの女性を演じた。

    ーーベッドで彼と一緒に横になりながら、私は、彼にこう言った。

    「私ね。前世の記憶があるの。信じられないと思うけど、本当なの。私の母も、私と同じ生き物が前世だったみたい。私の母は、前世の生物と同じような生き方をしたんだって。それを聞いてから私、お母さんと同じような人生を歩むことにしたんだ。お母さんは、とても幸せそうに見えたから。けど、不安が無いわけではないの。本当にこれでいいんだろうかって思うこともある…。」

    自分でも、どうしてここまで話してしまったのかわからない。最後になるであろう会話で、自分の本心を、彼に伝えておきたくなったのかもしれない。

    彼は、私の話を静かに聞いていた。そして彼はこう言った。

    「その話が本当なら、生まれ変わることができるってことだよね。そうだったらとても素敵なことだと思う。生まれ変わった、来世でも、君と一緒に…。」

    その言葉の後、彼は眠りについた。飲み物に混ぜておいた睡眠薬が効いてきたようだ。

    私は静かにベッドから抜け出し、ナイフを手に取り、再びベッドの側に戻った。彼を見つめながら考える。殺す必要があるだろうか。しかし、彼は、私がコントロールできないくらい、私にのめり込みすぎている。このまま放置したら、いずれ私の足かせになるだろう。私の前世を考えても、この決断が最適なはずだ。私の前世の生物は、ターゲットが不必要となったら、切り捨てる生物だ。

    前世の私は、“ハリガネムシ”だった。

    ハリガネムシは名前の通り、針金のように細長い体をした生物で、カマキリに寄生することで知られている。カマキリの腹の中で成長したハリガネムシは、カマキリの脳を操り、水に飛び込ませる。すると、ハリガネムシはカマキリから抜け出し、水の中に出る。

    そう、私はハリガネムシのように、画家になると言う目的地に向かうために、彼を利用したのだ。

    水に飛び込んだカマキリは、死ぬことになる。用済みになった宿主には死が待っているのだ。

    「前世の記憶に従うことで幸せになれる。」

    私はそう心の中で強く言い聞かせた。そして、ナイフを鎌田陸の腹に深く刺した。

    彼がうめき声をあげて目を開けた。自身の腹を見て、次に私の顔を見た。私の顔を見て彼はニヤッと笑った。私は困惑した。なぜ彼は笑っているのだろうか。

    声は出なかったが、彼が「どうして」と言っていることが、口の形でわかった。それに応えるように、私は、「あなたは、重すぎる。」と、伝えた。

    彼はそれを聞いて、また幸せそうに笑った。私は自分の顔がひきつるのを感じた。自分が死ぬ時でさえ、この男は私のためになることに喜びを感じているようだ。鎌田陸は、幸せそうな笑顔のまま静かに息を引き取った。

    数分後、画商の彼が家を訪ねてきた。この時間に来るよう、私が呼んでおいたのだ。そして、彼の死体を見て驚愕した。

    「これは、どういう…。何があった?!」

    彼は混乱しているようだ。

    彼には、ストーカー被害を受けていると伝えてあった。そのストーカーが鎌田であり、いきなり家に押し入って襲ってきたので、揉み合ったはずみに殺してしまったと話した。

    「どうしよう。」と私は涙ぐみながら彼を見つめた。

    すると、彼から私の望んだ通りの答えが返ってきた。

    「おれが全ての罪を被る。」

    数時間後、警察が到着。画商の彼は自首し、逮捕されていった。私は警察で事情聴取を受けたが、私が疑われている感じは一切しなかった。そこでも、私の特技が発揮されたのだ。

    こうして、私の計画は達成された。


    ーーそれから7年後。
    私は、フランスで絵を教わっていた画家と結婚生活を送っていた。結婚して2年後に生まれた息子は、今年で5歳になった。

    画家としての仕事も順調で、度々個展を開くと、絵が数十万で売れるようになった。

    やっぱりお母さんの言った通りだった。前世の記憶に従うことで幸せになれた。それなのに、胸の奥に虚しさを感じるのはなぜだろう。

    ある日、私は5歳の息子をカフェに連れて行った。ミルクティーを美味しそうに飲んでいる息子に、私は前世の記憶について伝えた。そうすることで、息子もいずれ、前世の記憶を思い出すだろう。

    「あなたも大きくなったら、前世の記憶に従ってね。そうしたら絶対幸せになれるから。」

    そう伝えた後、息子の表情が変わった。何かが降りてきたような、乗り移ったかのような、そんな表情だった。

    息子は、私の顔をじっと見て、ニコッと笑ってこう言った。

    「今世でも、また会えたね。針生未来さん。」

    私は息子の顔を見て鳥肌が立った。息子の目は少し吊り上がっていて、どことなく“カマキリ”に似ていた。


    (おわり)

    #創作大賞2026 #ファンタジー小説部門
    #小説 #短編小説 #創作記録 #前世の記憶

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