【雲間月怪異譚】 第63話後始末談
【雲間月怪異譚】第63話 寺の和尚さん依頼話の後始末
事の仔細を雲外鏡爺に話した。
「そうか。まだ収まっておらんのだな」
「うん。僕としては、これで一件落着だと思ってたんだけどね」
「わしは、和尚の憂いを晴らしたかっただけなんじゃがのう。本気の心霊スポットになってしまったではないか?」
雲外鏡爺は、困ったように笑った。
保は肩をすくめる。
「僕は、警察官でも探偵でもないからね? お寺で墓地なんだから、静かで良いんだよ」
「そういう問題かの?」
「まあ、あの浴衣の彼女が悪霊感出してきたら教えてね? でもさ、ちゃんと和尚さんがお経をあげてくれてれば大丈夫じゃない?」
件の女性も、本懐は遂げたのだと思う。
友人の妬みや嫉妬から、彼氏に恋慕され、その彼氏もまた、とんでもないクズ男だった。
自分を殺した二人への恨み。
それを吐き出せたのなら、もうこの世に留まる理由もない。
……そう思いたい。
後日、秋野さんに会った。
「公開ライブ、お疲れ様でした。反響は如何でしたか?」
「事件も起きちゃいましたからね。にわかブームはあるでしょうけど、そのうち落ち着くでしょうね」
「でも、あの墓地の泣き声は、まだ解決していないでしょう?」
「へ?」
思わず聞き返した。
「浴衣の女性だったでしょう?」
「それは、トイレの怪異ですわ」
秋野さんは、にっこり笑った。
「墓地の泣き声は、別の話です」
「あや……いや、それは……」
僕は冷や汗をかいた。
「まあ、和尚さんに聞いておきますね」
そう答えるしかなかった。
秋野さんの胡乱な眼差しから逃げるように、その場を後にする。
……どうやら。
この話は、まだ終わっていなかったらしい。
◇◇◇
それから、さらに数日後。
「ここが、先日の公開ライブが行われた墓地だよね?」
「ああ。場所はボカされたけど、俺の従兄弟がこの近所に住んでてさ。間違いないよ」
「廃寺に墓地なんて、肝試しには最高じゃん!」
若い男女のカップルが、寺の境内へ足を踏み入れた。
片手には懐中電灯。
もう片方にはスマートフォン。
「ねえ、本当に出るの?」
「出たら動画にしようぜ。バズるかもよ?」
二人は笑いながら、墓地へと続く細い道を進んでいく。
夏の夜だというのに、境内には妙に冷たい風が吹いていた。
木々がざわめく。
墓石の間を、風が抜けていく。
「……なんか、雰囲気あるね」
「だろ?」
スマートフォンのライトを頼りに、二人は墓地の奥へ進んでいく。
その途中。
「あ、あそこじゃない?」
「何が?」
「ほら。トイレ」
「ああ、例の?」
二人は顔を見合わせた。
そして――
「行ってみようよ」
「マジで?」
「だって、せっかく来たんだし」
二人はキャーキャー騒ぎながら、トイレへ向かっていった。
その声が、夜の境内に響く。
……ひとしきり騒いだ後。
「なあ」
「なに?」
「墓地ってさ……こんなに広かったっけ?」
「え?」
男が振り返る。
懐中電灯の明かりが、墓石を照らす。
一つ。
二つ。
三つ。
どこまでも並んでいる。
「……さっき、ここ通ったよな?」
「うん」
「じゃあ……」
男が、指を差した。
少し離れた場所に、古びた墓石がある。
その前には、誰かが座り込んでいた。
白い服。
長い髪。
背中を丸めている。
「……人?」
女が小さく呟いた。
すると。
その影が、ゆっくりと揺れた。
肩が震えている。
「泣いてる……?」
二人の間に、沈黙が落ちた。
その時だった。
「……うっ……」
女のすすり泣く声が、夜の墓地に響いた。
二人は顔を見合わせる。
「……帰ろう」
「うん」
今度は、どちらも笑わなかった。
二人が後ずさった、その瞬間。
墓石の向こうから。
もう一つ。
女の泣き声が聞こえた。
「……うっ……うう……」
そして。
さらに奥から。
もう一つ。
「……うう……」
また一つ。
「……うう……」
泣き声が、墓地のあちこちから響き始める。
二人は動けなかった。
墓地の奥。
そのさらに奥。
闇の中から、いくつものすすり泣きが重なっていく。
まるで。
墓地に眠る誰もが、いっせいに泣き始めたかのように。
「……ねえ」
女が震える声で言った。
「……帰ろうよ」
男は答えなかった。
ただ、懐中電灯を握りしめたまま。
墓地の奥を見つめている。
そこには――
誰もいない。
……はずだった。
翌朝。
寺の和尚が境内を掃除していると、墓地の入口にスマートフォンが一台、落ちていた。
画面は割れている。
動画は、最後まで録画されていた。
再生すると。
暗い墓地を映した映像の中から、二人の慌てた声が聞こえてくる。
そして最後に。
画面の外から。
女の声がした。
「……どうして、泣いてるの?」
その声に。
別の女の声が答えた。
「……あなたも、泣いてるじゃない」
そこで動画は途切れていた。
