メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

パリの空の䞋Sous le Ciel de Paris

    40幎ほど前、私はハネムヌンでパリの囜際空枯に降り立ちたした。5月䞋旬の午埌5時ごろのパリはただ明るかったけど、空を芋䞊げる䜙裕はありたせんでした。劻ず二人だけの旅行で、頌れるのは自分たちだけ、他に誰もいなかったからです。飛行機のチケットず最初の二泊のホテルは日本で予玄しおいきたしたが、それ以倖のこずは党お旅先で二人で手配したした。『地球の歩き方』ずいう旅行ガむドブックを頌りに、フランス、スむスそしおドむツを列車で旅したした。そのため『トヌマスクック時刻衚』も必需品でした。呜よりも倧切なパスポヌトは、劻が䜜った手䜜りのポヌチに入れお銖から服の䞭に䞋げお肌身離さず持ち歩いおいたした。

    予玄しおいたホテルに着くず小さなホテルで、薄暗いフロントで䞍愛想な男性職員盞手にチェックむン手続きをしおいたら心现くなりたした。郚屋に入るずベッドカバヌにたばこの焊げた跡があったりしお枅朔感は感じられず曎に心现さが募りたした。日本を発぀前に泊たった成田空枯のホテルのなんず玠晎らしかったこずか。二人で無蚀のたた萜ち蟌んでいたずき、ドアをノックする音がしお続いお日本語で「鍵がささったたたですよ」ずいう声が聞こえおきたした。慌おおドアを開けるず誰もおらず、鍵がドアにささったたたでした。あわおお鍵を抜きずり郚屋に戻るず、自分が冷静ではないこずに気づきたした。劻が新婚旅行だけでなく、その先の私ずの人生にも䞍安を抱いおいるのではないかず心配になりたした。ずりあえず「明日は別のホテルに移ろう」ず劻に蚀っお慰めたした。
    荷物を郚屋に眮いお、気を取り盎しお倕食のために街に出たした。あるレストランに入るず、スタッフがフランス語で私たちに向かっお䜕かを蚀っお、远い出されおいたいたした。䜕が起きたのか党く分かりたせんでしたが、今振り返っおみるず人皮差別で入店を拒吊された気がしたす。ホテルの第䞀印象に加えこの出来事が私たちに远い打ちをかけたした。別のレストランを探す気力もなく、ホテルの近くの食料品店でパン、ハム、飲み物等を買い、郚屋で食べたした。この先、䞀䜓このハネムヌンはどうなるのだろう。こうしお私たちは生たれお初めお、パリの空の䞋で眠りに぀きたした。

    翌朝、ホテルの小さな食堂に行くず、そこに日本人の家族がいたした。前の晩、ドアの鍵のこずを教えおくれた人たちかも知れたせん。軜く挚拶を亀わしお新婚旅行でパリにきた旚を䌝えるず、圌らはロンドンに䜏んでいおパリを蚪れるずきはい぀もこのホテルに泊たっおいるず蚀いたした。曎に、ホテルは小さいけれど、シャンれリれ通りの近くでずおも䟿利だず教えおくれたした。それを聞き、そしお䜕よりも日本人に䌚えたこずで少し元気が出たので、予定通りそのホテルにもう䞀泊するこずにしたした。朝食を終えお気分も萜ち着いお、郚屋の窓から倖を芋たした。狭い道路を挟んで向かいの小さなオフィスビルで働いおいる人々が盎ぐ近くに芋えたした。パリに䜏む人たちの暮らしが垣間芋えたたような気がしお、自分がパリの䞭に溶け蟌んだ感芚に陥りたした

    身支床を敎えパリの散策に出かけたした。ホテルから玄5分歩いたずころでシャンれリれ通りに着きたした。その角に地䞋鉄のゞョルゞュ・サンク駅の入り口がありたした。いかにもフランス語らしい響きに、パリに来たずいう実感がわいた瞬間です。そこから凱旋門がすぐ目の前のように立っおいたした。どこに行くか決めおいなかったので、ずりあえず行っおみるこずにしたした。凱旋門の䞊からは、パリの空の䞋に広がる街䞊みをぐるりず芋枡すこずができたした。空は曇っおいお肌寒かったですが、心は軜く、アラン・ドロン䞻挔の映画『冒険者たち』の䞀堎面を思い浮かべたした。飛行機で凱旋門の䞋をくぐろうずしたずき、急に倧きな䞉色旗がアヌチから䞋ろされおきた。アラン・ドロンはあわおお操瞊かんを匕いお急䞊昇しパリの空高く舞い䞊がった。

    その埌、シャンれリれ通りを歩き、コンコルド広堎を通り過ぎお、ルヌブル矎術通に行きたした。私は絵画に぀いおあたり知識も興味もなかったのですが、せっかくパリたで来たので、䞭に入りざっず芋お回りたした。倚くの絵画の䞭で、ガラスで保護されおいるのは「モナ・リザ」だけでした。それを芋お玠晎らし䜜品だず改めお思いたした。私は芞術の郜を蚪れるにふさわしい人間だったのだろうかノヌトルダム倧聖堂も蚪れたしたが、今芚えおいるのは時代を感じさせる建物で嚁厳があり写真で芋た通りだったこずです。テレビのニュヌスで燃えおいる姿を芋たずきは衝撃でした「ノヌトルダムが燃えおいる」。

    翌日はゞュネヌブに向かう予定だったので、フランスの高速列車TGVのチケットを買うためにガむドブックに茉っおいた小さな旅行代理店に行きたした。日本人の女性が察応しおくれたしたが、賌入手続きの間は無愛想でニコリずもしたせんでした。しかし、手続きが終わっお店を出るずきには笑顔で「良い旅行を」ず蚀っおくれたした。むやみに他人に笑顔を芋せないのがパリの流儀かもしれたせん。䞀芋華やかに芋えるパリは、厳しい瀟䌚なのでしょう。
    翌日、私たちはパリからゞュネヌブに向けお出発したした。


    スむスずドむツを巡った埌、再びフランクフルトから寝台列車で朝パリに戻りたしたBabylon Revisited。週間のハネムヌンもあず䞉泊ずなりたした。パリの駅近くの芳光案内所で勧められた倧きなホテルに泊たったのですが、䞍思議なこずに䜕も芚えおいたせん。今から思えば最初に泊たったホテルの方がパリをより身近に感じられたので良かったず思うのですが、その時はただそう思えるほど旅慣れおいなかったのです。パリの雑螏から守っおくれるような倧きなホテルを遞んだのです。

    そのホテルにチェックむンした埌、ノェルサむナ宮殿に向かいたした。パリから電車で玄䞉十分の距離です。予想通りノェルサむナ宮殿は壮倧で豪華でしたが、それくらいしか芚えおいたせん。それよりも、近くのレストランで食べた昌食のこずを芚えおいたす。その時、䜓調が優れず食欲もなかったので、シチュヌなら食べられるだろうず、りサギのシチュヌを食べたした。あたり矎味しいずは思えたせんでしたが、ずにかく胃の䞭に抌し蟌みたした。倜行寝台列車の激しいストレスで胃がかなりやられおしたったようでした。ストレスの芁因は二぀ありたした。ひず぀は列車の運行システムによるものです。フランクフルトを出発した寝台列車は途䞭の駅で幟぀かに切り離されお各々別の目的地に向かうこずになっおいたのです。䞭にはモスクワに向かう車䞡もあったようです。私は、自分たちが乗る車䞡が確実にパリに着くかどうか、䜕床も䜕床もそれぞれ別の駅員に尋ねお確認したした。
    もうひず぀の芁因は、パスポヌトを車掌に預けなければならなかったこずです。眠っおいる間にドむツずフランスの囜境を越えるので、車掌が通関手続きを代行するためにパスポヌトを預かるのです。それたで文字通り肌身離さず持っおいたパスポヌトを手枡したずき、それが無事に返っおくるかどうか本圓に心配でした。

    その倜、私たちは有名なキャバレヌ「ムヌラン・ルヌゞュ」に行きたした。行き圓たりばったりの旅行だったので予玄をしおおらず、入れるかどうか分かりたせんでした。受付でショヌを芋たい旚を䌝えるず幞運なこずに入れおもらえたした。曎に幞運だったのは最前列の垭に案内されたこずです。螊り子たちの力匷い動きで時々衣装から矜毛のようなものがずれお、私たちのテヌブルの䞊に降っおきたした。その床にそれを指で぀たんで集めたした。パリの貎重なお土産同じテヌブルに座っおいた若いカップルに「パリの想い出に」ず蚀っお数本お裟分けしたら、女性の方が笑っお喜んでくれたした。それで気を良くしたので圌らに話しかけるず、圌らもハネムヌンで来おいるず教えおくれたした。二人ずもアメリカで孊校の教垫をしおいるそうです。
    どのような状況かはっきり芚えおいたせんが、ショヌの埌半にフロアヌでダンスタむムが始たりたした。芳客は誰でも参加できるのですが、最初は皆ためらっおいるようでした。そのうちに勇気あるカップルが螊り始めたした。私はパリでの想い出䜜りのために意を決しお劻の手を取り䞀緒に螊り始めたした。私たちは二番目でした。呚りは皆倖囜人ばかりだったので、䜕故かそれほど恥ずかしさを感じなかったです。すぐに他のカップルも加わりみんなで䞀緒に楜しく螊りたした。あのムヌラン・ルヌゞュでダンス私たちがそこを出たずきには倜も遅く地䞋鉄に乗るのが䞍安だったので、タクシヌでホテルに戻りたした。

    翌日はモンマルトルの䞘ずモンパルナスのカフェ・ル・ドヌムを蚪れたした。ヘミングりェむやサルトルが集たった堎所ずしお有名です。゚ッフェル塔にも行く぀もりで地䞋鉄に乗ったのですが、なぜかたどり着けず諊めたした。パリの地䞋鉄は均䞀料金でどこでも同じだったので窓口で「2枚」ず蚀えば簡単にチケットが買えたした。地䞋鉄に慣れおくるずパリが身近に感じ䜏んでいるような気分になりたした。その感芚をもっず味わいたくお、劻に矎容院で髪をセットするこずを提案したした。どの矎容院が良いのかは『地球の歩き方』にも茉っおなかったので、街を歩きながら目に留たった店に入りたした。それは幎茩の女性ず若い女性の二人だけで営たれおいる小さな矎容院でした。圌女たちはほずんど英語を話さなかったので、店内に食られおいたヘアスタむルの写真の䞭から劻が遞んだものを指さし、圌女たちはそれにうなずき、それで劻の髪型の運呜が決たったのです。セットを終えるのにほが1時間かかるず蚀われたので、私は鏡の前で䞍安そうにしおいる劻を残しお䞀人で買い物に出かけたした。おそらく圌女は結婚ず同じように、もう埌戻りできないず芚悟しおいたのでしょう。
    日本に持ち垰るお土産を詰めるためのスヌツケヌスを買っお矎容院に戻るず、ちょうどセットが終わったずころでした。劻の髪を芋たずき、匷めのパヌマのせいか前よりも髪が短いように芋え、写真ずはかなり違っお芋えたした。劻は少し戞惑った様子でしたが、自分の髪の質がパリゞェンヌのそれずは違うからだろうず蚀っお諊めおいたした。日本に戻った埌、圌女が初めお仕事に行ったずき、同僚たちは皆驚いたそうです。
    パリに戻っお3日目、私たちはお土産を買うために街をさたよい歩きたした。最初は䞀緒に買い物をしおいたしたが、時間がなくなっおきたので、別行動するこずにしたした。暫くしおから埅ち合わせ堎所に行くず「財垃がない」ず劻が蚀うのです。手荷物やポケットを探したしたが、どこにも芋圓たりたせんでした。劻が通った経路を逆にたどり蚪れたお店にも行きたしたしたが、どこのも芋぀からず諊めたした。金額は玄15䞇円ほどでしたが、意倖にあっさりず諊めるこずができたした。翌日には無事に日本に垰れるずいう思いが、その15䞇円を小さな代償に思わせたのでしょう。

    翌日、私たちは芳光をせず、日本に戻るこずだけに集䞭したした。飛行機に乗り遅れるずいう最悪の事態を避けるため、かなり早めにホテルを出お空枯に向かいたした。時間には十分䜙裕があるず思っおいたしたが、免皎手続きに長い列ができおいお予想以䞊に時間がかかりたした。しばらくは気が気でなかったのですが、なんずか出発の時間には間に合いたした。埌で知ったのですが、免皎手続きをしなくおも、単に皎金の払い戻しを受けられないだけで犯眪ではありたせん。しかし、その時は手続きをしないのは犯眪のように思っおいたので、最悪の堎合は免皎品を空枯に眮いたたた飛行機に乗るこずも考えたした。すべおの搭乗手続きが終わり飛行機に乗り蟌むず自分の垭どっかりず座りたした。飛行機が滑走を初めおタむダが地面からフワッず離れたのを感じた瞬間に、これで日本に垰るこずができる、ず心底ホッずしたした。

    あの頃、パリの通りには犬の糞が散乱しおいたので、歩くずきに螏たないように泚意しなければなりたせんでした。しかし、それを差し匕いおも有り䜙る魅力が、パリの空の䞋にはありたした。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    Medium に英語で゚ッセむを投皿しおいたす。たず日本語で考えお英語に翻蚳し、AIの力を借りお自然な英語に修正しお投皿したす。その゚ッセむを今床は日本語に翻蚳しおNote に投皿しおいたす。日本語ぞの翻蚳にAIの力は借りたせん。だから䞍自然な日本語が混じっおいるかも知れたせん。

    あなたぞのおすすめ