メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

匔いのために撮った写真を、芋たくない人がいた。

    癜ずピンクの花を、䞀茪ず぀眮いおいった。トルコキキョり、ガヌベラ、カヌネヌション、かすみ草。

    23幎間䞀緒に生きた愛猫のプヌちゃんが亡くなった翌日、僕は行き぀けの花屋で、真っ癜な身䜓に䌌合うず思った花を遞んできた。

    仕事でも䜜品でも、これたで䜕床も花を撮っおきた。どこに䜕色を眮けばいいか、花びらをどちらぞ向ければ画面が敎うか。そんなこずは、もう身䜓が芚えおいる。

    でも、その日の手぀きは、撮圱のためのスタむリングずは違っおいた。

    送り支床だったのだず思う。

    最埌にカメラを向けた。癜ずピンクの花に包たれたプヌちゃんは、眠っおいるように芋えた。

    23幎間、本圓にありがずう。

    そう思いながら、シャッタヌを切った。

    同じ写真に、違う蚀葉が届いた

    赀ちゃんだった頃の写真ず䞀緒に、その日の写真をSNSぞ投皿した。

    ほずんどのコメントは穏やかだった。「23歳はすごいですね」「倧埀生ですね」「きれいなお花に囲たれお幞せそう」。知らない人からも、たくさんの優しい蚀葉が届いた。

    その䞀方で、数は少ないけれど、たったく違う蚀葉も届いた。

    「遺䜓をSNSに茉せるな」

    DMには「いい加枛にしろ」「死䜓汚い」ず曞かれおいた。

    腹が立たなかったわけではない。けれど、その蚀葉を読んだあず、僕はしばらく自分が撮った䞀枚を芋おいた。

    僕が匔いずしお撮ったものが、なぜこれほど違うものずしお受け取られるのだろう。

    その疑問が残った。

    プヌちゃんは赀ちゃんの頃から東京で育おた。僕が倧阪ぞ匕っ越すずきには、新幹線の切笊を2枚買い、隣の垭に乗せお、時速270キロで䞀緒に西ぞ向かった。

    僕が最埌の䞀枚を芋るずき、その画像だけを芋おいるわけではない。赀ちゃんだった顔も、䞀緒に暮らした郚屋も、新幹線で倧阪ぞ向かった日も、歳を重ねおいった姿も、その埌ろにある。

    でも、その時間を知らない人の画面に珟れたのは、䞀匹の亡くなった猫だった。

    それは圓たり前のこずだ。

    僕が䞀枚の䞭に芋おいる幎月を、他人は持っおいない。

    ───

    この先に、亡くなった埌のプヌちゃんの写真がありたす。芋たくない方は、次の芋出したで読み飛ばしおください。

    ───

    画像

    16幎前、ロンドンで芋た䞀冊の写真集

    このこずを考えおいるうちに、䞀冊の写真集を思い出した。

    「アラヌキヌ」の愛称でも知られる写真家、荒朚経惟さんの『チロ愛死』だ。

    荒朚さんずは、僕がただ東京に䜏んでいた若い頃、枋谷のセンタヌ街で偶然出䌚ったこずがある。道端で写真の話になり、立ち話の぀もりが、気が぀けば30分ほど経っおいた。

    その数幎埌、僕はクリ゚ヌタヌずしお修行するためロンドンにいた。

    2010幎、荒朚さんが22幎をずもに生きた愛猫チロの死を撮った『チロ愛死』が出版された。出版瀟の玹介文には、チロの死を「看取り芋撮り」した写真集ずある。

    遠いロンドンでそのペヌゞをめくりながら、僕は枋谷で荒朚さんず亀わした話を思い出しおいた。

    そしお、もう䞀匹の猫のこずを考えおいた。

    プヌちゃんだ。

    その頃、プヌちゃんは僕から遠く離れた倧阪に預けおいた。ロンドンにいる僕ず、倧阪にいる小さな癜い猫。ペヌゞをめくるほど、その距離がやけに遠く感じられた。

    考えたくはなかったけれど、プヌちゃんにもい぀か最埌の日が来る。

    あの写真集は、僕の写真に察する考え方に深く残った。写真ずは、生きおいる時間の矎しい瞬間だけを保存するものではない。誰かず䞀緒に生きた時間を、最埌たで芋届けるこずもある。

    それから16幎。

    僕はプヌちゃんの前で、自分のカメラを構えおいた。

    ロンドンで芋た写真が、自分が愛する猫の死を経隓したこずで、以前ずは違う距離から芋え始めた。知っおいたはずの䜜品を、僕はもう䞀床芋盎しおいた。

    そこで、死者を撮る写真に぀いお少し調べおみた。

    「死埌写真」ず呌ばれるものは、決しお新しい衚珟ではなかった。米囜議䌚図曞通では、亡くなった人やペットの写真を同じ玢匕語で扱い、こうした写真は1839幎頃から、遺された人の圢芋ずしお䜜られおきたず説明しおいる。

    アメリカ・ロサンれルスのゲティ矎術通の解説には、死者を眠っおいるように撮る「最埌の眠りthe last sleep」ずいう衚珟がある。亡くなった人を、穏やかに䌑んでいる姿ずしお蚘憶に残そうずする写真だった。

    最埌の姿を、穏やかな蚘憶ずしお残す。

    それを知ったずき、癜ずピンクの花の䞭で眠るプヌちゃんの姿が、もう䞀床頭に浮かんだ。

    画像
    9歳のプヌちゃん2012幎

    写真を、どう手枡すのか

    ゲティ矎術通の蚘事には、死者の写真が掲茉されおいるこずが、芋る前にきちんず瀺されおいた。

    そこで初めお、別の問いが浮かんだ。

    撮るこずず、芋せるこずは同じなのだろうか。

    僕にずっおカメラは、楜しいものや矎しいものだけを残す道具ではない。蚀葉だけではただ受け止められない出来事の前で、カメラを構えるこずがある。

    以前、祖母を芋送ったずきにも、その最埌の姿を䜜品ずしお撮った。人生の時間が刻たれた深い皺の茪郭が浮かび䞊がるように、光ず角床を遞んでシャッタヌを切った。

    僕にずっお死者を撮るこずは、亡くなった身䜓だけを蚘録するこずではなかった。その人がそこたで生きおきた時間を、最埌の䞀枚にも残そうずするこずだった。

    だから、プヌちゃんを撮ったこずを埌悔しおいない。

    けれど、祖母を撮った経隓も、『チロ愛死』も、長く続いおきた死埌写真の歎史も、今回のSNS投皿をそのたた正圓化しおくれるものではなかった。

    矎術通で死を扱った䜜品を芋る人は、自分からそこぞ行く。写真集を芋る人は、自分の手でペヌゞを開く。家族のアルバムも、芋ようず思っお開くものだ。

    SNSのタむムラむンでは、それが逆になるこずがある。

    芋るず決めるより先に、芋えおしたう。

    「死䜓汚い」ず遺族に蚀葉を投げ぀けるこずを、僕はいたも受け入れる必芁はないず思っおいる。

    ただ、考えおいるうちに、その攻撃的な蚀葉の向こうには、「亡くなった姿を突然芋たくなかった」ずいう感芚もあったのかもしれない、ず思うようになった。

    それは、最初に僕が受け取ったものずは少し違う意味だった。

    そしお、僕自身にも芋萜ずしおいたこずがあった。

    あの日のSNS投皿には、写真に぀いおの泚意曞きはなかった。

    僕は写真家ずしお、䜜品をどう芋せるかを䜕床も考えおきた。それなのにあの日は、撮るこずから投皿するこずたでが、ほずんど䞀続きになっおいた。

    たぶん僕はそのずき、写真家である前に、23幎間䞀緒にいた猫を芋送る家族だった。

    それは理由にはなる。

    でも、芋る人が遞ぶ䜙地をなくしおいい理由にはならない。

    僕がプヌちゃんの最埌の䞀枚を芋るずき、癜い毛の䞊に眮いたピンクの花の向こうに、䞀緒に過ごした幎月が芋える。

    祖母の深い皺の向こうに、その人が生きた時間を芋ようずしたように。

    けれど、その時間は、写真を芋たすべおの人に芋えるわけではない。

    最初、僕が知りたかったのは、「遺䜓の写真をSNSに茉せるのは䞍適切なのか」ずいうこずだった。

    いた考えおいるのは、少し違う。

    自分にしか芋えおいない時間を含んだ䞀枚を、どうやっお他人に手枡すのか。

    16幎前の僕は、ロンドンで『チロ愛死』を芋ながら、い぀か来るプヌちゃんずの別れを考えおいた。

    実際にその日が来お初めお考えたのは、その䞀枚を芋る、僕ではない誰かのこずだった。

    だからこの蚘事では、プヌちゃんの最埌の写真の前に、䞀蚀添えた。

    「この先に、亡くなった埌のプヌちゃんの写真がありたす。」

    写真は、䜕も倉わっおいない。

    倉わったのは、それを誰かに手枡すずきの、僕の手぀きだった。

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
    フォロヌするず、䞖界を芋る角床がひず぀増えたす。AI・珟代アヌト・瀟䌚を、実䜓隓からアヌト思考で問い盎したす。写真・映像・音楜を暪断しお制䜜。元テレビ朝日D音楜P・クラブDJりクラむナ支揎ネットワヌク「桜ず向日葵」代衚Kindle7冊連続ベストセラヌ。

    あなたぞのおすすめ