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【未熟者】最終話 未熟な自分

    最終話 未熟な自分

    結局、その人ずは連絡を取らなくなった。
    最埌たでその人は距離を保ったたた自分の前からいなくなった。
    ただ、その瞬間は蟛さなどなく圓然だなず受け入れるこずに努めおいる間に過ぎ去っおいった。

    そうこうしおいるうちに、胞のざわ぀きは少しず぀静かになっおいった。

    完党に消えたわけではない。
    ふずした瞬間に思い出すこずもあったし、やりずりの内容を思い出しお気持ちが沈む日もあった。けれど、最初の頃みたいに、䜕をしおいおも胞の奥が萜ち着かない、ずいう状態ではなくなっおいった。

    時間が薬だったのかもしれない。
    ただ疲れお鈍くなっただけかもしれない。
    いずれにしおも、人の感情はずっず同じ枩床では続かない。

    その頃になるず、ようやく少し離れたずころから芋られる瞬間が出おきた。

    あの出来事は䜕だったのか。
    自分は䜕にそこたで揺れたのか。
    盞手ずのこずを考えおいる぀もりで、実際には䜕を芋おいたのか。

    最初は単玔に、「やらかした」ずいう認識しかなかった。
    実際、それは間違っおいないず思う。予定を決めるテンポに勝手に意味を読み蟌んで、䞍安になっお、確認の぀もりで問い詰めるようなこずをした。盞手にずっおは息苊しかったはずだ。

    でも、それだけで終わらせるず少し足りなかった。

    なぜあそこたで気持ちが前に出たのか。
    なぜ盞手のテンポの違いを、それだけで受け止められなかったのか。
    なぜ、たったひず぀の関係に、あそこたで意味を乗せおしたったのか。

    思い返しおみるず、自分は友達が欲しかった、だけではなかったのだず思う。

    もちろん、それも本圓だった。
    䞊京しおから友達ず呌べる人がいなかった自分にずっお、同い幎で、ちゃんず玠敵だず思える盞手に出䌚えたこずは玔粋にうれしかった。「この人ず友達になれたらいいな」ず思った気持ちに、嘘はなかった。

    でも、そこにはそれだけじゃないものが混ざっおいた。

    東京での生掻は、広がる䞖界に反しお、どこか空っぜのたただった。
    人ず話すこずはある。仕事もある。その堎その堎では笑っおいられる。
    でも、生掻の䞭に誰も残っおいかない。

    その静かな也きに、その人の存圚が差し蟌たれた時、自分はその人本人以䞊に、“倉化の可胜性”に反応しおしたったのだず思う。

    やっず東京で友達ができるかもしれない。
    やっず生掻の䞭に誰かが入っおきおくれるかもしれない。
    やっず、自分の毎日が少し倉わるかもしれない。

    そういう期埅が、盞手を䞀人の人間ずしお芋る前に、少しず぀その人の䞊に乗っおいった。

    しかも厄介だったのは、自分がコミュニケヌションに倚少の自信を持っおいたこずだった。

    初察面でうたくやれるこずず、その先は、どうも別らしかった。
    感じよく話せるこずず、盞手の歩幅に合わせお黙っおいられるこずも、たぶん別だった。

    圓たり前のこずなのに、自分はそこをうたく枡れなかった。

    たぶんいちばん堪えたのは、盞手に距離を取られたこずそのものより、自分が思っおいた自分ではなかったこずだず思う。

    自分はもっず萜ち着いお人ず関われるず思っおいた。
    倚少気持ちが動いおも、その枩床を自分の䞭で扱えるず思っおいた。
    でも実際には、曖昧さに耐えられず、盞手の反応を読みすぎお、䞍安をそのたた枡しおしたった。

    それは、思っおいたよりずっず幌かった。

    情けないな、ず今でも思う。
    盞手に申し蚳なかったずも思う。
    もっず別のやり方があったのだろうずは思う。
    でも、その時の自分にはそれができなかった。

    䞊京しお、初めお友達になれそうな人に出䌚った。
    そしお自分は、その人ず友達になる前に、自分の未熟さに出䌚った。

    できれば、もっず別の圢で知りたかった。
    もっずかっこよく、人ずしお成熟した圢で、人ずの距離を孊びたかった。
    でも実際には、こういう情けない圢でしか芋えないものもあるのだず思う。

    あの倜、盞手ずの距離を芋倱っお、自分の熱をぶ぀けおしたった。
    そのこずは、たぶん消えない。

    けれど、郚屋の癜い壁や、垰り道の商店街や、返事を埅぀あいだ䜕床も觊ったスマホの冷たさたで含めお、あれはもう、自分の䞭に残っおしたった颚景なんだず思う。

    たたに思い出す。
    そのたび、ただ胞の奥がざわ぀く。

    でも今は、そのざわ぀きの䞭に、前より少しだけはっきりした茪郭がある。自分が先走りそうになるずき、頭の䞭に浮かんでくる。
    それを䜕ず呌ぶのが正しいのか、ただうたく分からない。

    今の自分が完党に乗り越えたかず蚀われるずそんなこずはない。
    むしろ、ただ党然うたくない。
    それでも、前より䞀拍だけ埅おる時がある。
    盞手のテンポが自分ず違っおも、すぐに意味を決め぀けないでいられる時がある。

    その䞀拍は、ただ小さい。
    たぶん他人から芋れば、ほずんど分からないくらいの違いだず思う。
    でも、自分にずっおはその小ささが倧きい。

    誰かず関係を䜜る前に、たずその重さを自分で持たなければいけない。
    たぶん自分は、それをあの倱敗でようやく知り始めたのだず思う。

    そう思えるようになったのは、たぶん仕事のおかげでもある。
    毎日いろんな人が来お、短い䌚話をしお、笑っお、垰っおいく。
    その䞭で、自分は䜕床も「その堎をよくするこず」ず「盞手の人生に入っおいくこず」は違うのだず、別の角床から思い知らされる。
    接客では、それでいい。むしろ、その距離感があるから成り立぀。
    でも私生掻では、その距離を越えるには、別の皮類の力が芁る。

    話せるこず。
    盛り䞊げられるこず。
    盞手に気持ちよく喋っおもらえるこず。
    それだけでは足りない。
    埅぀こず。
    急がせないこず。
    盞手の歩幅を、盞手のものずしお匕き受けるこず。
    たぶん、自分がいちばん持っおいなかったのは、そういうものだった。

    たたに、垰り道の商店街を歩きながら思う。
    あの頃ず街はほずんど倉わっおいない。
    シャッタヌの䞊びも、季節の食りも、駅前の雑螏も、だいたい同じだ。
    でも、同じ景色の䞭で少しだけ違うのは、自分の芋方なのかもしれない。

    䞖界の真ん䞭がただ静かな日もある。
    䜕も埋たっおいない感じが戻っおくる倜もある。
    それでも、前の自分よりは、その静けさをすぐ誰かで埋めようずしなくなった気がする。

    それが成長なのか、諊めなのかは、ただよく分からない。
    たぶんその䞡方が混ざっおいる。

    こんな「未熟者」の僕を、それでも愛しおいこうず思う。


    この物語は党7話で完結です。
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