
子育てと猫育てに優しいインドネシア(子育て編)
「親は何もしないわけ?」
日本の電車の中で号泣している子どもを傍目にスマホをいじっている親や、スーパーやレストランで走り回っている子どもの周りに親の気配がないと、内心舌打ちをしてしまう。
だが、インドネシアのときはもっと自分は寛容だったよな、とも思う。
インドネシアでは電車やレストランの席に子どもが土足で立っていても、親は何も言わないのが当たり前で、周りの人も全く何も気にしていなかった。
子どもが泣こうが喚こうが、親はそれを傍目に平気で食事していたし、注意を催促する目線を誰も送らなかった。
周りが気にも留めていないことを感じ、私も最初から気に障ることがなかった。周りに許されているものと認識すると自分も許せるらしい。
日本では職場で自分の子どもを連れてくるなんて、だいぶ御法度に近いが、私が派遣されたインドネシアの学校では、とある先生の娘さんがまだ1歳くらいで、よく職員室でもいろんな先生が世話をしていた。
基本的には学校常駐の清掃係のおばさまがその子の世話をしていたが、彼女が他の業務をしたいときは職員室に一時的に預けに来るのだ。学校の先生の子どもが生まれた時は世話をするのが彼女の業務に自動的に組み込まれるらしい。大変である。
子どもの接し方で一番衝撃を受けたのは女性の先生方からの激しいキッスだった。みんな子どもの頭を押さえて頬に「ンーーーマッ」と音を出しながら約2秒の熱烈な接吻をする。それも複数の女性が立て続けにする。
赤ちゃんは慣れきっているのか、全くうんともすんとも言わない。特に反応がない。たくましい子である。将来有望だ。
私も「キスするか?」と他の先生方から勧められたが、流石に赤の他人の子どもにキスするのは憚れられたし、何より、赤ちゃんの頬経由で数々の人と間接キスの形になるのを避けたかった。
職員室で何かしらの集団感染が起こった場合、わたしは真っ先に子どもの頬を疑う。
学校の職員室で、その子の存在は私にとっても大きかった。かわいいのは言わずもがなで、彼女のおかげで、全く関わりのない先生ともコミュニケーションをとるきっかけが増えた。

私が派遣された約半年で、歩けるようになっていたけれど、今はどれくらい成長したのかしら。あのたくましさだったら、今頃学校の門先のニワトリを追いかけているかもしれない。