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子どもの日はあるけど、大人の日がないのは…

     五月。窓の外は、まぶしいほどの新緑だ。電車に揺られながら、ふと思う。どうして「大人の日」はないのだろうか。
     子どもたちが夢を語る日があるのなら、その夢を必死に守り続けている大人を、労う日があっても良い気がする。
     祝日にならないのはきっと、大人は自分を喜ばせる方法を、もう知っているはずだと思われているから。だって、大人だからね…。
     誰かに祝ってもらうのを待つのは、子ども。自分で自分を祝えるのが、大人。例えば、少し高いコーヒーを丁寧に淹れてみたり。例えば、電車を一本遅らせて、知らない街の風に当たってみたり。
     カレンダーが真っ黒な平日でも、「今日は大人の日だ」と決めれば、大人の日は突然、自分の前に姿を現すのだ。
     お風呂に浮かべた菖蒲の葉が、お湯の熱で、いっそう濃く、青い香りを放つ夜。静かに自分に、お疲れさまと言う。それは、どんな赤い文字の祝日よりも、僕を自由にしてくれる気がする。

     
     

    nkoh1

     
     
    言葉を、大切にしたい。みんな自由に使えるからこそ、丁寧に扱っていきたい。この言葉を書いてから約1年。少しだけ優しくなれている気がする。

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