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烙印  第3部 全3部

    烙印第3部 11章から13章

    あらすじ
    身体の肥大化と引き換えに【異能】を持つ子供たちは、隔離対象として施設に収容される(第1部終)。その内の子供8人と親たちが、いずれ仲間全員が隔離される予定の無人島「二山島」へ先行輸送されるが、途中で船が難破。(第2部終)子供たちの異能と船長の奮闘で島に到着する。伊予大佐の機転により、表向きは生存者なしとカモフラージュし、実際は17人全員が生存を果たす。しかし、計画されていた施設の仲間「30世帯、100人」の追加移送が、4ヶ月後にいよいよ迫っている!水も食料も足りない中、島では子供たちの異能が次々と発揮され、質量エネルギー変換装置の開発に成功して未来の光を掴む。17人の大開拓サバイバルは、次巻!

    第11章  暗闇のディーゼル

    【二山島】

    船に乗ってから、何時間が経ったか見当がつかない。
    荒れ狂う波の余韻を残しながらも、空は彼らを迎え入れるように徐々に晴れてきた。
    日差しが、右側から時折船に差し込む。
    船長の視界の先には、かすかに二つの山が見えた。
    船長は双眼鏡を手にした。確かに見える。
    船長は信じられない表情と、不思議な力を持つ少女に視線を向けた。
    トモリンダとフージーは、いつの間にか眠っていた。
    「トモリンダさん、トモリンダさん」
    船長は、自分の興奮を抑えきれず、つい声を出してしまった。
    しかし、この距離だと早くて3時間はかかる。
    昨夜から寝ていない、あの荒れ狂う海に耐えた2人を起こすのはやめることにした。
    ここからは、もう計器は要らない。自分の経験だけで辿り着ける。
    『自分の任務が完了するまで、喜びは控えよう』
    船長は、傷だらけの体で二山島を目指した。
    客室のみんなも、疲れ果てて眠っていた。

    船の右側に西日が水平線へと近くなってきた。
    海に反射する太陽が眩しい。
    島が前方にはっきりと見える。
    トモリンダは目を覚ました。
    ゆっくりと体を起こし、伸びをしながら呟いた。
    「あー、お腹すいた。みんなもすいてるわよね。
     ……え~。島が見える。船長、あれですか?」
    窓の外に広がる圧倒的な島影に、彼女は言葉を失った。
    目の前に映し出されたのは、緑に覆われた大きくて綺麗な二つの山。
    それはまるで、富士山が二つ海から突き出ているかのようだった。
    あまりの美しさに驚き、圧倒されているうちに、これから始まる16人の共同生活への不安は、どこかに吹き飛んでしまった。

    溢れる感情のままに、トモリンダはフージーを起こした。
    「フージー着いたよ、フージー」
    フージーは、その景色を見た瞬間に客室に駆け込んだ。
    「みんなー、島が見えるよ。大きいよ。みんなー」
    何とか動けるナナが、壁を伝いながら外が見える操縦席に来た。
    「わー。すてきじゃない」

    日が落ちる前に、湾内の港に船を着けた。

    あの揺れる出航の時とは違い、湾内の水面は驚くほど穏やかだった。
    船体が岸壁に寄せられ、太いロープでしっかりと固定される。
    そのきしむ音を聞いて、一同は生き延びたことを実感した。
    動ける大人の男たちと、全身傷だらけの船長が、最後の力を振り絞って船から荷物を引き上げていく。16人の命を繋ぐための、大切な物資だ。
    陸に降りた子供たちは、夜の帳が下がり始める見知らぬ大地を、
    ただ静かに見つめていた。

    ジョージは、漁港の奥に観光ホテルらしい建物を見つけた。
    それは古びてはいるが、鉄筋コンクリートのしっかりとした造りだった。
    これなら、雨露は完全にしのげる。
    懐中電灯を片手に暗いホテルのエントランスに入っていった。
    「だれか、居ますかー」
    声がむなしく響くだけで、静まりかえったホテルは、物音一つしない。
    電気と水道が通っているか、確認したがやっぱり反応しなかった。
    (もしかして、地下に非常用の発電機があるのでは……)
    そう考えたジョージは地下への階段を探した。
    懐中電灯の細い明かりを頼りに、暗闇の中を慎重に降りていくとオイルの臭いがした。その扉を開けると、ディーゼル発電機があった。
    起動を試みたが、10年寝かせられたエンジンは動く気配すらなかった。

    (今日の所は、ここまでにしよう。とりあえず今日の休む場所は確保した)
    ジョージは、みんなを暗いホテルに案内した。
    その日は、とにかくエントランスで一夜を明かすことにした。
    昨夜は一睡も出来ず荒れ狂う船で揺られ、みんな、くたくたに疲れ果て眠った。

    そんな中、ジョージは夜を徹してエンジンの復旧作業をしていた。
    油とカビの臭いのなか、ジョージは必死に機械をのぞき込んでいた。
    そこに、船長がボロボロの体でその復旧作業を手伝いに来た。
    「船長さん、体大丈夫ですか?」
    「この作業は一人じゃ無理です。私もやります。すみませんが私の手元を照らしてもらえませんか」
    そう言うと、工具を握り黙々と復旧作業に取りかかっていった。

    夜が明けエントランスは、太陽光の明かりで十分だった。
    船から降ろした朝食をそれぞれ食べた。
    ナナは、アーロンにご飯を食べさせながら、ジョージが居ないことに気が付いた。

    「ジョージがいないわね」
    「ジョージさんなら、たぶん船長と地下におるんちゃうかな?暗いから照明もって行った方がええで」
    釈寛治がトモリンダから手渡されたパンを口いっぱいに頬張り、地下の階段を指さした。

    ナナは照明をたくさん抱え、アーロンの大きな手を引き地下に降りて行った。

    ほぼエンジンは、復旧していたがセルを回すことができなかった。
    10年動いてないエンジンは、バッテリーが完全に死んでいる。
    船長がデコンプレバーを引いているというのに、10年分のピストンの固着でクランクが重すぎて大人二人の力でもロープを引くスピードが上がらない。
    これでは爆発まで持って行けず、エンジンが回らない。
    ちょうど、そこに明かりを持ったナナがやってきた。

    「ジョージなにやってるの、ごはんあるよ。ご飯食べたの?あれ、船長も。包帯血だらけじゃ無いですか。だめよ、休んでなきゃ」
    「それどころじゃ無いよ。もうすぐなんだけど」
    「あ!ダメよ危ない」
    アーロンが、クランクシャフトのロープを体よりも太いふくよかな腕で、つかんでいる。
    次の瞬間、クランクシャフトが回った。
    「え?」
    三人は戸惑った。
    まさか我が子が、これほどの怪力を秘めているとは思っていなかった。
    アーロンは笑いながらロープでじゃれている。
    「アーロン、一緒に引くぞ」
    「せーの!!」
    3人は、力一杯ロープを引いた。
    そしてすぐ、船長がデコンプレバーをすぐ戻した。

    ドッドッドドド!!
    エンジンがけたたましい音をうなりながら、回り出した。

    薄暗いエントランスに、照明が点灯した。
    まだ、食べている最中の者もみんな明かりに気が付き、天井を見上げた。
    そこに、油と汗で汚れた2人が階段から上がってきた。
    2人が電気を付けたのだと気づき、みんなから歓声が上がった。
    「はらへった……」
    ジョージはくたくたの油と埃にまみれた服のまま、手でパンを食べ始めた。
    「船長もお疲れ様」
    後から追い越したナナが、船長にパンを差し出した。
    「申し訳ないが、私は船に戻ります」
    船長は表情も変えずに、そのままホテルを後にした。

    ホテルを出ると、エントランスのざわめきが潮風に消されていった。
    誰もいない船への道を歩いていく。
    船長の顔に巻かれたボロボロの包帯には、涙が染み始めていた。
    軍人としての任務は、
    『化け物を含む隔離対象者を島に送った後は、すぐに帰還する』である。
    しかし嵐の船内で救ってくれたのは、女医のトモリンダであり、進路を示してくれたのは異能の子供フージーなのだ。そして、地下ではジョージが油と埃にまみれ休まず汗を流して、みんなを救おうと必死だった。
    「本当に隔離して、見捨てる『化け物』なのか?いや、そんなはずが無い。あのフージーの透き通った瞳、ジョージの俺を励ます声、トモリンダのぬくもりは、俺が軍の誰よりも分かっている」
    自分の任務と自我の狭間で昨夜エンジンの修理をしているときからずっと葛藤が続いていた。
    いったんはホテルを後にしたものの、自分に嫌気がさして涙が溢れていたのだ。

    船の操舵席から操縦室を見渡す。
    壊れたギターと計器が昨夜の嵐を乗り越えた残骸として、生々しく残っている。
    『ここまで、来られたことが奇跡だ』
    本部とはまったく連絡が取れない。
    船長は、『船と一緒に終わるのが任務だな』
    そう決心すると、船を沖に出した。

    ホテルのエントランスでは、船長が出て行くところをナナしか知らない。
    ナナは、あの壮絶な操船を知らない。
    ただの軍人さんが、私たちのために徹夜で夫のジョージと発電機を直してくれた、『本当はいい人』ぐらいに見えていた。

    第12章 クレータ-

    【新たな島 二山島】

    みんな朝食がおわり、何から手を付けて良いのか分からなかった。
    『体調の悪い者はいないか』ドクビッチとトモリンダは診て回った。
    トモリンダが船長のいないことに気が付いた。
    「あれ?船長は、どこ?」
    「船長なら、朝ご飯も食べずに出て行ったわよ」
    ナナが子供たちの世話をしながら答えた。
    その答えを聞くか聞かないぐらいでトモリンダは港に駆け出した。
    船は黒煙を上げて防波堤を過ぎていくところだった。
    トモリンダは叫んだ。
    『ありがとうございました!!ありがとうございました!!ありがとうございました』

    16人の新しい生活が始まった。
    電気は少しの間は使える。食料も3ヶ月は持つ。
    次は水の確保だが10年前の設備を手分けして手入れしすると使えることが分かった。
    大人達は協力し合い、3週間もすれば生活できる環境に整えられた。
    5歳の子供たちは、子供とは思えない協調力が身についていた。

    「そろそろ、施設に連絡入れた方がええんじゃないの?」
    エントランスで立ち上がった釈寛治が、バタバタはたいている大人に流し目でうながした。
    目線の先には、ミカン箱のような無線機がある。
    「そうなのよ、気になってたのよね」
    全員が手を止めて無線機に視線を向けた。
    アーロンは、ニコニコ笑っている。
    フージーは、すました顔で無線機によってきた。
    「無線機ってこの箱?何が出来るの?」
    「これはな、施設のみんなと話しが出きるんや。
    そやけど、怖いおっちゃんも聞いてるかもしれへん」
    「怖いおっちゃんってだれ?」
    「軍の服着た人たちや」
    「船長さん怖くなかったよ、やさしかったし、かっこよかったよ」
    「ふーちゃん、好きになったんちゃうん」
    「バカ」
    「ごめんごめん、そんなことやなしに怖い人に聞かれんように、細工したんや、あーちゃんと一緒に、な、あーちゃん」
    アーロンを見た。アーロンは笑っている。
    「えー、しゃっかんちゃん、そんな工夫できたの?」
    「できたのー?って、わしかて出来るおもわへんけど考えついたんや。
    言葉を『エンタングルメント』したらええーって、そしたら、アーちゃんが作ってくれた。すごいで、アーちゃん」
    トモリンダは耳を疑った。
    「え!……エンタングルメント……量子もつれ?」どうしてこんな子が……
    「何言ってんの?わかんないけど、電源を入れて早くつないでよ」
    みんなが、無線機の周りに集まってきた。

    無線機の電源を入れた。ジーッ。ジーッ。
    「あ、あ、聞こえますか?」
    『ジーッ。ジーッ。』
    誰が最初に交信するか、みんなで一斉に指さしをした結果。ドクビッチが連絡をすることになった。
    「あ、あ、聞こえますか?本日は晴天なり、本日は晴天なり、チェックチェックマイクチェック」
    『ジーッ。ジーッ。』
    十分ほど試したが、返事が無い。
    みんなに、不安の表情が広がり始めた時、
    『だーれー』
    返事があった。
    『この無線機、使えまっか?誰かそちらにいらはるのでっか?どーぞ』
    「あ、あ、聞こえますか?本日は晴天、本日は晴天、チェックチェックマイクチェック」
    この声は、……。釈寛治が泣き出した。
    「父ちゃんや、父ちゃん。わしや、釈寛治や母ちゃんもおるんか?」
    『うそ!夢ちゃうやろか!釈寛治か!わしや、父ちゃんや』
    無線の向こうには、釈寛治の父大介だった。

    『おるで、おるで、かあーちゃん何やってんねん、釈寛治や釈寛治が生きとる。花子!裕太どこや裕太、釈寛治おるどー』
    無線の向こうで慌てながらみんなを探す声が聞こえる。
    釈寛治は、いくら頭が良くても、やっぱり5歳児なのだ。
    泣きながら無線機に向かって大声で叫ぶ。
    「とーちゃん。とーちゃん。帰りたいよ。母ちゃんに会いたいよ」
    『釈寛治!!ほれ、おかあちゃんもおるで』
    大介も涙で前が見えない。震える手で受話器を花子に渡した。
    花子も声が出ない。
    『釈寛治か?どないしてたん。ご飯食べとるか?ちゃんと寝れとるんか?
     誰が面倒見てくれとるんや。食べもんあるんか、痛いとこないか』
    震える声で、死んだと聞かせれていても、いつも気になっていたことが口からあふれ出す。

    ドクビッチもトモリンダもみんな泣いている。
    ドクビッチが受話器を握った。
    「花子さん、大介さん、安心して下さい。ドクビッチです」
    『先生、釈寛治大きくなりましたか?こはん食べてますか?夜はちゃんとしたところで眠れてますか』
    「そちらの施設ほどよくありませんが、ホテルもほぼ復旧して、毎日たっぷり食べてたっぷり寝て、すくすく成長してますよ。この無線も釈寛治君が作った物なんですよ」
    『そうですか……。作ったって、そんなはず無いでしょ。歩けるようになりましたか』
    「もう自分のことは自分で出来るほどに成長しています。なんの心配もありません」
    ドクビッチは続けた。
    「こちらの状況は、全員無事です。電気も水道も通しました。今はホテル住まいですが、いずれ、それぞれ家を持てそうです。牛や農園も作れます。
    安心して下さい。ところで、どうして、大介さん花子さんがそちらにいるのですか?」
    『2週間ぐらい前に、釈寛治の乗った船が嵐で沈没したって、役所から連絡が入りました。それで、すぐここに駆けつけたのですが、それ以外のことが何も分からなくて』
    「施設は問題ありませんか?代わりの医者か面倒見てくれる人は、いますか」
    『お医者さんは来ています。毎日お仕事しているようです。
    施設はナナさんやジョージさんがいなくなって、みんな寂しがっていますが変わりありません。4ヶ月後またそちらに移送されるって知らせが来てます』
    (え!転覆してもなお)ドクビッチは声に出来なかった。
    「いま、あなた方以外に誰か近くにいますか?」
    『いいえ、みなさん、それぞれいつもの仕事をやっています。
    大介と私がもしものために無線機から離れずいました』
    釈寛治は、そわそわしながら横で、叫んだ。
    「この無線機は、1日5分ぐらいしかもたないんや、母ちゃんあいたいよー」
    ドクビッチも慌てた。もうすぐ切れてしまう。
    「花子さん、みんなに内緒に出来ますか?」
    『出来ますが、なんで』
    「理由は後です、明日おな……ん……わ……ジーッ……」
    通話は切れた。熱が上がると音声変換が出来なくなってしまう。

    花子は大介と裕太を見た。
    「大ちゃん、ゆうた、聞いた?絶対誰にも言うたらあかんで」
    「おう、男はいらんこと言わへん。なーゆうた」
    「父ちゃんがやばいよな~」

    島では4ヶ月後100人が暮らせる準備に取りかかる準備を始めようとしていた。
    だが、今ある設備ではまったく足りない。
    16人ならホテルや今ある島の残骸で暮らせる。
    しかし、100人となれば話は別だ。
    毎日必要な水、食料、そして何よりエネルギー。
    町中からかき集めた10年前のガソリンや、発電用の石油を全て計算しても、わずか数ヶ月で底を突くのは明らかだった。

    一方軍では、未確認電波の受信を確認した。
    誰もいないはずの二山島付近から発信された電波は、不自然極まりない。
    船からの電波でもない、誰もいないはずの島から解読できない電波は、国防の上でも危険であった。
    国民には報せず、すぐ飛行機を本土からスクランブル発進させた。
    不審電波の正体を暴くため、対潜哨戒機とそれを守るために2機の戦闘機が、二山島付近を目指して飛び立った。
    島までは、350キロ戦闘機は20分足らずで到着する。

    エントランスから準備に取りかかるために、
    みんながちりぢりに離れる寸前で、ミミーが叫んだ。
    「みんな、まって、何か来る。すごく早い」
    ミミーは、特殊な聴力を持っている。
    聴力と言うより、『超高感度センサー』と呼ぶべき能力がある。
    とっさに、釈寛治が叫ぶ
    「みんなおる?全員地下に入ってエンジン止めて!そしてエンジンにかける水と毛布も用意して!それと、俺も連れてって!!」
    みんなは訳がわからない。しかし、釈寛治のとっさの判断を信じてすぐ行動を取った。
    エンジンを落とし、水をかけ、ありったけの毛布でエンジンを隠した。
    「みんな、じっとしててや、いまから、1時間はおしゃべり禁止や」

    15分もすると、ジェット機が飛んでいる音が地下の部屋にまで聞こえてきた。
    「まだや、ミミーあと何台?」
    「小さいのが1台と大きいのが一台くるよ」

    地下の暗闇で、1時間ほど16人がじっと耐えた。
    「ミミー。飛行機まだ近くにおる?」
    「たぶん、帰っちゃった。何にも聞こえない」
    「よっしゃ、ひとまず安心や、エンジンかけてエントランスもどろか?」
    「釈寛治どうして、わかったの?」
    「そんなん、ミミーがなんか来るって言ったら、無線がばれたってすぐ思うわ、無線切ってすぐやったやん」
    みんなは、分かったような分からないような、自分たちに危機が迫っている実感がなかった。

    全員、地下からエントランスに戻っていく。日はまだ高い。
    ひとまず危機は去った。
    でも、ドクビッチの胸には、
    「軍は本気で追ってきている」「4ヶ月後には100人が来る」
    という現実がずしりと残った。

    ドクビッチは考えた。
    軍の偵察機は、これから頻繁に来るかもしれない。
    船は沈んだと思っていたが、ここに生存者がいることにしよう。
    いずれにしても本国はウイルスを隔離したいから、この島に施設の人を送ってくるはずだ。
    100人を受け入れるためには、この町の整備とエネルギーが必要だ。
    このまま隠れるか?隠れるところを確保して、町の受け入れ作業を始めるか?
    ここまで、来たのだ。最善を尽くそう。
    トモリンダと釈寛治、アーロン、フージーの4人で隠れ里を探してもらおう。
    そして、残りの12人で町を修復しよう。

    山部隊:アーロン、フージー、釈寛治の子供3人とトモリンダ
    町部隊:ミミー含めた子供5人と大人7人、ドクビッチ、ナナ、ジョージほかに夫婦2組

    ドクビッチは、みんなをエントランスに集めた。
    山部隊と町部隊の二つのチームに分かれて今からできる最善を全員に提案した。みんなも納得の表情で賛成した。

    翌朝リュックを背負ったアーロンを、ナナとジョージが心配そうに見つめる中、釈寛治、フージーもリュックを背負ってエントランスに現われた。

    「わし、歩けるかな」
    アーロンもフージーも遠足気分だが、釈寛治は自分の歩行力が、みんなの足手まといにならないか不安がある。
    「何言ってるの、大丈夫よ。道もあるし乳母車もあるわよ」
    「乳母車、かっこわるいやん」
    アーロンはニコニコしながら釈寛治を抱きしめた。
    「アーちゃん。気持ちええわ。なんかいける気がしてきた」
    そこに、扉から出ないほど大きなリュックを背負ったトモリンダがやってきた。
    「さー、みんな、行くわよ」と行ったそばから、めがねがずり落ちた。
    「そんな、荷物もって行けるんでっか?」
    見送るみんなの心配をよそに、4人は乳母車に釈寛治と荷物を入れ、隠里探しの冒険が始まった。

    【隠れ里探し】

    賑やかに送り出してくれたみんなの声が、遠ざかっていく。
    代わりに前から、静まりかえった山の冷気が4人を囲んでいった。

    ここから目指すのは、誰も知らない隠れ里。
    トモリンダを先頭に、誰もその場所を知らない。
    ただ、ひたすら歩いて行く。
    道は容赦なくうねり、登り坂と下り坂が交代でやってくる。
    途中、木々の間から滝が見えた。
    滝壺に立ち寄り、水しぶきを上げて3人は楽しんだ。
    そしてまた、道を進んだ。
    長い下り坂に差し掛かったときのことだ。

    「ちょっと、危ないからスピード落としなさいって!」

    トモリンダの悲鳴のような声が響いた。
    子供たちにその声は届かない。いや、届いても止まる気はさらさらない。
    彼らは乳母車に飛び乗り、まるで重力を無視したかのように坂道をすごいスピードで下り始めた。

    「うぉぉぉ!」
    「とまらん!とまらん!」

    ブレーキのない乳母車は、道路の凸凹で跳ね、「死にかける」ほどのスリルをかみしめながら何とか底まで突っ切った。
    心臓が口から飛び出るほどの恐怖の後、3人が顔を見合わせ腹の底から爆笑した。

    その後に待ち構えるのは、長い長い上り坂。
    乳母車は重く4人で押し上げる。
    「あー、もーダメ」フージーが叫ぶ。
    「さっきまで、あんなにはしゃいでいたのに、ほら、がんばって」

    この道路は10年も人が触れていない。
    アスファルトの隙間には、雑草が生い茂ってはいるが、乳母車を押すには問題ない。

    トモリンダは子供たちの様子を見て、
    所々で木陰を見つけ座り込み息を整える。
    お昼になって、木漏れ日の中で食べるおにぎりは、特別においしかった。
    塩がきいたご飯の味は、一生忘れられないだろう。
    死にかける思いを笑い飛ばせるほど3人は成長していた。
    そして、腹の底から笑い合える心から楽しい時間だった。

    たが、楽しい時間とは裏腹に、現実的な問題がじわじわ迫っていた。
    目的地の「隠れ里」は、遠すぎては移動が大変で、かといってホテルから近いとすぐ見つかってしまう。
    トモリンダは、道中ずっと気にしていた。
    どこかに「都合の良い場所」はないのかと。

    そして、釈寛治が気にしていたのは
    (燃料がなくなると、これからみんなが生きていけない。
     エネルギーを見つけないと)
    釈寛治は不意に話し出した。
    「フーちゃん、無線機に入れた緑の石知ってるか?」
    アーロンが釈寛治の顔をのぞき込む。
    「知らなーい」
    フージーは幼児らしく答えた。
    「そうか、しらんか、そりゃそうやな」
    ニコニコしながら、アーロンがポケットをまさぐった。
    そして、ぎゅっと握りしめた拳をフージの目の前でゆっくり開いた。

    その手のひらには、小さな緑の石が怪しく木漏れ日を反射していた。

    「アーちゃん。なんで持ってるんや!」
    無線機を作るとき二つに割った破片を、お守り代わりにアーロンはポケットに入れていた。
    「綺麗な石ね……」
    トモリンダがのぞき込み、うっとりした。
    だが、その石はただ綺麗な石ではなかった。
    釈寛治は、少しだけ声を潜めて言った。
    「あ、これな、量子を分ける特性があんねやんか」
    「はー何言ってんの」
    フージーには量子の話しなど、呪文にしか聞こえない。
    「まーええ、これがあると、みんな大助かり出きるんや、フーちゃんこれのあるところに俺たちを連れて行ってくれへん……?そんな、都合のええことないな」
    釈寛治は、自分で言った言葉に肩をすくめた。

    「え~。これのあるところね」

    フージーは、石を手に取るとジーと眺めた。とんがった鼻の上に石を近づけたのだ。
    何かを感じ取ったように今度は、鼻を空に向けて目を閉じた。
    同じ感覚の物を感じ取っている。

    「あれー。たくさんあるわよ」
    「えー!!ほんまか。うそ、この島には組成からそんなことないおもっとってん」
    「なにいってるの、ほらそこ、あっちにも」
    「まじ!」
    「冗談なんか言わないわよ」
    フージーと釈寛治の会話をアーロンはニコニコしながら聞いている。
    「どうしたの?なに?」
    トモリンダは、時々素粒子に関係する話を釈寛治が言うことに戸惑っていた。
    「この石なら、この島どこでもあるわ、色は違うかもしれないけど」
    「えーねん。えーねん。色なんかどうでも。エネルギーに変換出来る機械作れるねん」

    トモリンダは、川沿いの大きく右に曲がった道の先に何かありそうな気配を感じた。
    「みんな、ちょっと待っててこの先に、町がありそう」
    そういうと、1人で道を走っていった。
    しばらくすると、そこには川沿いにいくつもの温泉宿の建物が姿を現した。
    (ここがつかえたら、最高だわ)

    3人が待つ場所に走って戻ってみると、3人は折り重なるようにして眠っていた。

    【人類未知の装置】

    山間の川に沿って、10件ほどの温泉旅館やホテル、そして民家がいくつも密集していた。
    緊急避難のためか、ほとんどの施設や民家は、港と同じように鍵がかかっていない。
    また、その道沿いには自動車整備工場もあった。
    持ち主が几帳面なのか、きれいに整理整頓されたままだ。
    うっすらと積もった埃は、10年の時を物語っていた。

    とりあえず4人はオレンジ色の壁のホテルに入った。
    エントランスが明るかったから、そのホテルにしたのだが好都合なことに、自動車整備工場の隣だ。
    荷物を下ろすと、アーロンと釈寛治は、隣の整備工場に飛び出していった。
    整備工場では、2人の目がギンギンに輝いた。
    10年間眠っていたそこは、古びたオイルや工具が放つ鉄の臭いが、二人を待ち続けていたようだった。
    アーロンは、自分よりはるかにでかい工具箱を片っ端から開け、一つ一つずっしりと重い工具を手に取っては、眺め微笑んでいる。
    一方、釈寛治は脚立を引っ張り出し、本棚にある設計図書を片っ端から目を通し始めた。
    工具もバイス台も、一通り何でも揃っている。
    なんだか自分たちも大人になったような気分だった。
    釈寛治は振り向きざま、アーロンに叫んだ。
    「ここは、わしらの基地や!」
    アーロンは、ニコニコして右手を大きく挙げた。

    しばらくすると、荷ほどきが終わったトモリンダとフージーが
    「すごいわね~」とあたりを見回しながら、基地に入ってきた。
    工場にいたはずの2人は、もう姿が無い。
    工場の横の空き地には、何台か車が止まっている。
    その中の一台、軽トラックの回りでごそごそしているアーロンと釈寛治を見つけて、フージーがすでに油だらけになっているアーロンに声をかけた。
    「この車動くの?」
    「わしら、最強コンビやで!あと30分もしたらエンジンかけられるわ」
    アーロンはニコニコしながらうなずき、鼻の下を拭った。
    その拍子に顔がさらに黒くなった。
    アーロンは、ガソリンタンクをもぎ取り、釈寛治は密閉された予備タンクの様な物を基地から台車を使って運んだ。
    フージーがあれよあれよと見ているうちに、エンジンがうなり声を上げた。

    それを見ていたトモリンダが、大きな声で問いかけた。
    「ちょっと待って、誰が運転するの?私、運転できないわよ」
    釈寛治が動揺した。
    「え~!!」
    するとアーロンが、ニコニコしながら自分の靴を見せてきた。
    そこには、運転席のペダルに届くよう細い木の棒を組み合わせた補助具が取り付けられていた。
    「アーロン、運転できるの?」
    ニコニコしながら、アーロンは大きく誇らしげに頷いた。

    フージーと釈寛治が、荷台に飛び乗った。
    「トモ先生、早く」フージーが荷台から急かした。
    「どこ行くのよ?」
    「みんなの所に決まってるやん、はよ乗って日が暮れちゃう」
    釈寛治もトモリンダを急かした。
    アーロンは、運転席に座って棒の着いた靴をニコニコしながら、はめている。
    「大丈夫?」トモリンダは、しかたなく車に乗り込んだ。

    今日の乳母車がよほど怖かったのか、アーロンが運転する車は、安全運転だった。
    とはいっても、荷台の2人は大喜びで風を受けて1日かけて歩いて来た道を戻っていく。

    1日かかったとは、到底思えない。
    死にかけた坂も、水遊びした滝も風と一緒に去って行く。
    トモリンダは、予想もしない展開で、みんなへ何て言ったら良いのか分からないまま、ずれたメガネを直しながら流れる風景を見ていた。
    峠を越えると、すぐ港が見えた。
    「港だ!」フージーが歓喜の声を上げた。
    誰もいないホテルの前に、車を止めた。
    フージーと釈寛治は荷台から落ちないように、小さな体で恐る恐る車から降りた。
    ホテルのエントランスに入ると、真っ暗で誰もいない。
    と、思ったその時、奥の暗闇から声がした
    「フージー!釈寛治!どうしたの!どうして車があるの!?」
    ナナとジョージが一緒に飛び出してきた。
    それに続くように、奥からみんながぞろぞろと姿を現した。
    突然響いたエンジンの音に、本国の追っ手が来たかと思って、みんなで息を潜めて隠れていたのだった。
    一番はしゃいだのは、トモリンダだった。
    「あー楽しかった。今日出たとは思えませんでした。
     3人が頑張ったおかげで素敵な隠れ場所が見つかりましたよ。
     釈寛治君とアーちゃんが車作ってくれたの。すごいでしょ!」
    「作ったんちゃうて改造したんや、スペシャル基地で、な!アーロン」
    遅れてアーロンが油だらけのシャツに真っ黒な顔をして、裸足でニコニコしながら入ってきた。
    フージーは、少し顎を上げて誇らしげに腰に手を当てている。
    ナナは、
    「すごーい。アーロン、釈寛治もフーちゃんもよく頑張ったわね、
    汚いわね、先にお風呂入りなさい。お話しはその後からゆっくり聞くわ」

    4人と、ホテルに残っていた12人は、今日の大冒険と車の話しをみんなにした。
    隠れ里探しのミッションは早くも成功し、あとは、隠れ里の整備とこの港町への100人受け入れ準備だ。
    しかし、課題はまだ、たくさんある。
    その大きな一つがエネルギーの確保だった。
    釈寛治は、自分が考えている物質そのものから莫大なエネルギーを取り出す話しをしたが、誰にも通じなかった。
    ドクビッチでさえ子供の夢物語として聞いていた。
    明日、トモリンダは港に残り代わりにジョージが行くことになった。
    その日は港のホテルで眠った。

    朝が来た。
    ホテルの前に横付けされた軽トラ。
    その荷台では、釈寛治とアーロン、そしてフージーの3人が手摺りをつかんで飛び跳ねながら、ホテルに向かって急かしている。
    「ジョージさん、早く!!」
    「わかった、ちょっと待て」
    食パンを咥えたまま、ジョージが運転席に乗り込んだ。
    一行を乗せた軽トラは、隠れ里の秘密基地に向けて勢いよく出発した。

    「おー、これはいいね」
    目の前には、オレンジ色の外壁のホテルを見てジョージが感心した声を漏らした。
    荷台で、はしゃいでいた2人は軽トラが止まるやいなや自分で荷台から必死に降りたかと思うと、さっさと基地へと走っていってしまった。
    残されたフージーを、ジョージが両手で軽々と下ろしてやる。
    「ふーちゃん、すごいの見つけたね。……あいつら走って行きやがった。あれが昨日言っていた基地だな」
    ジョージはあたりを見回しながら、フージーの手を引いてゆっくりと隣の基地へ歩いていった。
    中に入ると、2人はすでに作業にとりかかっていた。
    釈寛治は大きな紙を床に広げ、何やら難しい計算式を猛スピードで書き殴っている。
    もう1人のアーロンは、早くもコンプレッサーを分解しようと工具を握りしめていた。

    基地で作業に没頭する2人をおいて、ジョージはフージーと一緒にオレンジのホテルへ戻り片付けを始めた。
    お昼になり、フージーは石を探しながら、基地の2人を呼びに行った。
    「ねーごはんよ!ねーったら、ご飯の時間ですよ!」
    だが、2人の耳には全く入らない。それどころか、いつの間にか2人で脇目も振らずに何かを組み立てている。
    「もー!しらない!」
    フージーは、今の2人には何を言っても無駄だと思い、石を二人の足下に置いてホテルに戻った。
    ジョージと昼ご飯を済ませたフージーは、今度はパンと飲み物をもってジョージと一緒に再び基地にやってきた。
    ジョージは2人を見て、思わず吹き出した。
    いつもニコニコしているアーロンの真剣な眼差しと、今度はその助手を必死に務めている釈寛治の姿がたまらなく面白かったのだ。
    そこには、軽トラックから剥ぎ取られた発電機や、びっしりと配線がつながった複雑な部品がバラバラに解体されて転がっていた。大人の技術者でも頭を抱えるような複雑な機械だ。
    しかし、アーロンと釈寛治の二人は、まるでおもちゃのブロックでも組み立てるように、迷いのない手付きでいじくり回し、全く別の不気味な機械に作り変えていく。あるのは、真剣な眼差しと必死に動かす手が次から次へと部品をつなぎ合わせている、光景だった。

    「おーい、ご飯持ってきたぞ」
    「ね!ひどいでしょ?」
    声をかけても何かを作っている手が止まることは無い。
    ジョージがふざけて、アーロンの口元にパンを持っていった。
    アーロンは目も手も動かさず、口だけ横に歪めてパンにかじりつくと、あっという間に飲み込んでしまった。
    フージーも面白がって、釈寛治に同じことをした。
    釈寛治も同じようにあっという間にパンを平らげた。

    続いて飲み物を顔の横に付けると、その時だけ手探りでコップを手に取り、一気飲みほした。それでも目は作っている品物から絶対に外さない。
    2人とも全く同じ動きだった。
    フージーが呆気にとられたように呟く
    「面白い人たちね、こんなに夢中になるなんて、はじめてだわ、こんな2人」
    だが、技術者であるジョージには分かった。
    2人から漂うただ事では無い気配を、肌で感じ取っていた。
    ジョージは、しばらく2人の様子を見ていたが、フージーが退屈そうなので、一緒にホテルに戻り、続けて片付けの作業に入った。
    時計の針が3時を回ったころ、ジョージはさっきの2人の様子を見に行った。
    すると2人は、作っていた装置の横で大の字になって眠りこけていた。
    「あー、疲れたんだな、そりゃまだ5歳だもん。
     あんな集中したら眠くなるって当然だよな」
    そこには、大きめのビールジョッキほどの大きさの見たこともない奇妙な装置がぽつんと置かれていた。
    ジョージは苦笑しながら、2人の作った妙な形をした製品に近づいて、のぞき込んだ。
    そして、何気なく手を触れようとした瞬間――。

    「あかん!触ったら、あかん!」
    釈寛治が飛び起きた。
    「どうして、よく作ったじゃ無いか?何かわかんないけど」
    見ると、いつも笑っているアーロンが笑っていない。
    「ジョーさん、これな、きのう話ししてたエネルギー変換装置なんや」
    「なんだそれ!」
    「まー、ちょっと聞いて。人でも動物でもええんやけど、この中に爪を入れるとな温度が上がるんや」
    「それだったら、ちょっとぐらい触っても良いじゃ無いか」
    ジョージが再び装置に触ろうと手を伸ばした。
    「あかんて!」
    「なんでだよ、うるさいな!」
    「最後まで聞いてや。制御に自信ないねん。最悪大爆発すんねん」
    「大爆発って……爆弾か?どうして爪なんかで爆発すんだよ。
     そんな面白発見、今の博士にだって無理だよ」
    ジョージの常識的な問に、釈寛治は頭を掻きながら、説得するような声で返した。
    「そう思うのも、しゃーないけどな。物をエネルギーに変換すること自体は、できたんや。
    そやけど、それがゆっくり、安全に変換できるように抑え込むのがめっちゃ難しいんよ。こればっかりは、実際に実験してみな分からんのやんか」

    「物をエネルギーって……お前、それ原子爆弾か?」
    子供とは言え、ジョージの背筋が凍った。
    しかし、釈寛治は事もなげに言った。
    「違うて、原子爆弾にならんように作ったけど。もし……実験失敗したら爪ひとかけらで大爆発や、
    予定やと爪のひとかけらで300℃が3年ぐらい出続ける計算にしてあんねん」
    ジョージには、とても信じられない。
    目の前にいる、まだたった5歳児の2人が、爪のひとかけらで、質量をエネルギーに変える――それこそ、原子爆弾並の超技術を詰め込んだ装置を作るなんて、しかも、彼らはそれを制御しようとしている。
    どこまでが本当で、どこからが、うそなのか。
    不審の念を抱きながらも、ジョージは二人の話に付き合うことにした。
    「釈寛治、もし、そんなやばいもんを実験しようと思っても、そんな場所あるか?」
    「どんな場所?」
    そのやりとりを聞いていたフージーが、なんの話しかは分からないながらも、『場所を探している」という気配を敏感に察知して反応した。
    「ん~。人がいない。民家が無い。万が一爆発しても、風で煙が流れてこない場所。ん~。あと、船がいないところだ」
    ジョージが条件を並べ立てる。
    するとフージーは、ずっと目を閉じ、顎を上げて、鼻の頭を上に向けた。
    「あるわよ。道はわかんないけど、島の奥の方、あっち」
    フージーが小さな指で示したのは、島の南東方向だった。
    島の外周には道がある。来るときにその道は見えた。反対側の景色はまだ見えていないが、ジョージの記憶の片隅には、その道が島の奥へと続いているような残像があった。

    「フージー、そこは、島の端っこ?海沿い」
    ジョージは場所を正確に確認したかった。
    「う~んとね~」
    フージーは鼻を空に向けて、再び目をつむった。
    「そうだよ。山から広場になって、それから海」
    「すごいねフージー。千里眼だね」
    ジョージは、感心しながらそう言って、これからのタイムスケジュールを考えた。
    今いるのは、二山島の間に挟まれた山間部の秘密基地。
    この先の陸路がどこまで続いているかは分からない。
    それなら一度、港に戻って、そこから崖岸線を走らせた方が確実だ。
    海側から回り込めば、2時間ぐらいでいけるはずだと考えた。
    「今日はもうすぐ日が暮れるから、明日、実験しよう」
    張り詰めた空気を溶かすように、アーロンがいつものようにニコニコと笑っている。

    「今日の作業は終了!さっさと片付けてみんなの所に帰るぞ」
    とジョージが右手を突き挙げて明るく叫んだ。
    アーロンが密閉できる頑丈な箱をどこからか見つけてきて、ビールジョッキのような装置を優しく入れた。
    軽トラックの助手席に、その箱を載せシートベルトでガチガチに固定した。
    さらに万が一の揺れでも動かないよう紐でこれでもかと縛り上げた。
    まるで、生きた爆弾を運ぶような手つきだった。
    ジョージが運転席に乗り込み、3人は荷台へ乗った。
    今度は3人ともはしゃいではいない。
    荷台の手摺りにつかまりながら、気持ちよく夕方の風を感じていた。

    港のホテルに戻ると、ジョージは真っ先にみんなをエントランスに集めた。
    「みんな、よく聞いてくれ、今、外の軽トラの助手席に、とんでもない装置が積んである。絶対に何があっても、近寄るな。釈寛治の話しだと、最悪の場合、この港ごと吹っ飛ぶような大爆発が起きるかもしれないんだ」
    昼間の疲れで穏やかだった空気が、一瞬で凍り付いた。
    トモリンダもドクビッチもジョージの冗談を言っているようには、見えない空気に、表情がかたくなった。
    「ジョージ、どういうこと……?」ナナが、混乱して聞いた。
    「釈寛治から説明をうけても、俺にはどうしても分からん。
     でも、上手くいけば石油が要らなくなる」
    「とにかく、軽トラックに触ったらダメってことでしょ」
    「そういうことだ、それで、明日の朝早くに、フージーの案内を頼りに島の南東に向かう。そこで実験を行うのに、釈寛治とアーロンの力が必要だ。
     俺一人で行きたいが、俺ではどうすることもできん」
    静まり返ったエントランス。窓からポツンと見える軽トラが、異様で不気味に見える。
    みんなの胸には、明日行われる仕事が自分たちの想像を超える「危険なものである」という、事実がずしりと突き刺さった。
    そこで、釈寛治が場を引き裂く一言を言った。

    「あー、なんか、みんな勘違いしてるみたいやけど、その装置、簡単には爆発せえへんで」

    『え゛~なんじゃそれ!?』
    エントランスのみんな、そしてフージーも爆発すると、思い込んでいた。
    「それ、最初も難しいんや。最初に千度に熱した鉄か何か、入れんと始まらんねん」
    アーロンだけが、ニコニコしていた。
    「……お前、それ先言えよ!今まで俺爆発すると思って……脂汗かきっぱなしだ~」
    ジョージの力が切れて、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
    とはいえ、実験が危険である事には変わりない。

    翌朝、まだ薄暗い時間に一行を乗せた軽トラックは、南東の果てを目指して出発した。
    荷台にスクラップで作った、小さな石窯のような燃焼装置と、きのう作った装置が載せられている。
    それらは、荷台に乗る子が、潰されないよう頑丈に固定されていた。

    助手席にフージー、荷台にアーロンと釈寛治が乗り、軽トラは海岸沿いの道を、気持ちよく走って行く。
    朝日が昇り、水平線がはっきり見える。水面に反射する朝日を受けてしばらく走ると、フージーが『もうすぐよ』とみんなを元気付ける。
    昨日フージーが言ったとおり、左に開けた広場、その奥に高い崖、右側には海が輝いていた。
    「おー。フージーちゃんピッタリ。昨日俺が言ったとおりの場所じゃん」
    ジョージが感動して、思わず声が出た。
    釈寛治は、今から実験ができる喜びで、そわそわしている。
    広場の真ん中に石窯をセットした。

    石窯で炭を焼き、アーロンが鞴で風を送る。暖まったとこに、スクラップの鉄くずと、コークスを入れさらに温度を上げていく。
    鉄くずが溶けて黄色に近い赤色になり出した。
    「ジョージさん、少し爪ちょうだい」
    「え!俺の?」
    「そうだよ」
    「もしかしてと思って、昨日言ってたから切って持ってきたんだ。じゃーん」
    ジョージが張り切って出すと、もう、釈寛治は、装置をのぞき込んでいた。
    「アーロンそろそろかな」
    アーロンは、ニコニコして頷いた。
    「ジョージさん、爪を入れて10分したら反応が始まるんや、それまでに俺たちも安全なところまで逃げんとあかん」
    「逃げるって、どこまで」
    「逃げれるとこまで、準備して車に乗って!!アーロン準備できたら教えてな」
    アーロンは、煮え繰り返った鉄をすくい装置の横から流し込んで、その口の蓋をした。
    釈寛治は、爪をひとかけら摘まんで、上の蓋を開けた。
    「ジョージさん車に乗ってエンジンかけて!!行くよ。フージーも早く乗って」
    釈寛治は爪を装置に放り込んで蓋をした。
    すぐ、アーロンが釈寛治を抱きかかえ車の荷台に転げ込んだ。
    「出して、10分後始まるよ」
    軽トラは、4人を乗せて来た道を一目散に走り出した。

    ジョージはアクセルを床まで踏んだ。軽トラのリヤタイヤが悲鳴を上げる。
    バックミラーの向こう、朝日に輝く誰もいない広場が、猛烈なスピードで遠ざかっていく。

    荷台では、アーロンと釈寛治が手すりにがっしりとしがみつき、フージーは助手席でダッシュボードを両手で必死に押さえている。

    1分、2分……刻一刻と迫る運命の10分。
    「頼む、大爆発だけは勘弁してくれよ……!」
    ジョージの祈りともつかない叫びが、海岸線の潮風に掻き消されていった。
    そして、ついにその時がやってくる――。

    山裾の道ばたに4人を乗せた軽トラを止めた。
    息をのむ4人。

    10分経った。何も起きない。
    安心しきったその時だった。
    一瞬光ったと思った数秒後、大爆音が全身に響き渡る。
    ジョージはフージーを全身で覆った。
    フージーは悲鳴を上げて泣き出した。
    荷台のアーロンと釈寛治も耳を塞いで目を閉じた。口を開けたまま、今起きている大爆発を自分がたちが起こした罪悪感の恐怖が二人を襲った。

    けたたましい爆音の余韻が、キーンと耳鳴りになって響いている。
    ジョージはゆっくりと体を起こし、腕の中で泣きじゃくるフージーを抱きしめた。
    「大丈夫か」
    優しく、語りかけた後、荷台の二人を思い出した。
    「おい、二人とも大丈夫か!!」
    振り向いた荷台には、棒立ちで突っ立っている二人がいた。
    遙か遠く、さっきまで自分たちがいた広場の方角から、巨大な煙が天に向かって立ち上がっている。
    「……見に、行こう」
    ジョージは震える手で、シフトレバーをバックに入れ、ゆっくりと、しかし引き寄せられるように煙の上がる実験場へと軽トラを反転させた。
    そこで、4人が目にした物は、人類の歴史を塗り替える、恐るべき『奇蹟』の跡だった。

    もう少しだよ、と言ったあたりから草木の焦げた臭いがする。
    広場の近くのアスファルトは溶け、木々が焦げている。
    広場はまだ暖かい空気が残っている。
    山側の地肌は溶け、煙が立ちこめている。
    さっきまで装置が置いてあったあたりにはクレーターがあり、石窯のあった形跡は全くない。
    軽トラをクレーターの近くまでゆっくり寄せた。
    フージーは、助手席に乗ったまま目を丸々させて光景を見つめている。
    ジョージは、クレーターをのぞき込んで、膝をついた。
    釈寛治も、荷台から降り、想像を超える爆発に震えていた。
    アーロンは、クレーターをのぞいて釈寛治に微笑みを浮かべた。

    釈寛治は何がいけなかったのか、謎が深まるばかりだった。
    アーロンがはじめて小さく声を出した。

    『ドンマイ』

    はじめて聞いたアーロンの声に、4人の意識はアーロンに移った。
    そして、顔を見合わせ、笑い出した。

    第13章 粋

    【危機】

    この爆風と島にある地震計は、本国に伝わるのにそう時間はかからなかった。
    本国では、不審電波の確認から数日しか経っていない。
    隣国の奇襲か。スクランブル発進も躊躇されるほどの緊迫感の中、すぐさま国防会議が招集された。
    マスコミには、一切口外しないよう極秘マークが打たれていた。

    港のホテルで待つみんなにも、爆音と地響きは届いた。
    中には、閃光を見た者もいた。
    もしかして、軽トラの装置が、みんなの不安が連鎖する。
    ナナが、珍しく取り乱している。
    「アーロン無事かしら、ジョージ、フージー、釈寛治……」

    一方その頃、南東の果てから港に戻る軽トラックの車内には、重苦しい空気が流れていた。
    ジョージの心臓は、未だに早く脈打つ。
    あの想像を絶する爆音とクレーターの光景。
    あれだけの爆発なら、間違いなく港のホテルにいるナナ達にも届いているはずだった。
    (今すぐ帰って、みんなに無事だと伝えて安心させてやりたい)
    焦るジョージの右足が、無意識にアクセルペダルを踏み込もうとする。
    キッ!キーッ!
    曲がりくねる道でタイヤが悲鳴を上げた。
    『うぉっと……!』
    ジョージがとっさにバックミラーを見た。
    荷台には、はじめて言葉を発したアーロンと釈寛治が乗っている。
    アーロンが釈寛治を後ろから包み込むように手摺りを握りしめて、カーブを楽しんでいるように見える。
    これ以上スピードを出すと、カーブでこの子達を落としてしまう。
    焦る気持ちと、スピードを出せないもどかしさを感じながらも、アーロンを信じた。
    ぶっ飛ばしたい気持ちを抑え、カーブと加速減速に細心の注意を払い進んだ。
    助手席のフージーは、まだ恐怖が残っている様子だ。
    遠くに見えてきた港は、走っても走ってもじりじりとしか近づいてこなかった。
    ジョージが運転する4人を乗せた軽トラは、今の状況では最速のスピードで、みんなの待つホテルへの道を進んでいく。

    みんなが4人の安否を思い不安をつのらせる中、ドクビッチはこれからのことを考えていた。
    この先、軍がやってくるのは明白だ。とにかく、ここではみんなが危ない。
    机に座ったり、机の回りを歩いたりして案をいくつも練っていた。

    みんなは、エントランスで4人の絶望を感じ取り傷心しきってそれぞれ椅子に腰をかけている。
    口を開くものはいない。
    はじめて重い空気が、エントランスを支配していた。
    ナナだけは沿道に出て、遠くに見える道を見つめている。
    (もしかして、いや、絶対帰ってくる)
    自分に言い聞かせるように、自分の胸の前に両手の指を絡め祈るような気持ちで立ち尽くしていた。

    1時間ほどすると、遠い木々の間から、白い影がちらっと見えた。
    「あ!もしかして、でもガードレールかもしれない」
    気持ちが焦る。錯覚のようにも見える。
    「あ!間違いないわ、車が来る、軽トラがこっちに向かってる」
    そう思った瞬間にエントランスに駆け込んだ。
    「軽トラが帰ってくるわよ!」
    その声に、みんな驚き立ち上がるとき椅子が弾き転がり、ホテルから飛び出した。

    遠くに、でも確かに見える軽トラには、4人の姿が見える。
    ナナの目から次から次へと、涙がこぼれ落ちる。
    もう、拭っても拭っても前が見えない。
    軽トラが到着した。
    フージーがトモリンダに飛びつく、釈寛治もアーロンも気まずそうに荷台から降りてきた。
    ナナがジョージに近づいたその時、
    『パン』
    ナナがジョージの頬を平手で打った。
    「子供3人を殺しかけたばつよ」
    そう言って、ジョージに抱きつき、子供のように泣きじゃくった。
    「悪かったな、もう大丈夫だ。ナナ」ジョージはナナを優しく抱きしめた。

    エントランスに、軽トラで生還した4人と全員が集まった。
    まだ、生還した喜びの余韻で騒がしい。
    ドクビッチだけが冷静にみんなに声をかけた。
    「みなさん、無事で良かった。でも、聞いて下さい。無線だけで飛行機が飛んでくるんです。これから何が起きるか分かりません。そこで提案なのですが」
    みんなの視線がドクビッチに集まる。
    「ここを離れましょう。とはいっても、ここには数人残ります。
    カモフラージュです。
    おそらく軍は、人がいても、船の生き残りがたどり着いたと思うでしょう。
    その生き残りがここに残ります。
    後の人は、山側のオレンジのホテルに移動します。
    みなさんでここまでやってもらえれば十分です。
    しかし、離れたところでもう一度似たような復旧が待っています。
    まだ、大変なことが続きますがいかがでしょう」
    「誰が残るのですか」
    「ん~。私と……」
    「私でも良いですか?」ジョージが手を上げた。
    「それは、心強いです。私もそう思っていましたが、いつもジョージさんばかりで申し訳ないと思いまして」
    「何言ってるんですか、そんなの何でも無いですよ。
     山のホテルも車で行けばすぐですよ」
    「いつからですか?」
    「今からです。用意のできた方から行きましょう。
     子供はまず軽トラで運んで、終わったら大人たちを順番で運びましょう。
     あ、それから山のホテルをこれからオレンジベース、ここ港のホテルをブルーベースと言うようにしましょう。ややこしいですからね」
    「オレンジベースとブルーベースか。良いですね。それなら、すぐ取りかかりますよ。夜のハイキングも楽しいかもね。オレンジベースへ引っ越しだ」
    すぐ、ブルーベースを抜け出す準備が始まった。

    国防会議では、明日軍による島の調査が行われることが決まった。

    翌朝、ドクビッチとジョージは、賑やかだった今までが、うそのように静まり返ったエントランスで簡単な朝食を済ませ、これまで何があったのか、嵐の後の話を作っていた。
    静かなエントランスに低空で飛ぶ飛行機の音が近づいてくる。何度も何度も、島中を調べているのだろう。
    しばらくすると、今度は、ヘリコプターが数台飛ぶ音でエントランスでの会話もままならない。
    おそらく、昨日の爆発地点を発見し痕跡を調べているのであろう。
    「オレンジベースのみんなも上手く隠れていると良いのですが……」
    ドクビッチの脳裏にみんなの笑顔が浮かぶ。
    ジョージも同じことを考えていたが
    「先生、大丈夫ですよ。ナナもトモリンダ先生もいるし、ミミーもいる。
     心配いりませんよ」
    自分に言い聞かせるように、ドクビッチに声をかけた。

    数機のヘリコプターのうち一台が、港の空き地に着陸した音が聞こえる。
    「来たな」ドクビッチが小さな声でジョージを見た。
    ジョージは小さく頷く。
    二人はエントランスから立ち上がり、扉から両手を挙げ、白い小旗を1本ずつ持っている。
    ヘリから銃口が向けられているのが見える。
    ジョージは映画でしか見たことのないシーンに、自分がいることに震えている。
    (これが、本物なのか)
    銃口がいくつも自分たちに向けられ、数人がゆっくりと近づいてくる。
    「両手をついて、腹ばいに寝ろ!」
    二人は、言われるまますぐ指示されたように腹ばいになった。
    「私たちは、紀豆半島から送られて来たものです。この島に着いたのは二人です。民間人です」
    ドクビッチが腹ばいになったまま精一杯の声で訴えた。
    銃口は、向けられたまま足音が近づいてくる。
    「いや、それは、うそだ!」
    ヘリコプターが降りた空き地からでは無く、反対の陸の奥から大きな声が聞こえた。
    「おれが、いる」
    服はボロボロ、ズボンも破れてはいるが、隆々とした筋肉は明らかに一般人では無い。
    銃口が『さっ』といくつか向けられた。
    「おれは、本国、第一特殊部隊大佐の伊予だ。その二人は、俺たち軍人が守るべき民間人だ。銃口を外さんか!! いつまで向けてる!!」
    二人に向いていた銃口は、全て他に向けられた。
    「どういうことですか」軍の一人がとっさに口に出た。
    「ここでする話か?おまえ、状況判断もできんのか!!」
    伊予大佐の迫力に、軍隊からの殺気がうそのように無くなった。

    ドクビッチとジョージは恐る恐る顔を上げた。
    (船長)
    二人は、はっとしたが、船長が小さく顔を振り「しゃべるな」という視線を送った。
    「二人は、解放するぞ、私を大将のところに連れて行け」
    ヘリコプターの音が鳴り止まない。
    「無線を大将閣下に繋げ、俺が直接話す」
    船長は、ヘリに乗り込んだ。
    「おー、伊予君、生きててくれたか、心配したぞ」
    「閣下、連絡が遅れて申し訳ございません」
    「島での生存者3名、食料と燃料の手配をお願いします。それと、今後、感染者の受け入れは、こちらで準備いたしますので、無線も合わせてお願いします」
    「おー、分かった。ところで爆発のことは知っておるか」
    「私は、爆心地近くの二鬼浦にいました。近くで船舶の音がしておりましたので、てっきり本国が実験をやり出したと思っておりました。
     あんなひどい海に感染者を運ぶなど、あってはならない事を、平気で命令できますから、私一人で任務に就きました。被害者を最小にするために」
    この無線は、軍トップ関係者も聞いている。
    少し皮肉を込めて、言い放った一言に大将は少し動揺した。
    「いやー、俺は無理するなと言ったんだが、本省の医療班と経理班が予定通りに、予算を執行しろってうるさくてな。悪かった。
     伊予大佐、そのまま島に残れるか」
    「もちろんです。患者もその家族も私が守ります」
    「そのうち、応援も出すからしばらくお願いするよ、細かいことは各部と調整してくれ」
    「はっ!」
    無線は、切れた。

    軍に狙われる恐怖を体感して、恐怖に支配されかけているドクビッチとジョージの元に伊予大佐が戻ってきた。
    「もう心配要りませんよ。あのやかましいヘリも、もうすぐいなくなります」
    伊予大佐の表情は二人に安心を与えるには十分の笑顔だった。
    3人は、エントランスのソファーに腰を掛けた。
    しばらくすると、ヘリコプターの音も飛行機の音も無くなり、いつもの静かな島に戻った。
    この3日間の出来事をお互いに話しを始めた。
    「ほー、釈寛治君とアーロン君が……」
    軽トラの修理や爆発装置を作ろうとして失敗したことも、全てを話した。
    「5歳の子供が……信じられませんが、それなら、全てのつじつまが合いますね」
    船長はあの爆発が、爪のひとかけらだという事実が信じられない。
    しかし、信じようとした。
    「ドクビッチさん、ジョージさん、このことは、誰にも言ってはいけませんよ。軍が知ったらえらいことになります」
    「船長も軍の偉いさんなんでしょ?」
    ジョージがあっけらかんと聞いた。
    「そうでしたね。偉くはありませんが。でも、誓います。
     私はあなた方を絶対に守ります。たとえ、軍が敵になろうとも、あなた方を守ります。信じてもらえませんか」
    「そりゃー信じますとも、もう何回も命を救ってもらったんです。
     信じるどころか、これからもよろしくお願いします」
    「私からもよろしくお願いします。オレンジベースのみんなも喜びます」

    一方、オレンジベースの14人は、低空で飛ぶ飛行機の音が近づいてくる数分前に、ミミーがみんなに危険を知らせて、オレンジベースの中でじっと隠れていた。
    ヘリコプターの音が消えても、まだじっと耐えていた。
    日が陰り始めたころ、ナナがトモリンダに相談した。
    「音が無くなって、だいぶ経つわね」
    「そうね」
    トモリンダが、ずれたメガネを上げながら窓から外をうかがう。
    「ミミーに聞いてみる?あれ?ミミーがいない」
    「アーロンも釈寛治君もいないみたいよ」
    「どうしよう、捕まったのかしら」
    オレンジベースの中を探しても、見つからない。
    「やだ、どうしよう、まさか、また……」
    ナナが不安を言葉にしたとき、隣の工場から何かを叩く音がした。
    トモリンダは、意を決してナナに
    「私、工場見てきます。前に来たことありますから、まだ、じっとしてて」
    トモリンダは、あたりを見渡し、背中を丸めて工場まで駆け込んだ。
    そこにいたのは、
    アーロンと釈寛治そしてミミーが、何事も無かったかのように耕運機を分解していた。
    「ちょっと、あなたたち、見つかったら連れて行かれるわよ」
    トモリンダは、珍しく語気を荒げでも静かに言い放った。
    「もう、大丈夫だよ」
    ミミーが冷静に耕運機の分解を手伝いながら言った。
    「どういうこと?」
    「もう、飛行機もヘリコプターも船もどっか行っちゃった」
    「先に言ってよ」
    「どうして、みんなも分かってるって思ったんだもん。これは、みんなにはわかんないと思うんだけど、もう一人一緒にいるよ」
    「もう一人って、どこに」
    「港のおうち」
    「どういうこと?」
    「たぶん船長さん、前まで一人でいたんだけれど、港まで来たみたい」
    「???」トモリンダは、ずれたメガネを上げながら聞いた。
    「足の音でわかるの」
    ミミーの能力は分かっていたが、ここまで分析できるのか、あるいは成長によって発達したのかはトモリンダには分からなかった。
    ただただ驚異的な進化に言葉を失うしかなかった。

    【物資到着】

    夜が明けて、軍の船が港に到着した。
    そこには、食料、無線はもちろんのこと、満タンの燃料タンク車、野菜や穀物のタネ。水タンク車、救急医療車、ガスボンベ、小さな部隊が生活できる物資が運び込まれた。
    伊予大佐は、まるで自分の部隊のように的確に指示を出していく。
    ドクビッチとジョージは船長の偉大さを、改めて実感した。
    船の荷下ろしは、2時間ほどで終了し、船は何事もなかったかのように去って行った。
    船を見送りながら、
    「船長すごいですね」
    ジョージが驚きながら、船長を見た。
    「いえ、私の力ではありませんよ。本国はよほど私に戻ってきてほしくないようです。この物資は、私たちの口封じと、面倒な案件の押しつけですよ」

    【島の再建】

    二山島に残された17人。
    伊予大佐の情報によると、最初に数十人島に入れ、生存できるか確認した後、4ヶ月後100人30世帯ほどを入れる計画であった。それが上手くいけば、全ての感染者を収容するつもりである。
    本国は3人の生存者を確認したので、数ヶ月後には30世帯が来るはずである。
    伊予大佐は、これから人が増えるであろうことをジョージとドクビッチに全て話しをした。

    3人は、食料と燃料を支給されたトラックに詰め込んで、オレンジベースに向かった。
    オレンジベースでは、ナナとトモリンダがキッチンで慌ただしく、非常食を開封し子供たちの両親4人が8人の子供にご飯を食べさせていた。
    オレンジベースの食堂は賑やかに朝日を受け止めている。
    ミミーが突然
    「何か来る!!」
    ミミーの一言で一瞬にざわめきが止まった。
    「ミミー何が来るの?」
    「大きな、軽トラ!たぶん港の3人だよ!」
    みんなは、ホッとした。
    緊張が緩んだフージーのズボンにじわりと温かいものが染みて、彼女は恥ずかしさで泣き出した。
    向かいに座っていた、ミレイはすでに着替えを取りに走っている。
    釈寛治が何も言わず、立ち上がって濡れているフージーの足下を雑巾で拭き始めた。
    アーロンは、うつむいているフージーをそっと抱き上げ、部屋に連れて行った。
    大人たちが気づく前に、もう行動を取っていた。
    なにごとも、なかったように朝食を取り終わると、外に出て道をのぞき込んだ。
    トラックの姿が見えた瞬間、子供たちが大きく手を振り、トラックを出迎えた。

    トラックから降りた3人に子供たちが大喜びで飛びつく。
    3人の緊張が一気にほぐれ、笑顔があふれ出す。
    ナナが、ジョージに近づくと殺気で子供達が、ジョージから離れていく。
    『パン』
    「こんどは、なに!」
    「なんで、すぐこないのよ。2時間あれば走って来れるでしょ、車があったらなおさらよ」
    船長が徹夜で荷造りしたことを、伝えようとした瞬間。

    「どんまい!」

    アーロンが声を出した。
    「あ!アーロンがしゃべった」
    喜びと驚きにナナが歓声を上げた。
    「あ!爆発の時に、同じこと言ったんだ」
    『パン!』「なんで早く言わないのよ!」
    ナナは涙で前が見えなかった。

    オレンジベースの食堂に全員が集まった。
    子供たちが後ろのスペースでふざけているなか、ドクビッチが話し出した。
    「あと、4ヶ月後に施設の仲間、100人30世帯ほどの人がこの島に合流します。それまでに、農作物や生活環境を整えて上げましょう。みなさんも大変だと思いますがよろしくお願いします」
    「何言ってんですか?当たり前じゃないですか、頑張りますよ。みんなに早く会いたいぐらいです」
    「本国は、この状況をつかんでいません。
    オレンジハウスのことは知りません。
    ここにいるのは、ジョージさんと伊予大佐と私だけです」
    「船長、「いよ たいさ」って変な名前ね」子供が呟いた。
    「たいいって言うのは、名前じゃない。えら」
    伊予がドクビッチの言葉をさえぎって大きな声で話し出した。
    「あ、船長でお願いします。
     ドクビッチさんの言うとおり、この島には3人だけと言うことになっています。4ヶ月先まで軍は来ません。安心して下さい」
    「今は燃料もありますが、島の元の発電所が使えると良いのですが」
    ドクビッチが昨夜の問題点を上げた。
    「たぶん、できるでー」
    釈寛治が、後ろでじゃれながら言った。
    「これだけ、いろんなもんが揃えば、わしとアーロンでなんかできそうや」
    船長は、子供の戯れ言だと思った。
    しかし、ジョージは『この子たちなら本当に』と信じて疑わなかった。

    みんなで、意見を出し合い話あう。意見が分かれることもある。しかし、最後にドクビッチが
    『これで行きましょう』と決まった後は、みんな、心のそこから納得して進める。
    「それでは、港町ブルーベースの復興を船長さん、ミレイちゃん、ラン君の3人で、オレンジベース作物は、ナナさん、ポーカロさん一家、ベルさん一家、そして、エネルギー開発にジョージさん釈寛治君、アーロン君、フージーちゃんと言うことでよろしいかな。手薄のところはそれぞれが補う。私とトモリンダさんはそれぞれの状況を確認して調整係を仰せつかります」
    「じゃー、今夜は明日に向けてパーティーだ!」
    「やったー!!」
    みんな、これからの役割が楽しみで、くたくたになるまで初めてのパーティーが自然と盛り上がった。
    船長はこの時初めてあの爆発は、この子たちの仕業と知り、驚きと次なる脅威になるとらえていた。

    【島の開拓】

    翌朝、朝日はこれからのみんなを励ますかのように、島を照らしていた。
    ジョージは釈寛治、アーロン、フージーを乗せて、船長に書いてもらった地図を頼りに発電所を目指した。
    発電所はブルーベースの反対の東側にあった。誰もいない発電所は、ひっそりと佇んでいる。外観は小さな工場のようだった。
    「ボイラーの中が見たいんや。わし本物見たことないねん」
    釈寛治がそう言うと
    「ボイラーってなに、給湯器みたいなものか?」
    ジョージがハンドルを握りゆっくりあたりを見回しながら、構内を走って行く。
    「あ!あれや」
    小さなビルに、いくつもの配管と鉄骨がむき出しのボイラーがあった。
    「あの中を見たいねん」
    ボイラーのマンホールを開け、真っ暗闇の中に照明を突っ込んだ。
    そこには、大きな空洞があった。
    「これ、これ、このサイズを見たかったん」
    そう言うと、空洞のサイズ、配管の配置、空気の入り口と出口を、小さな体で歩き回った。
    アーロンもニコニコしながら、あたりを見渡している。
    フージーは鉄に覆われた、ボイラーの中が苦手のようだった。
    「うわ、ここに入ると、世界を感じないわ。私、外で待ってる」
    ジョージはフージーと一緒にいろいろと見て回ったが、何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。
    しかし、ボイラーの横の建物の中に大きなモーターのようなものがあった。
    そこには、『MS重工出力2万kW』と書かれた看板があった。
    (これが発電機か……)と思いながらジョージは見ていた。

    一方、ブルーベースの船長、ミレイ、ランの三人は港に行く前に、島の上下水道、農業用水がどうなっているか水源の調査から始めた。
    船長は、それぞれの山の中腹に貯水槽があることは知っている。
    だが、地中に埋まっている配管がどこを通っているのか、途中の弁がどこにあるのかまでは、分からなかった。
    北側の貯水槽は、木々に覆われた森を抜けた開けた場所にある。
    トラックから3人が降りた。
    ミレイとランは喜んで、広場を走り回っている。
    船長は双眼鏡をのぞき、遠くに小さく南の貯水タンクが見えるが、配管は全く見えない。
    「なにが、見えるの?」
    ミレイが何気なく船長に問いかける。
    「うん。配管を探しているのだが、全く見えないな」
    「配管ってなに?」
    「ここに、大きなタンクがあるだろ。これと同じやつが、あの山にもあるんだ。そして、ここに大きな筒が繋がっているだろ。これが麓の町まで繋がってるんだけどわかんなくてね。この筒が水の元なんだ」
    「へー。私には見えるよ」
    「そうか」
    船長は冗談だと思った。しかし、
    (あのフージーが方角をとらえたように、異常な感覚がこの子にもあるのか)と頭をよぎった。
    「どこに見える?」
    簡単な山の絵にタンクを書き、ミレイに手渡した。
    「んーとね」
    と言いながら、ミレイは山の絵に道のようなものを書き出した。書いては消し書いては消し、麓の町まで枝分かれしながら続く線が、山の絵に描き加えられていった。
    「どうして見えるのかな。私には全く見えない」
    「どうして見えないの?目が悪いの?みんな目が悪いのね」

    発電所のアーロンと釈寛治は、あちこち見て回った。
    敷地内をくまなく探検した二人は、待ちくたびれたフージーとジョージが待つ木陰に騒がしく戻ってきた。
    「フーちゃん、ジョージさん、ごめん、おまたせしました。大概のことは分かったんで、後は作ってテストするだけや」
    「またテストするの?ここで爆発したら発電所が吹っ飛んじゃうよ」
    ジョージはあの大爆発を思い出した。
    「もう一回、あそこでテストしよ。たぶんタンパク質の成分の差やと思うねん」
    「おれの爪が悪かったのか?」
    「そんなことちゃうよ。今度はフーちゃんの爪でやらして」
    ジョージにはさっぱり分からなかったが、3人を乗せてオレンジベースに戻った。

    早速、オレンジベースの横にある元車の整備工場の基地へ直行し、釈寛治は地べたに紙を広げ、記号のような計算式とフリーハンドの図面を書き始めた。
    アーロンは、車の廃材を部品にするため野ざらしにしてある車を片っ端から分解しだした。
    フージーはアーロンに工具を渡したり、ご飯を運んだりせっせと動いている。
    手持ち無沙汰になったジョージが
    「おれ、手伝えることあるか?」
    「ないよ」
    5歳児にきっぱり言われ、情けなくなりながらも、
    「じゃー俺、畑手伝ってくるわ」と言って、作物班に合流した。

    釈寛治は、フージーのタンパク質組織が素粒子レベルで違うのではないかと仮説を立てていた。太陽からも地上からも降り注ぐ素粒子の変化を、彼女は全身の細胞で受け止めているのではないかと考えていたのである。あの鼻を上げる仕草は方位を感じているのではなく、全身に降り注ぐ素粒子を感じ取っているためだと考えていた。

    ジョージは、ちょくちょく3人の様子をうかがいながら、畑で他のみんなと汗を流した。
    基地と呼ばれる工場からは、連日朝から晩まで、アーロンが重い鉄板を紙細工のように曲げる凄まじい音や、釈寛治が火花を散らす溶接の音が絶え間なく響いていた。フージーは、ずっとちょこまかちょこまか工具やご飯を運んでいた。
    一週間後、ドラム缶のような大きさの装置ができあがった。
    ジョージは、腰を抜かした。
    ビールジョッキの大きさで、あの爆発を起こしたのだ。
    もし、これが爆発したら、二山島が一山島になってしまう。
    ジョージは本気で恐怖を感じた。
    「お、おい釈寛治、これ爆発したら……。島ごと吹き飛ぶんじゃねえか?」
    「ジョージさん大丈夫や。わしの設計とアーロンの仕上げ、フーちゃんの爪だから大丈夫のはずや」
    「どうやって運ぶんだ」
    「港にトラックでも何でもあるやん、船長に言ったらすぐや」
    「もし、成功してもそれが、熱くなるんだろ。
     そんな熱いドラム缶どうやって運ぶんだ」
    「これを近づけると反応は止まるはずや」
    そう言うと、握りこぶしほどの赤い塊を取り出した。
    「これな反応を抑えるのに、素粒子の方向をそらすことができるねん。
     いっつもニュートリノを感じてるフーちゃんには、空間のバランスが崩れて乗り物酔いみたいになるかもしれへん。
     フーちゃんこれ気持ち悪くない?害はないはずやねんけど」
    「昨日から、あの机の近くに行くとものすごくだるかったの。
     それのせいなのね。なんだかさっぱりわかんないけど」
    「ごめんな、これ昨日作ったんや。そんで、机に入れといた。
     3個あんねん。これがあれば安心やろ。近くに投げれば反応は止まるはずや」

    ジョージは3人を車に乗せ、船長がいる港のブルーベースに向かった。
    港の町は10年も人が離れていたとは、思えないほどきれいに整備されていた。
    二人の子供ミレイとランにも一週間ぶりに会った。
    みんなは、再会を抱き合って喜んだ。そして無邪気に楽しく遊び出した。
    ジョージと船長も笑顔になる。
    子供たちが遊びに行くのを見送った二人は、ブルーベースのエントランスに腰をかけジョージが船長に事の次第を説明した。
    ドラム缶サイズにスケールアップした装置の話しを聞き船長は深く頷いた。
    「テストは必要です。ですが、万が一に備えて、全員を島の北西の町に避難させましょう。避難が完了してからテストしましょう」
    その日のうちに、ジョージと船長が再びオレンジベースに戻った。
    ドクビッチやみんなに事情を説明し、全員一週間ぶりにブルーベースへと集結することになった。
    完成したエネルギー発生装置も慎重に港町へと運び込まれる。
    明日、避難チームとテストチームに別れ、早朝お互いに出発することにした。
    命懸けのテストに向かうメンバーは、ジョージ、船長、アーロンそして釈寛治の4人だ。

    海と山に挟まれた広場にクレーン付きトラックを着けた。
    クレーターがまだ生々しくぽっかり穴が空いている。
    山肌には焦げがしっかり残っている。
    クレーンでドラム缶ほどの装置をクレーターの横に設置した。
    その脇では、アーロンと船長がスクラップの鉄を溶かしている。
    ジョージがすぐ逃げられるように、車を来た道に戻れるようスタンバイし、無線でドクビッチにもうすぐテストに入ることを告げた。
    船長が、こんなことであの大爆発が起きたのか、まだ信じられないながらも、鞴で石窯に風を送っている。
    「そろそろ、やってみるか。今度は30分後にセットしてあるで」
    釈寛治が生唾を飲んで、恐怖に打ち勝つように呟いて、ゴーグルを付けた。アーロンも、いつものようにニコニコしながらゴーグルを付けた。
    アーロンがオレンジに発光する鉄を柄杓ですくった。
    そして、一度大きく頷いてから、装置の横の窓を開けマグマのような鉄を装置に流した。
    釈寛治が上の蓋を開けて、フージーの爪を祈るように3欠片入れて蓋を閉じた。
    「よっしゃ。逃げよ」
    船長が釈寛治とアーロンを両手に抱きかかえ一目散にトラックに走る。
    助手席にアーロンを先に入れて、飛び込むように乗り込んだ。
    ジョージは、一度ドラム缶を見つめてから、アクセルを踏み込んだ。
    前に車を止めたところを通り過ぎ、港の手前の道端で、トラックを止めた。
    エンジンを切る。車内には、祈るような緊張感が漂う。
    ダッシュボードの時計を見るともうすぐ、30分が経つ。

    ジョージがハンドルを握りしめアーロンの肩を抱いた。
    他の3人は何気なく振り返り、来た道越しに見える灰色の雲に覆われた海を見た。
    その時、ぼやけた視界の先で、海が『ぐにゃり』と凹んだように曲がって見えた。
    アーロンが錯覚かと目をこすっている。だが3人は間違いなく、同じ歪む景色を見た。
    一瞬、重力の変化で時空が曲がったのだ。
    釈寛治は、その現象を理解した。
    反応が始まる一瞬、重力変化が起きたのだと。
    「もしかすると、今度は上手くいったかもしれへんで」

    島の反対側で待機していたミミーが、全身で世界の異変を察知して泣き出した。重力が歪んだせいで周囲の振動が狂い、生まれて初めての恐怖に襲われたのだ。

    「あ!!」
    「どうした、釈寛治」
    「これ、すぐに投げんと、島がふっとぶ。忘れ取った!」
    釈寛治が赤い球をコンソールボックスから取り出して叫んだ。
    「どういうことだ」
    ジョージが驚いている。
    「とにかく早く戻って!!」
    ジョージはトラックを逃げた速度より早く、トラックでカウンターを当てながら猛スピードで広場に戻った。
    車内は、右に左にふられまくり、船長が二人を抑える。
    その間にも、釈寛治は赤い球を二つ装置の近くに投げることを船長に伝えた。
    船長は二つの赤い球を揺られながらも自分のポケットに突っ込む。
    このカーブを曲がると、広場が見えるはずだ。
    カーブを曲がっているとき、前輪が派手にパンクした。
    その弾みで、凄まじい衝撃と共にトラックは、ガードレールに突っ込んでしまった。
    煙が上がる車内で、船長は3人の無事を確認すると、フロントガラスを蹴破り外に出た。
    遠くに見える、赤く熱せられた装置に向けて渾身の力で玉を投げた。
    一投目が空中に浮いている間に、2個目の玉を投げた。
    玉は、放物線を描いて装置のすぐ近くに転がった。

    船長は、装置をしっかり見ている。
    赤く今にも爆発しそうな装置は、ゆっくりと元の銀色に戻り始めた。
    アーロンがゆっくり、車から降りて装置の方に歩き出し船長を通り過ぎた。
    「アーロン大丈夫なのか?」
    アーロンは、笑顔で振り向き頷いた。
    船長も一緒に装置に近づいた。
    装置は、まだ熱気の陽炎が立ちこめている。
    アーロンは、着ていたTシャツを手に巻いて、爪を入れた横の蓋を開けた。
    そしてそこに、三個目の赤い玉をそっと入れた。
    アーロンが振り向き、釈寛治を見た。そして大きなジェスチャーで
    『セーフ!!』
    と両手を広げて微笑んだ。
    釈寛治が胸をなで下ろした。

    ジョージは、パンクしてフロントガラスが粉々になったトラックを見ながら、無線の存在を思い出しドクビッチに今の状況を説明し、ひとまず安全であることを伝えた。
    装置の反応は収まったが、トラックの修理と装置の運搬が残っている。
    船長とジョージがトラックを修理し、アーロンと釈寛治が装置の回収に向けて作業を始めた。

    まだまだやることは、山ほどある。
    発電所の復旧、調整、運転の自動化。
    作物農場の整備、そして港町の整備――。
    これから、いくつもの困難を越えて、
    新たなる島民を迎える準備に、17人は向かっていく。

    (第1巻・完)
    ※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。また、作中の描写や設定には、物語の演出上、創作やデフォルメが含まれています。

    最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
    この第3部をもちまして、今回の物語(第一巻)は終わりとなります。
    ・縁日の女性は誰?
    ・新たな住民は?
    読者の皆様には、たくさんの疑問が残ると思います。
    今後の展開は、ぜひこれからをお楽しみに!
    さいた 虹太郎 


     
     
    私が、なに屋か私も分かりません。 もし、何屋か付けるとしたら、たぶん、和屋だと思います。 ノート?エックス?今の時代 デジタル機器さっぱり、わからん。 もう、”わや”ですわ。

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