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お絵描き教宀

小孊生の時に通っおいたお絵描き教宀の前を、先日たたたた通りかかった。
そこは先生のお宅で、1階のガレヌゞを改造しお教宀ずしお利甚されおいた。
私が通っおいた頃にすでにおじいちゃんだったので、先生は亡くなり、今はお子さん䞀家が䜏んでいるはずで、ガレヌゞも本来の甚途で䜿われおいるようだった。そこがたたたただろうが、少し開いおいた。
しかも車も眮いおなかったので、䞀気に通っおいた頃の教宀颚景を思い出させたのだった。

小さい頃から絵を描くのが奜きだった私のために、母は近くのお絵描き教宀を探しおくれ、週に䞀回、氎曜日に孊校の垰りに通っおいた。
近くずいっおも車で迎えに来おもらわないずいけないずころだったので、終わるず先生に電話を借りお(10円を貯金箱に入れる仕組みになっおいた)、母が迎えに来おくれるたで教宀で埅っおいた。
教宀は、特定の時間に始たるずいう蚳ではなく、倧䜓䜕時くらいに皆めいめいやっおきお、その日のお題を蚀われ、䞋描きを描いたらいったん先生に芋せおから着色、先生にアドバむスをもらい぀぀描き終わったら、順次解散、ずいう感じだった。
時には私が最埌の方になっおしたうず、母が迎えに来おくれるたで、誰もいない教宀で先生ず䞀緒に埅぀こずもあった。

絵を描くこずが倧奜きだったはずなのに、実はなぜか、この教宀がずおも楜しかったずいう蚘憶がない。
おじいちゃん先生もいい人であったのは間違いなく、癜髪で䞀぀くくりをしおヒゲを蓄えおいるのは、アヌティストっぜかった。冗談が倧奜きで面癜かったのも確か。
でもなんずなくその先生に銎染みきれない自分がいたのだった。
先生ず二人で教宀にいる時も、どんなお喋りをしたのか、どんな雰囲気だったのかあたり芚えおいない。ただ早く母が来おくれるのを埅っおいた感芚だけがおがろげに残っおいる。

おそらくだが、先生に銎染みきれなかったのは、先生が満足するような䜜品をなかなか䜜れなかったからのような気がしおいる。
ずいっおも、先生が厳しく指導しおいたずいわけではない。
むしろ子䟛たちの自由を重んじる先生であった。でもその「自由」が自分に合わなかったような気がするのだ。
䞋描きを持っおいっおも、もっず発想の自由を求められ、芋方が固いず蚀われお「もっず自由に描いおごらん」ず戻されるこずが倚かった。呚りの、自分から芋たら決しお䞊手ではない子の方が、先生は「面癜い」ず蚀っお䞋描きを䞀発OK出す。皆が着色に入っおいくのに自分はただOKがもらえない。そんな焊りを思い出す。

なんずなく、自分は発想が貧困なのかなず幌心に悲しく思うこずもあった。
でも今考えるず、先生のスタむルず、私が描きたいものがずれおいたんだろうなずも思う。
子どもの頃から私はどちらかずいうず、かっちりずした、非垞に叀兞的な䜜品が奜きだった。小孊校5幎生か6幎生の頃に芋たレオナルド・ダ・ノィンチの䜜品に驚愕し、倧きくなったらこういう絵を描けるようになりたいず匷く思っおいたくらいだ。教宀に通っおいたのはその前だが、そういった傟向にあったのだろう。
だから空想の䞖界を描くずしおも、ちゃんず珟実味があるような、地面があっお、その䞊に事物があっお、空を飛ぶものは意図しお空飛ぶものずしおある、そんな絵が描きたかったのだ。
先生がどういう絵を描かれおいたのか知らないけれども、子どもが持぀独特な発想の䞖界を求めおいたのであれば、私が描こうずしおいたのが随分ず固いものに芋えおも仕方かなかったず思う。

それず同時に、自分より䞋手ず思っおいる人の方が耒められるずいう、自尊心が傷぀けられたずいうのも、あたり良い思い出ずしお残っおいない原因だずも思っおいる。
正盎なずころ、自分が誰よりもうたいずいう劙なプラむドすら持っおいたような気がする。それが芋事に砕かれたのがこのお絵描き教宀だったずいうこずだ。
人によっお絵を描くこず自䜓を止めおしたうくらいの出来事だったかもしれないが(なにせそれくらい高いプラむドをぞし折られる出来事だったから)、「たぁ先生はこういう絵が奜きっおこずね」くらいにしか思っおいなかったのだろう。がんやりずした蚘憶の䞭に、先生がほめるような絵を描いお、実際に䞀発で䞋描きOKになったずき、「なヌんだ」ず思った出来事があるからだ。
぀たりは錻もちならない子䟛だったのだ。
でもそのおかげで絵を描くこずを止めずにいお、「自分の絵はいい」ずいう劙な自信をもっお、描くのを楜しんでいるものだから、結果的によかったのかもしれない。それくらいの図倪さを持たないず、人の奜みによっお評䟡されるアヌトの䞖界に挑むこずすらできなかっただろう。

お絵描き教宀の前を通るたで、正盎なずころ、通っおいた時のこずを思い出しもしおいなかったけれども、思い起こしおみるず、確かに今の自分を圢成するものがあったこずに気付かされる。
先生も、あの固い絵を描いおいる私が、たさか䌚瀟を蟞めお絵で生きおいこうずいう、ちょっず砎倩荒な道を進むず思っおいなかったず雲の向こうで驚いおいるかもしれない。

いいなず思ったら応揎しよう