🍺酒処nin第415回「モノづくりする人」
昭和の職人が、少しずつ現場からいなくなる。
長く現場にいると、その穴を感じることがある。
ただ、昔の人はみんな腕がよかった、という話をしたいわけではない。自分が気になるのは、目の前の仕事がわからないまま、作業だけが進んでいくことだ。
言われたところに付ける。
言われた寸法で切る。
とりあえず、やる。
でも、それでは納まらない。
仕上がりが少し悪いとか、最後の詰めが甘いとか、その前の話だ。そこに付けたら次はどうなるのか。ほかの部分とぶつからないか。最後に使える状態になるのか。
実務経験が乏しければ、何を確かめればいいのかもわからない。本人は進めているつもりでも、あとから外して、やり直すことになる。
経験のある人は、途中で手を止める。
「待て。それでは納まらない。」
まだ起きていない不具合に気づく。
自分の担当するところだけでなく、その先を見る。
手を動かす前に、頭の中で一度、納めている。
その判断は、道具を持っただけでは身につかない。うまくいかなかったこと、やり直したこと、現物を前に考え込んだこと。そういう経験が必要になる。
だから、ただやる仕事を見れば、もっと考えてほしいと思う。自分が何をつくっているのか、関心を持ってほしいとも思う。
ただ、そこで「今の人は駄目だ」と終わらせる気にもなれない。
そこまで覚えた先に、どんな暮らしが待っているのか。
これは、教わる側にとっても大事な話だ。
腕が上がれば、難しい仕事を任される。
ほかの人が納められないところも頼まれる。
気づくようになれば、見過ごせなくなる。
自分の仕事をしながら、人の仕事も確認する。止める。考える。直す。
できることが増えるほど、引き受けることも増えていく。
それで、ちゃんと稼げるのか。
仕事では頼られているのに、暮らしには余裕がない。休めば収入が気になる。道具や車にお金がかかり、税金や保険料を払えば、思うほど手元に残らない。
その姿を見て、後に続く人が憧れるだろうか。
腕には憧れても、その暮らしには憧れない。
貧乏な職人に、誰が憧れるんだ。
きつい言い方かもしれない。でも、自分もこの仕事で暮らしてきたから、そこをきれいな言葉で包みたくない。
お金の力は偉大だ。
仕事を覚えたら、収入が増える。
いい仕事をすれば、次はもっといい条件で頼まれる。
好きなものを買えて、休む余裕もできる。
そういう楽しみがあったっていい。
そのために腕を磨くことの、何が悪いのだろう。
「お金じゃない」と言う人もいる。
けれど、暮らしの支払いを気にしている側には、お金に困らず暮らせる人の言い分に聞こえることがある。
つくることが好きでも、生活費はかかる。
誇りを持って働いても、請求書は届く。
まして、仕事を頼む側から「お金じゃないでしょう」と言われたら、好きでやっている分だけ安く働いてくれ、と聞こえてしまう。
自分が好きで手間をかけることと、その手間を無料で求められることは違う。
これは、現場の職人だけの話でもないと思う。
モノづくりをする人の技術や丁寧さを褒めるなら、それを続けられるだけの対価も必要になる。
できあがったモノだけを大切にして、それをつくる人の暮らしが苦しいままでは、いつか、つくれる人がいなくなる。
そのときになって、技術が失われたと惜しんでも、積み重ねた経験はすぐには戻らない。
自分は、ちゃんと納まる仕事をしてほしい。
ただやるだけで終わってほしくない。
そして、ちゃんと納める人には、ちゃんと稼いでほしい。
「あの人みたいになれば、いい暮らしができる。」
そんな憧れがあれば、難しい仕事を覚える理由が一つ増える。苦労して身につけた腕を、次の人にも勧められる。
モノづくりを大切にするなら、つくる人の暮らしも大切にしてほしい。
現場にいる自分は、そう思う。
🍻乾杯。
