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切手と巡るW杯~日本初出場・チケット問題・FIFA100周年~

    今月20日(月)に決勝戦を迎えるサッカーW杯北中米大会。
    先日のフランスとパラグアイの試合で、エムバペが相手選手を突き飛ばした場面では、2006年のドイツ大会のフランスvsイタリア戦で、ジダンがイタリア選手に頭突きしたシーンを思い出してしまい、ハラハラした。

    日本がW杯に初出場した1998年、私は新卒で旅行会社に入社した。
    同業他社同様、私の勤めていた会社でも大会観戦ツアーが企画されていて、開催国がフランスということもあり、私は雑用でも何でもするから添乗したいと思っていた。
    そのため、新人研修のあとの懇親会で、最初に何がしたいかという抱負について聞かれたときも、
    「W杯に添乗してサッカーボールの形をした切手を買いたいです」
    などと言ってしまったものだから、周囲からは変わったヤツだと思われたらしい。
    ざっくばらんに話して、などという言葉を信じて本音を話した自分が間違っていたのだけれど、中長期的な計画性のかけらもない発言をした社員にはそのような大役は与えてもらえず(いずれにしても、新人は添乗要員から除外されていたようだ)、その役目は私の直属の上司が担うことになった。

    ツアー催行が決定し、参加されるお客様へのご案内書類を用意し始めた頃、上司から代理店に出向いて観戦チケットを受け取ってくるよう指示を受けた。
    うわ~、会社の誰よりも先にチケットを拝めるのね!と二つ返事で引き受け、いそいそと出掛けた。
    だが、こんなことでもなければほとんど足を運んだことがない六本木にあった代理店の担当者は、
    「まだ届いていないので、改めてご連絡します」
    とあっさり水を差した。
    当時のことを覚えていらっしゃる方は、ああ、あのときは……と見当がつくだろう。
    そう、W杯のチケット問題だ。
    購入済みのチケットが大量に不足し、日本のみならず世界規模での問題に発展した。
    原因は販売コンサルタントの空売りにあったと言われている。
    そんなことが起きているとはつゆ知らず、また、これが大問題に発展するなど予想だにしていなかった私は
    「まあ、フランス人のやることだから、予定通りチケットが届くとか、日本のように考えたらダメだよね」
    などとお気楽に捉えていた(原因は別のところにあったのに、フランス人に対して失礼なことを思ってしまい、済みませんでした)。

    やがて問題が発覚し、解決しないまま、上司はフランスへ出発。
    そして戻って来て会社で顔を合わせた際、上司は誰の目から見ても分かるくらいにやつれていた。
    そのとき聞かせてもらった話では、チケットが確保できなかった他の旅行会社の社員が、お客様に土下座してお詫びしている姿を空港で目撃したらしい(まだそういう時代だった)。
    うちの旅行会社も、何枚かのチケットが足りない状況だったが、試合までにはお客様全員分のチケットを確保できたため、何とか信頼を裏切る結果にはならずに済んでいた。
    だが、一人のお客様のスーツケースがロストバゲージに遭ったようで、その中には推し選手の背番号付き応援ユニフォームが入っていたそうだ。
    何とかユニフォームを着て応援したいというお客様のご要望もあり、上司は試合開始ギリギリまで粘ったようだが、残念なことに、目的の荷物が届くことはなかったとのことだった。

    「ツアー中ずっとピリピリした空気だったんだけど、試合前日に川平慈英さんが登場したら(うちの旅行会社のツアーは“川平慈英さんと行く観戦ツアー”だった)場が和んで、俺も少しほっとした。川平さん、握手するとき『よぉろしくぅ~!』って手を差し出してきて、TVで見るのと同じテンションだったよ」
    「試合当日、数千円のチケットに数十万の値がついていて、でも試合開始から10分くらいで、そのチケットが路上に捨てられてたんだよね。あれだけ苦労したチケットが、需要がなくなったらゴミ扱いだもんな」
    「行方不明だった荷物もさ、2つあったうちの1つが、運よく試合前に届いたんだよね。良かったですね!って喜んだのに、ユニフォームが入ってない方の荷物だったみたいで、結局お客様はユニフォームを着られなかったんだ」
    自分が楽しむ余裕なんて全然なかったよ、とツアーでの様子を話してくれた上司は、そんな状況にあったのに、お土産にアンジェリーナのチョコレートを買ってきてくれていた。

    この話を聞いたとき、私は懇親会のときの浮かれた発言を反省するとともに、添乗中は何が起こるか分からないなか、冷静かつ臨機応変に対応しないといけないんだな、と気が引き締まる思いがしたものだ。
    でも私は国内部門の代理店営業担当で、国内部門の社員が海外添乗するのは稀だったらしい。
    このときの上司が異動になって以降、私の旅行会社での思い出も暗いものばかりになり、私は添乗の機会を窺うまでもなく、2年で退職した。

    ※下の写真の切手・右側が、当時の私が買いたいと思っていたサッカーボールの形をした切手。
    のちに留学したとき、パリの切手市で手に入れた。
    シートもあったので併せて購入。
    試合が行われた各都市の名前とともに、躍動感のある選手たちが描かれている。
    デザインや色使いがとってもステキ!

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    1998年フランス大会の記念切手

    フランスでインターンをしていた2004年はFIFA100周年となる年だったので、やはり記念切手が発売されていた。
    私は滞在中のフランスと、インターン高校の休暇中にモナコを訪れたので、2国で購入。
    モナコでは、2001年のバロンドール・ノミネート50名に選出されたフィーゴ(ポルトガル代表・ノミネート6位)の切手も買った。
    ジダンやアンリ、トレゼゲにリザラズも選ばれていた(4人ともノミネート50名に入ったフランス代表選手)ようだけれど、私はなぜフィーゴだけ買ったんだろう(フランス代表の切手がなかったんだっけ)?

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    左:FIFA100周年(フランス版)、中央:FIFA100周年(モナコ版)、右:2001年バロンドールにノミネートされた50名のうちのフィーゴの記念切手

    日本戦はW杯通算1000試合目だったので、記念切手とか発売すればいいのに(そうなったら買います!)。

    最後までお読みいただきありがとうございました。

     
     
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