
静かに、やさぐれる
20代の頃、一緒に食事をしていた友人が、自宅で撮影した写真を1枚見せてくれた。
「これ、私のマリモ。最近、やさぐれてるの」
なんですと、‟やさぐれたマリモ”?
写真には、掌サイズの小さな小瓶の中に入った、これまた極小のマリモが写っていて、ふわっとした糸状体(細い糸状の藻のことで、この集合体がマリモ)から、針のようにピンッ!と1本だけが立ち上がっていた。

「野生マリモだけが天然記念物として大切にされているけど、私たち養殖組だって、湖で育ちたかった!それなのに、こんなちっちゃな瓶に閉じ込められ、観賞用として見知らぬ場所に連れて来られるなんて!!」
とでも言っているのかな、と、写真を見せられながら想像した。
友人も似たようなことを考えていたのか、
「水を入れ替えたり、大きな瓶に移し替えたりしてみたんだよね。機嫌、直してくれるかなぁ」
と、困り顔のなかに愛おしさをにじませていた。
やさぐれた、と表現した言葉のセンスもだけれど、よくよく観察していないと見逃してしまうような、この小さな反抗に気付いてすぐに対処した友人の繊細な心根に、私は感服した。
マリモは成長速度がとても遅く、1年間で数ミリ程度しか大きくならないらしい。
そして、あの丸い形に成長させるには、コロコロと転がしたりして丸めてあげるといいそうだ。
食事(エサ)は不要で、水道水でも室内でも育つけれど、水替えや光合成できる環境は必要。
放置しておくと、成長が止まったり枯れたりしてしまうようだ。
このように、マリモも生物だから、環境や周囲との関わりによって、成長具合が変わってくる。
天然記念物のマリモたちは、大きくふんわりと真球状に育つように、適度に光を浴びましょう・転がって運動しましょう、と長い時間愛情を持って育てられていると想像がつく。
一方、養子に出された養殖のマリモたちは、きちんとお世話してもらって柔らかくまぁるく成長する子もいれば、ストレスなどでぎゅぎゅっとこぢんまりしてしまったり、肩肘張ってゴツゴツした形状になる子もいるだろう。
友人のマリモは、やさぐれたというよりは狭い空間が窮屈で、体を伸ばしたくなったのでは?
その後の様子を聞いていないので、友人のマリモの成長がどうなったかは不明なのだけれど、すぐに水替えを行ったり大きめの住まいへ移しているので、穏やかに丸くなっていると思いたい。
どうしてこんな話をしているかと言うと、今まで気持ちをごまかしつつ自分の中に留めていたものが、ドロドロと流れ出てしまいそうだったから。
軽度のパワハラやモラハラに当たる行為を受けていると私は感じているのだけれど、相手にはそういうことをしている自覚がない。
何でも言って、言いにくかったら他の人に相談してもいいから、と冗談めかしておっしゃるあたり、自分が‟言いにくいこと”の対象だとは本気で思っていないことがうかがえる。
それに、私はその行為が嫌だった、と言ったとして、やんわり言ったら本気にされなさそうだし、真剣に言ったらその場は謝ってくれるだろうけれど、根に持たれそうな気がする。
現に、こういうことを私にしましたよね、と軽く話題にした際、
「そんなことしたっけ?」
という反応だった。
どうして私にばかりこんなことをするのか、と言う内容をオブラート数十枚に包んで尋ねてみたときも、
「他の人にやったらかわいそうだから」
とさらっと言ってのけた。
きっとこの人は、マリモは何もしなくても自然に丸くなっていると思っているのだろう。
天然記念物のように扱って欲しいなんて微塵も思っていないけれど、育成者によって姿かたち・気の持ちようが変わってくるのですよ、人も、たぶんマリモも。
無自覚な悪意ほど、タチの悪いものはない。
このままサレたことをいろいろと書き連ねてしまいそうだったけれど、週末にそんなことを書くよりは、気分転換に充てたほうが良さそう(とはいえ、台風の影響で何となく気分も晴れず……)。
こういうときは、創作という殻に閉じこもって、空想の世界に浸ることにしようか。
取り敢えず、今の私は、静かにやさぐれている。

最後までお読みいただきありがとうございました。